66-02 改善された和風
ミツホの首都ミヤコの周囲は堀で囲まれている。つまり、水が豊富なのだ。
コツシ湖とヤトー湖があるミマカ公国とノルハ公国の面々はともかく、ダーラト公国の者たちの目には、かなり新鮮に映ったようだった。
そして首長アタル・ムトゥの案内で迎賓館へ。
(ムトゥ……か。ヒロ・ムトゥやミイ・ムトゥの子孫かな?)
昔を思い出した仁であった。
そして仁の記憶はさらに喚起されることになる。
「おお!」
誰かが驚きの声をあげた。
400年前に来た時よりもさらに日本建築風になった建物がそこにあった。
(過去の俺がいろいろ指導したんだろうかな?)
そうとしか思えない細工がそこここに見受けられたのである。
「これはまた……見事ですな」
迎賓館に案内された一行が、庭園を見て漏らした感想である。
ここもまた、400年前よりもさらに手が加えられていた。
(ロードトスと来た時は迎賓館は見ていなかったしなあ……)
仁も、久し振りに泊まるので、懐かしい思いを抱いていたのである。
* * *
「なんとなく落ち着きますねえ」
「ミツホというのはこういう国だったのですねえ」
ミツホ出身と思われる面々も、そうではなさそうな面々も、この迎賓館の雰囲気には満足したようである。
仁もまた、
「何だか久し振りだな……」
と言いながら、畳の部屋で寛いでいた。
そして、400年前の仁がいろいろ助言をしたのではないかという疑問にも、礼子が答えてくれた。
「はい。400年前のお父さまは、何度もこちらへいらして、『和風』について講義されていらっしゃいました」
「やっぱりな。そうだろうと思ったよ」
他に『和風』を指導できるものはいないだろうからだ。
400年前は細部にあった『違和感』が消えていたのである。
襖は蝶番式ではなく引き戸になっていたし、正月でもないのに床の間に鏡餅を飾ることはなくなっていた。
「落ち着くなあ……蓬莱島の次の次くらいに」
細かい感想を述べる仁。ちなみに蓬莱島の次、というのは、カイナ村の二堂城である。
* * *
夕食は、それぞれの部屋に運ばれてきた。
皆疲れているだろうから、夕食は同国の者たちだけで、という配慮のようだ。
「おお、この料理も、きっと400年前の俺がいろいろ指導したんだろうな」
「はい、お父さま。仰るとおりです」
その夜の献立は白米のご飯ではなく、お赤飯だったのだ。
「豆はササゲ……黒目豆を使っているな」
お赤飯の色は、豆を茹でた際に出る汁による。
このとき、アズキ(アルスでは赤目豆)を使うことが多いが、ササゲ(アルスでは黒目豆)を使うこともある。
アズキは皮が軟らかく、すぐに破れてしまうので、もう少し皮の丈夫なササゲを使う地方もあるのだ。
施設時代、仁は、院長先生に教えられ、失敗の少ないササゲでお赤飯を炊いていた。
「味噌汁じゃなく吸い物だし」
仁としては、お赤飯には吸い物、と思っているのだ。そういう点において、過去の自分が指導したのだろうと考えたのだった。
「玉子焼きも甘いな」
仁は、甘い玉子焼きが好きである。幼い頃に院長先生が作ってくれた味が忘れられないのだ。
「野菜の天ぷらも衣がさくっとできているな」
これについては仁ではなく5色ゴーレムメイドが頑張ってくれたおかげと言える。
薄力粉を使うことや、氷水で溶くことなどがコツだ。
また、混ぜすぎてはいけない。
さくっと揚がらないのは、小麦粉を練ってしまい、グルテンが粘りを持ってしまうからである。
市販の天ぷら粉には、デンプン(カタクリ粉)を混ぜて粘りが出にくくしているものもある……らしい。
「お新香もいい漬かり具合だ」
仁は浅漬けが好きである。酸っぱい味が苦手なためだ。
その点、今回出てきたキュウリとビスナ(ナス)の漬け物は好みであった。
お茶はほうじ茶で、焙じたばかりとみえ、香りがとてもよいものだった。
そういうわけで、仁はすっかり満足したのである。
* * *
それぞれの部屋に分かれた3公国の面々も、ここの料理には舌鼓を打っていた。
「これがミツホ料理……ううむ、我々もこういう料理を作れるようになりたいですな」
「初めて食べるのに、どこか懐かしい味。きっとご先祖はこうした料理を食べていたのでしょうね」
「うん、美味しい。我が国も頑張って、国民全部がこうした食生活を送れるようにしなくてはね」
そうした感想を抱いたことは、公国にとってよいことだったのであろう。
* * *
のんびりと過ごした一夜が明け、7月6日の朝となった。
「朝の光で見ると、この庭園は何とも言えない趣がありますな」
日本庭園を見た3公国の人々は感心すること頻り。
「我々の文化とは全く違うようです」
「ミツホ出身の者も多かったはずなのに、どうして伝承されなかったのでしょうね」
そんな会話もなされていた。
「おはようございます。朝食は食堂でどうぞ」
そう告げて回る仲居さん。
彼女も、『なんちゃって和服』ではなく、仁がきちんと指導した和服にエプロン姿をしていた。
蛇足ながら『仲居』とは、旅館などでお客に給仕・接待をする女性のことで、職業名である。
「おお、これは」
朝食はバイキング形式になっていた。
ご飯、お粥、トースト、コッペパンといった主食に、味噌汁、コンソメスープといった和風・洋風の汁物。
甘い玉子焼き、プレーンオムレツ、生卵、ゆで卵。
焼いた魚の干物、小魚の甘露煮。
肉料理も少しあって、ピグ(豚)肉のショウガ焼き、一口サイズのハンバーグ、サイコロステーキ。
野菜サラダ、お新香、カットフルーツ。
飲み物は冷水、ほうじ茶、緑茶、紅茶、クゥヘ、ミルク、フルーツジュース。
等々、さまざまな献立が用意されており、慣れている仁や『アヴァロン』の面々はともかく、3公国の人たちはついあれもこれもと欲張ってしまい、満腹を通り越して食べ過ぎていたようだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20191127 修正
(誤)我が国も頑張って、国民全部がこうした食生活を遅れるようにしなくてはね」
(正)我が国も頑張って、国民全部がこうした食生活を送れるようにしなくてはね」
20210518 修正
(旧)ちなみに蓬莱島の次、というのは、ロイザートの屋敷である。
(新)ちなみに蓬莱島の次、というのは、カイナ村の二堂城である。




