68-37 ラルヴァの危険性
パンドア大陸西にある施設における、老子と『ラルヴァ』とのやり取りは、始まった時に比べ、その様相をかなり変えてきていた。
「……では、御主人様に、マルキタス殿用のボディを作ってもらうことに異存はないのですね?」
老子が言った。その相手である『ラルヴァ』はゆっくりと頷いた。
「うむ。多少思うところはあるが、この際力を借りることにしようと思う」
「わかりました。拠点に戻り次第、御主人様にお伝えしましょう」
老子も、もう仁のことを『御主人様』と呼んで憚らない。
「さて、これで懸念事項の1つは消えました。続いてもう1つの件に移りたいのですが?」
「うむ、話を継続するというのは一向に構わないが、内容は?」
仁を一時的にせよ協力者として認めたことで、『ラルヴァ』の態度もやや改善されてきている。
老子はここぞと問答の第2ラウンドを開始した。
「『新魔法連盟』について伺いたい」
『ラルヴァ』は軽く頷いた。
「なるほど、それか」
老子は言葉を続ける。
「『ラルヴァ』殿の目的とはかなりかけ離れていると思うのですが」
「それはそうだろうな。この私でさえ、『何をやっているのか』と思うからな」
「なんと言われる?」
問い返した老子に向かって、『ラルヴァ』は笑った……ような顔をした。
「『新魔法連盟』など、あの5人の中にある妄想に過ぎない」
「ほほう?」
「先ほども言ったが、あの5人は試作であり、マルキタス様に相応しい『容れ物』を作るための通過点に過ぎぬ」
『ラルヴァ』自身には『新魔法連盟』の思想はどうでもいいものだったようだ。
「そもそも、あいつらの思想は矛盾しているし、実現できるとも思えない。まあ狂人の戯言と大差ないな」
「なかなか手厳しいですな。『ラルヴァ』殿が作ったものでしょうに」
「それはそのとおりだが、あくまでも試作であり、その出来具合を確認するためだけに共にいただけだ。……おそらく今は船ごと沈没して海の底だろう?」
「まあそうですな」
老子は曖昧に頷いた。
「あの5人の素性は教えてもらえますか?」
「うむ、今となっては問題ない。奴らは自ら『5人衆』と名乗っていたな」
「5人衆?」
「そうだ。マルキタス様の側近のような立場にいたが、別に特別何かに優れていたわけではなく、たまたまそばにいた5人を適当にそばに置いて雑用を任せただけだがな」
それがいつの間にか増長し始め、偉そうにふるまいだしたのだと『ラルヴァ』は言った。
「マルキタス様が『知識転写』の実験台として、その5人分の『情報クリスタル』を作ったのだが、どうやら使わなかったようで、私が再起動したとき、同じ施設に残されていたのだ」
実験用にちょうどいいと考えた『ラルヴァ』は、それをコピーしてゴーレムの『制御核』に使ったわけだ。
「だが『制御核』を作るというのはなかなか難しいな。どうにも思考が雑なものばかりできてしまう」
『ラルヴァ』は残念そうに言った。
ここで老子は、少々情報を開示して、『ラルヴァ』からの信頼度を少し上げようと考えた。
「なるほど、あなたは正式に工学魔法を学んだわけではないのですね。ならば無理もない……」
『ラルヴァ』が興味を引くように、わざと言葉足らずにぶった切る老子。
「む? それはどういう意味だ?」
そしてそんな意図どおり、『ラルヴァ』は尋ね返してきた。
こうした『ラルヴァ』からの質問に答えてやる、という形に老子は持ってきたわけである。
「私も、工学魔法は専門ではないのでそこまで詳しくはないのですが、『制御核』にする『魔結晶』はできる限り純粋なものがいいようですよ?」
「ほう? それは知らなかったな」
確かに、あの5『人』に使った『魔結晶』は2級品であった、と『ラルヴァ』は言った。
「ふむ、確かに、老子……殿がそのようなことを知っているということは、『魔法工学師』という存在の実力は推して知るべし、だな」
そのセリフには、若干の悔しさが感じられた。それは、先代の『魔法工学師』を、彼の製作者であるマルキタスが敵視していたが故か、それとも己の未熟さを恥じたためか。
「それがどうして、『新魔法連盟』などと称し、果ては艦隊までも所有することに?」
「あの艦隊は、あそこの施設にあったものを参考にして作ったものだ」
聞き逃せない事実が出てきた。
「元からあった?」
「そうだ。おそらくあの施設を作った存在……『始祖』が作ったものではないかと思う」
「……」
