76-11 科学の部屋と……
「さて、次は『科学の部屋』です」
仁は招待客たちを東の部屋に案内した。
「おお、ここは……」
これまでは魔法工学関連であったが、この部屋は純粋な『科学』関連の資料が展示されていた。
「特に『2代目』が作った魔導具や魔導機に使われている科学について解説してあります」
「これは興味深い」
「ですな」
「……とはいえ、最低限の科学知識がないと完全に理解するのは難しいかもしれません」
「うむ、それは道理であるな」
「まずはポンプですね。水を汲み上げるための弁の働きを模型で見ることができます」
「ほほう……」
透明な素材で作られたポンプの2分の1の模型が置かれており、取っ手を上下させると実際に下部の水タンクから水を汲み上げることができる。
その際、ポンプ内の2つの弁がどういう作用をしているか、目で確かめることができるのだ。
「これは面白い」
取っ手を上下させながら、ジャグス公国公王ニエストル・キリーロ・ジャグスははしゃいでいる。
「こちらは顕微鏡の原理です」
凸レンズが光を集める様子がわかるようにセットされている。
スリットを通った平行光線が凸レンズを通って焦点に集まる様子が展示されており、絵付きの解説もある。
「……なるほど、『新魔法連盟』が使っていた熱だか光だかを集める原理も似たようなものなのだろうかな」
ここでも、ジャグス公国公王は一番に興味を示していた。
「ジン殿、これは?」
そう尋ねたのは、エリアス王国の魔法技術省次官シトラネラ・ド・ザウス・フィレンツィアーノ。
かつて仁がラインハルトと共に『蒸留の魔導具』を作ったフィレンツィアーノ侯爵の直系の子孫である。
「『蒸留』の原理ですね」
海水を蒸留し、真水を作れる訳を説明してある。
その基礎知識として『沸点』が解説されていたのだ。
「ほう、なるほど」
「水と塩では沸点が大きく違うため、こうした分離ができるのですね」
「……うん? ということは……ジン殿、沸点が近いもの同士では、こうした分離ができないこともあるのでは?」
なかなか鋭い質問を行ったのは、ミツホの統括技術管理官コウキ・カトウ。
「そのとおりです。例えば水とエタノールの混合物を例に取ります。水の沸点は摂氏100度、エタノールは摂氏……」
「78.4度ほどです、お父さま」
「ありがとう、礼子」
仁もとっさにエタノールの沸点は出てこなかったので、老君と礼子がすかざずフォローした。
「お聞きのとおり、エタノールの沸点は摂氏78.4度でかなり近いです。ですので水とエタノールの混合物からエタノールのみを分離するのは手間が掛かります」
「なるほど、確かに」
水とエタノールの混合物で最も身近なものといえば酒である。
醸造したての酒は水分が多いので、アルコール(エタノール)度数を上げるため(その他にも不純物を無くす意味もある)に蒸留することがあるが、その際に純粋なエタノールを分離することはできない。
実際に、エタノール濃度が96パーセントを超える酒を蒸留で作ることはできないのである。
これは『共沸混合物』と呼ばれる。
ここから100パーセントのエタノールを得るには、蒸留以外の手段が必要になるわけだ。
「ううむ、難しいですな」
「『賢者』殿が残された技術書にも書かれていたと思います」
「そう……だったかもしれませんね。いや、これ以上お時間を取っていただくわけにもいきませんな。ジン殿、ありがとうございました」
この他にも『アルキメデスの原理』(船が水に、気球が空に浮かぶわけ)や『鋼の焼きなまし・焼入れ・焼戻し・焼ならし』について、それに『方位磁石』などの展示と解説がある。
招待客らは皆、興味のある展示に見入っていたので、仁としても嬉しく思ったのだった。
* * *
「では、次の部屋です」
南東に位置する展示室へと移動。
「ここは、『魔法工学師』以外の、歴史に残る道具、魔導具や魔導機など……のレプリカを展示しております」
「おお!」
「これはなかなかですな!」
まず目を引いたのは、なんといっても部屋の中央に展示されている『黒騎士』と『クリスタルゴーレム』である。
「『2代目』と同世代のショウロ皇国の『魔法技術者』である『ラインハルト・ランドル』殿の作である『黒騎士』のレプリカです」
「うむ、我が国で開催された『ゴーレム園遊会』の際にも、レーコ嬢と共に活躍してくれたということですね」
と言ったのは当然ながらエゲレア王国第3王子のアーネスト17世。
「はい。そしてその『ゴーレム園遊会』で披露されたセルロア王国の『魔法工作士』、ステアリーナ・ガンマ作のクリスタルゴーレム『セレス』……のレプリカです」
「これは美しい」
「水晶でできているのですな。さぞや制御が難しいでしょうなあ」
「これが動いたらさぞかし見事でしょうね」
この2体の評判は上々。部屋中央に展示した甲斐があった、と仁は内心で喜んでいた。
「こちらはセルロア王国の大商人だったエカルト・テクレス氏が私財を投げ売って作り上げた巨大船の模型です」
「ほほう……」
「……ふむ、当時の国王に召し上げられてしまい、テクレス氏はショウロ皇国へ亡命し、経済の顧問になったのですか……」
「なになに、テクレス氏は猫が好きで何匹も飼っていたのですか」
「帆に向けて風魔法を使う……当時としては面白い方法で推進していたのですね」
「これは、『風力式浮揚機』と同じ考え方ですな」
「発想が柔軟な方だったのですねえ」
仁としても、エカルト・テクレスの名を歴史に埋もれさせたくはなかったのだった。
「それから……」
「おお! 我が国の『自転車』ですね!」
「はい。『2代目』がミツホを訪れた際に目にしたということでしたね」
「そう言い伝えられておりますね」
「こちらは生活用品です」
「ほう、これは……『クラフトクイーン』の?」
そう、そこに陳列されているものはビーナが作った道具・魔導具の数々。
「庶民の生活に役立つものを、がコンセプトだったそうですね」
「うむ、我がエゲレア王国の誇りですね」
こうした展示物もまた、見る者の目を引き、後世に伝えることで技術の道標になるだろうことを仁は実感したのであった。
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