70-17 昔のおもちゃ
夕食後、仁たちは『潜水艦』の調査結果を話し合っていた。
というのも、夕方になってマルシアとロドリゴが戻ってきたからなのだ。
「潜水艦だって船だもんな」
とはマルシアの言。
「……で、こういうわけで1つは地殻の監視用、1つは資料の保管庫、でもう1つが無人の潜水艦だったわけだ」
「ふうん……でも、その推進装置って面白そうだね。普通の船に応用できないかな?」
「はは、マルシアらしいな。……待てよ? ……そうだ!」
「?」
仁は何かを思いついたらしく、工房へ向かい、すぐに戻ってきた。手にはボール紙とハサミとロウソクが。
余談だが、ボール紙のボールとは、英語の『board』だという。つまり『板紙』という意味である。
『ボード』であるが、旧くはこれを『ボールド』とも読んだらしく、ボールド紙がボール紙になったと言われている。
本来の原材料は藁パルプであり、黄色みを帯びたボール紙がこれである。
白いボール紙は木材パルプから作られている。
そんなボール紙を仁は手にしていた。
ちなみに、本当に普通のボール紙である。蓬莱島謹製ではない。
「それで何をするんだい?」
疑問に思ったマルシアが質問すると、仁は笑って答えた。
「できてからのお楽しみ」
そして仁はボール紙をハサミで切り、幅10ミリ、長さ20ミリくらいの小さな船を作った。
そこにロウを塗る仁。
マルシアはじめ、食堂にいた面々は、紙に水が染み込まないようロウを塗っているのだろうと見当はついたが、最終目的まではわからない。
「これでよし」
そして仁は5色ゴーレムメイドのペリド1に、タンス用の樟脳を持ってきてくれるよう頼んだ。
樟脳はクスノキから取れるロウ状の結晶で、独特の臭気がある。
古くから虫除けに使われていたが、今ではナフタリンやパラジクロルベンゼンなどの合成防虫剤に取って代わられている。
ここ蓬莱島では、天然のクスノキを伐採し、『抽出』で樟脳成分を取り出し、『純化』で精製して使っている。
樟脳を取った後のクスノキは木材として利用していた。
仁は船の船尾に刻みを入れてそこに樟脳を挟んだ。
「これでよし。……みんな、ちょっと来てみてくれ」
仁はその場にいた全員に声を掛け、風呂場へと向かった。
そして洗濯用の大きなタライに水を張り、
「いいか、よく見ていろよ」
と言って樟脳を挟んだ船をそっと水に浮かべたのである。
すると。
「おっ!」
「あ」
タライに浮かべた船が動き出したのである。
「魔法……じゃないよね」
「ん、魔力は感じない」
「じゃあ、なんで動いてるんだろ? ……あ、もしかして表面張力!?」
「ハンナが正解だ」
これは、現代日本では『樟脳舟』という名前で知られたおもちゃである。
昭和後期くらいまでは縁日の夜店などで時折見られたのだが、合成防虫剤全盛になって樟脳も流通量が激減し、今ではほとんど見られなくなってしまった。
「樟脳が水に溶けると、表面張力が下がるんだよ」
「あ、やっぱり。それで、樟脳がない側の水の表面張力に引っ張られて舟が動くんだね」
仁の説明に、最も科学を理解しているハンナが原理を察し、何度も頷いた。
「そういうこと、界面活性剤の性質がある物質なら何でもいいはずだ」
「じゃあ、石鹸でも?」
「できる。あと、アルコールをスポイトで舟の後ろに垂らしても動くぞ」
アルコール舟、という理科の実験で、舟の後ろにアルコールを醤油差しのようなものを使って少し多めに垂らすと、舟は勢いよく飛び出す。
* * *
「ああ、面白かった」
「ん、興味深かった」
「くふ、界面活性剤か。物性を調べるというのは奥が深いねえ」
などなど、『仁ファミリー』メンバーの反応も概ね好評であった。
「で、随分と回り道したけどさ」
「結局、ジンがそのおもちゃを思い出して、作ってみたくなった、ってことだな」
ラインハルトが仁の言いたいことをズバリ言い当てた。
「当たりだ」
「はは、ジンらしいな」
「でも、面白かったよ」
「ん。こういうおもちゃって、面白い」
『仁ファミリー』の楽しそうな声が響く蓬莱島の夜であった。
* * *
「……で、『保存庫』……『保管庫』と言ったほうがいいのかな? ……の方では何か見つかったかい?」
『樟脳舟』の件が一息つき、みんなでお茶を飲み始めたタイミングで、仁がエルザに尋ねた。
「ん、それが……」
「どうした?」
「あの『保管庫』に保存されている情報は、かなり偏って、いた」
「そうなのか……どんな風に?」
「一言で言うと、初心者向け」
「あー……」
エルザの説明によれば、医療関係の資料はあったものの、既に知っていることばかりだったそうだ。
それで時間が余ったので他の資料もざっと見てみたが、どれも既に使われていたり、ものによってはもう陳腐化して使われなくなったものもあったという。
「そうだったか……」
仁が残念そうに言うと、
「でも、まだ全部を調べたわけじゃないから」
と慰めるようにエルザは言うのだった。
「それじゃあ明日は、そっちをみんなで調べようか」
「うん、いいね」
「1つか2つでも、何か役に立つ事柄が見つかったらいいね」
「そういうことだな」
そういうわけで、翌日は蓬莱島にいる『仁ファミリー』全員で『保管庫』の資料を片っ端から調べていくことになったのである。
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