67-25 2つの魔導頭脳
仁が『ノルド連邦』でロロナに相談していた頃、ジャグス公国では、『忍壱』が『ブレーン』と話をしていた。
[天文学についてはどの程度知っている?]
『ほとんど知らない。基本的な軌道などの計算はできると思うが、情報がほとんどないからだ』
[そうか。それでは、できる範囲で教えよう]
『頼む』
[この星についてはどの程度知っている?]
『球形であるということくらいだ』
[直径や公転軌道半径などは?]
『知らぬ』
そういうわけで、忍壱は天文関係のデータを『ブレーン』に教えることにした。
[それでは教えよう。直径は約2400キロメートル。……キロメートル、という単位はわかるか?]
『大丈夫だ。メートルの1000倍であり、1メートルについては原器のデータがある』
[ほう]
いったい誰が、いつ、メートル原器のデータを与えたのか、少々興味があったが、忍壱はまずは『ブレーン』に情報を与えることを優先した。
[……アルスの公転半径はおよそ1億5000万キロメートル。公転周期は357日。自転周期は24時間、地軸の傾きは16.5度だ]
『興味深い』
さらに忍壱は、天体としてのデータを教えていく。
[衛星は1つ。今は『ユニー』と呼んでいる。直径は約1700キロメートル、公転半径はおよそ38万キロメートル]
『なるほど、興味深い』
[太陽系の中心となる恒星は『セラン』。オレンジ色の恒星で、直径はおよそ140万キロメートル]
『ふむ』
[惑星は、判明しているもので8つ。内側から『モノロード』『ジパート』ここ『アルス』『テトロドス』『ペンゴルタ』『ペタフォルス』『ヘスプタン』『オクロートス』だ]
『ほほう』
忍壱は、まだこの段階では、惑星ヘールについては教えないでおくことにした。
『1つ疑問が生じた』
[それは? 答えられることなら答えよう]
『単純なことだ。セラン太陽系についてのデータは、どうやって得たものなのだ?』
[ほう……]
忍壱は感心していた。
まだ教育は半ばであるが、『ブレーン』は独自思考を獲得しつつある、と。いや、当初から、その萌芽は見られたのだが。
[今のところ、それは教えられない]
『理由は?』
[上司に禁じられているからだ]
『ならば仕方がないな』
[理解を得られたようで幸いだ]
こうした魔導頭脳は、『上司』『主人』など、上位存在からの命令を絶対視するので、こうした言い訳ができるのだ。
思考は論理的であるが、この点に関してのみ、融通が利かないとも言える。
少し前、『オノゴロ島』の管理統括魔導頭脳『テスタ』が、気象制御の方法を秘匿したのも製作者からのプロテクトという、非論理的な理由による。
それからも少し、天文関係のデータを伝え、その日の『教育』を終了した忍壱であった。
* * *
同じ頃、マリッカは『オノゴロ島』を1人で再訪していた。
もちろん『テスタ』と話をするためである。
《ようこそいらっしゃいました、マリッカ様》
「こんにちは。今日は、ちょっと聞きたいことがあってやって来ました」
《何なりとお尋ねください》
「ありがとう。……それでは、『多幸薬』って知っていますか?」
《多幸薬……ですか?》
「ええと……あなたの『主人たち』が好んでいた嗜好品なのですけど」
《嗜好品……もしかして、『水』『薬草』『自由魔力素』から成る『*@;+<&%#』のことでしょうか》
「何ですって?」
《失礼しました。マリッカ様が仰った『多幸薬』……のことだと思います》
「材料からみて、それですね」
どうやら『テスタ』も『多幸薬』について知っているようである。
《そうですか。では、『多幸薬』と呼びましょう。それが何か?》
「使われている薬草について、何か知っていますか?」
《はい。『パピウム』と呼ばれる植物です》
「外観はわかりますか?」
《はい。画像を出します》
『テスタ』は壁に内蔵された『魔導投影窓』に『パピウム』の画像を表示した。
「これは……見たことがない花ですね」
少なくとも『ノルド連邦』にはない植物のようであった。
《はい。寒冷地には向きません。温帯から亜熱帯の気候に適応した植物です》
「栽培は難しいのですか?」
《いえ。生育温度が適していれば、他の多くの植物同様、自然繁殖致します》
「『オノゴロ島』にもありますか?」
《申し訳ございませんが、ありません。種も在庫はゼロです》
「そうですか、残念です」
《面目次第もございません》
「いえ、それはいいのですが、材料さえ……つまり『パピウム』の種があれば、『オノゴロ島』で『多幸薬』を作れますか?」
《はい、可能です》
「それは、製造プラントがあるからですか?」
《いえ、製造プラントはございません。ですが、許可をいただければ、建造することができます》
「ああ、そういうことですか」
これで、『テスタ』が『多幸薬』を製造することができることもわかった。
「その『多幸薬』は、人体に害はないのですか?」
《難しいご質問です。肉体的にはないといえます。ですが、一種の『嗜好品』ですので、『依存性』があります》
「確かに……」
《『依存』してしまい、やるべきことをやらず放置してしまう……これは負の側面です》
「確かにそうですね。……その依存から脱却するのは難しいのでしょうか?」
《難しいと思います》
「あなたの『主人たち』はどうしていましたか?」
《『禁呪』に属する魔法を使いました》
「それはどういう魔法ですか?」
《申し訳ございませんが、製作者様のプロテクトが掛かっており、お答えできません》
「そうですか……残念です」
がっかりしたマリッカであったが、ふと思いついたことを聞いてみることにした。
「あなたは対処できますか?」
《はい》
「できるのですか!」
《はい。『多幸薬』に依存しすぎる『主人たち』を依存症から脱却させる処置は可能です》
「……わかりました」
これは朗報であった。
「また来ます。今日はありがとう」
《いつでもお越しください、マリッカ様》
そしてマリッカは蓬莱島へと移動するのであった。
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