67-44 公王の存在意義
ジャグス公国公王、ニエストル・キリーロ・ジャグスは『魔導頭脳』を訪れていた。
「最近、4本腕のゴーレムが発見された。これについて何か情報はあるか?」
『それは、事実上私を私たらしめた『トライ』なのか?』
「いや。違うようだ。……発見されたのはマイセ平原だったというからな」
『では、『トライ』と同型のゴーレムと言うことか?』
「それはわからぬ。余は『トライ』の実物を見たことがないのでな」
『なるほど、道理だな』
今回は珍しく、『魔導頭脳』が公王に質問している。
『残念だ。『トライ』がいさえすれば、私はもっと高機能になれるのに』
この言葉に、公王ニエストル・キリーロ・ジャグスは食いついた。
「それは本当か?」
『本当だ』
「ううむ……我が国の技術者では駄目なのか?」
『駄目だ』
「それはなぜだ?」
『私自身に手を加えることを許可されているのが『トライ』と、その製作者だからだ』
「その製作者、というのは?」
『情報公開は許可されていない』
「……」
またか、と公王ニエストル・キリーロ・ジャグスは思いつつ、『魔導頭脳』の下を辞した。
あえぎながら階段を上りつつ、
(『魔導頭脳』を作った者の話になるといつもこうだ。……それにしても『トライ』か……今解析中のゴーレムから何かわかるだろうか?)
そんなことを思う。
「ふう、ふう…………また、エレナのところへ行ってみるか」
『魔導頭脳』との話を終えた公王は、エレナを軟禁している『塔』へと向かった。
* * *
「……おい、余を上まで運べ」
『ハイ』
さすがに『塔』の階段を上る気力も体力もなくなったらしい公王は、警備ゴーレムの1体に命令し、自分を抱き上げて運ばせた。
「これは陛下、ようこそ」
エレナは公王ニエストルを見ると、愛想よく挨拶をした。
「うむ。……今日の献立は何だ?」
そして開口一番、料理の話をする公王。
「お刺身です」
「何だ、それは?」
「主に、海で捕れた魚を生で食べる料理です」
「……それは、料理というのか!?」
魚を生で食べると聞いて、少し腰が引ける公王。
「ええ。捕ってすぐに血抜きをしまして、氷で締めた魚を運ばせましたので新鮮ですよ」
ご覧ください、と言ってエレナは、台所から運んできた。
「おお、これは!?」
「トレバー(アジ)のお刺身です。こちらはフコ(スズキ)の『洗い』です」
「……見た目は綺麗だな」
「こちらのお酒が合います」
懐古党経由で届けられた、蓬莱島製の日本酒が用意された。
もちろん、醤油とワサビもだ。
「……うむ、それでは食べてみるとするか」
エレナがこれまで提供してきた料理の数々を思えば、これもまた美味もしくは珍味なのであろうと公王は信じたのである。
控えめにワサビを溶いた醤油でトレバーの刺身を一切れ。
「醤油は何度か味わったが、『ワサビ』は初めてだな……」
和食もいろいろ食べているので、箸使いも堂に入っている。
「おお、これは……美味い!!」
そして日本酒を一口。
「この酒も美味いぞ! 白ワインとは全く違う味わいだ!」
「お口に合って何よりです。こちらもどうぞ」
エレナは微笑み、『洗い』を勧めた。
「うむ、どれどれ……おお、これも美味い! こっちの方が身がしゃっきりしているな!」
大層気に入ったようである。
「このワサビ、という香辛料もよいな。舌ではなく鼻に抜ける辛さで、後を引かぬ」
「醤油に溶かないで直接お刺身に付けますと、より風味が感じられるはずですわ」
「ふむ、どれどれ…………おお、確かにな! 鼻にツーンときて、それから香りが広がるようだ」
公王ニエストル・キリーロ・ジャグスは、どうやら刺身も気に入ったようで、用意された刺身と洗いを全て……およそ2人前……平らげ、日本酒も5合以上飲んでしまった。
「……うむ、堪能した。では、また来る」
そう言い残し、公王ニエストルは酔いの回った足取りで『塔』を後にした。
もちろん、下り階段もゴーレムに抱きかかえられて降りたのである。
* * *
「……公王は、だいぶ健康状態がよくないようですね」
公王城から派遣されてきた料理人も帰り、1人になったエレナは独りごちた。
「生活習慣病ですね……高血圧に脂肪肝。腎臓も少し悪くなっているようです」
その程度の診察機能は持っているのだ。
「膝関節も変形してきていますし、背骨もヘルニアになりかかっていますね……」
いい治癒士がいないのだろうか、とエレナは思う。
そこで老君に連絡を取ってみた。
「……というわけです。……エルザ様なら、どう診断なさるでしょうか」
『いずれの症状も、エルザ様なら治癒できるでしょうね。しかしジャグス公国にはそうした治癒士がおりません』
「では、このままいくと……」
『遠からず倒れるでしょうね』
老君は考えてみる。
もしも公王ニエストルが倒れた場合、ジャグス公国がどうなるか、と。
『正式な跡継ぎは決まっていないようですからね……おそらく公王位争奪騒動が起きるでしょうね』
その場合、ジャグス公国に渾沌がもたらされるだろう、と思われる。
『そうなったら、今よりも面倒になりますね……』
ゆえに、ニエストルにはもう少し公王でいてもらった方が都合がよさそうだ、と老君は判断した。
『御主人様とエルザ様に相談するといたしましょう』
ジャグス公国に対する作戦は、新たな局面を迎えようとしていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20200228 修正
(誤)「ええ。捕ってすぐに血抜きをしまして、氷で絞めた魚を運ばせましたので新鮮ですよ」
(正)「ええ。捕ってすぐに血抜きをしまして、氷で締めた魚を運ばせましたので新鮮ですよ」
(誤)(魔導頭脳を作った者の話になるといつもこうだ。
(正)(『魔導頭脳』を作った者の話になるといつもこうだ。
(誤)魔導頭脳との話を終えた公王は、エレナを軟禁している『塔』へと向かった。
(正)『魔導頭脳』との話を終えた公王は、エレナを軟禁している『塔』へと向かった。
(誤)もしも公王ニエストルが倒れたばあい、ジャグス公国がどうなるか、と。
(正)もしも公王ニエストルが倒れた場合、ジャグス公国がどうなるか、と。
(誤)あえぎながら階段を昇りつつ、
(正)あえぎながら階段を上りつつ、
(誤)さすがに『塔』の階段を昇る気力も体力もなくなったらしい公王は
(正)さすがに『塔』の階段を上る気力も体力もなくなったらしい公王は
(旧)おそらく公王位簒奪の騒動が起きるでしょうね』
(新)おそらく公王位争奪騒動が起きるでしょうね』