老子としては、『始祖』ではなく、その配下のゴーレムが、であろうと考えていたが、それは今の会話に関係しないので黙っておくことにした。あるいは効果的なタイミングで教えてもいいと考えている。
「それにしても、6隻も作る必要はなかったのでは?」
「いや。私が作ったのは、5人が乗っていた3隻だ。マルキタス様が喜ばれるのではないかと思ってな。あとの3隻は元からあそこにあったものだ」
また新たな事実が出てきた。
が、老君は先を促すように質問をした。
「相当な資材を使ったでしょうに」
「確かに。だが、幸いなことに、ここの地下深くには金属資源が豊富に眠っていたのだよ」
「それでも、浪費だったのでは?」
だが『ラルヴァ』は首を横に振った。
「否。彼ら5『人』に可能とは思っていなかったが、万が一あるいは億が一、どこか適当な国を占領することができたのなら、それでよかった。その過程で散るなら、素材として、資源として回収してもいいと思っていた」
3隻はデウス・エクス・マキナに沈められたがな、と『ラルヴァ』は結んだ。
「なるほど、あの5『人』は、どこまでも傀儡だったわけですね」
「そういうことだ」
やはりこの『ラルヴァ』の立案能力や行動力は侮れない、と老子は感じた。
(ただ、知識と技術の裏付けがやや甘いのが救いでしたね)
もしも『ラルヴァ』がマルキタスの復活ではなく、あの5『人』のサポートを重視していたら、状況はもっと複雑で悪くなっていただろう、と老子は考えた。
(停止させることは容易いことですが、果たしてそれが最良の選択でしょうか)
老子は、いや操縦している老君も、『ラルヴァ』にはまだ、何か秘密が隠されているのではないかと推測していた。
(停止させて調べようとしてもわからない可能性もありますからね)
もしもマルキタスが『精神生命体』に由来する『亜自由魔力素波』も使って『ラルヴァ』の『制御核』を作成していたなら。
それが意図したものであろうとそうでなかろうと、その部分の情報を引き出すには同じく『亜自由魔力素波』が必要になる。
『精神生命体』は別宇宙の存在であり、仁にもできないほどに『亜自由魔力素波』を使いこなしていた。
その片鱗でも使用されていたなら、と考えると、老子は(老君も)不用意に『ラルヴァ』を停止させて解析するということはしたくなかったのである。
* * *
『おそらく『再起動』したのも、そのあたりに由来するのではないでしょうかね』
と老君は仮説を述べた。
『『ラルヴァ』が目覚めたタイミングですが、マルキタスから精神生命体が分離した時、と考えられないでしょうか?』
仁はその仮説に驚く。
「なに!? ……うーん、否定も肯定もできないが……可能性としてはある……のか?」
『空間振動』事件の際、別の宇宙との接触が起き、たまたまこの世界に取り残された、精神生命体の断片。
それが、同じくたまたま波長が合ったマルキタスに取り憑いた。そんな彼を、ある時は苦しめ、またある時は閃きを助長し、共存していたのだ。
そして最終的には、『亜自由魔力素波』を含む魔力特性を持つ仁の魔力によって活性化し、マルキタスから分離した。
だが、仁はすぐにその説を受け入れ、演繹する。
「その際に『亜自由魔力素波』の衝撃波みたいなものを出したのかもなあ」
『はい、御主人様。その影響で、停止していた『ラルヴァ』が目覚めた、という考えは、それほど突飛なものではないと考えます』
「だな。……そうすると、停止させて調査する、というのは今のところ得策ではないか」
『そう考えます』
「うーん、だが、『ラルヴァ』はなかなか危険だぞ?」
『はい、御主人様。確かに侮れませんね』
このまま丸め込んで味方に引き込むことはできそうもない。
かといって、マルキタスを『自動人形』として復活させた場合、そのマルキタスがどんな行動をとるか、予想がつかない。
今の老君と仁にとっても、なかなか悩ましい選択であった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20200408 修正
(誤)仁を一時的せよ協力者として認めたことで、『ラルヴァ』の態度もやや改善されてきている。
(正)仁を一時的にせよ協力者として認めたことで、『ラルヴァ』の態度もやや改善されてきている。
(誤)かといって、マルキタス『自動人形』として復活させた場合
(正)かといって、マルキタスを『自動人形』として復活させた場合
20200416 修正
(旧)「いや。私が作ったのは、ここにある3隻だ。
(新)「いや。私が作ったのは、5人が乗っていた3隻だ。




