60-16 実家での出会い
7月7日昼前、エルザと双子は『転移門』でロイザートの屋敷へ移動した。
お付きはソレイユとルーナ。
礼子が仁と一緒なので、こういう役割となったのだ。
そして、『デウス・エクス・マキナ』も『コンロン2』の外見を一時的に変えた飛行船でロイザート上空に送り込んである。
こうすれば、エルザが『マキナに送ってもらった』という事実がより信憑性を持つだろうからだ。
その『コンロン2』は、これ見よがしに仁の屋敷の屋上に着陸した。
予定ではこのあと、エルザの実家まで送ってもらうことになる。
今は一旦休憩、という体を装うわけだ。
偽装した『コンロン2』は1時間ほど屋敷の上に留まり、ロイザートの住民にその姿を見せつけたあと再び空に舞い上がり、北上してトスモ湖の向こうに消えたのだった。
* * *
そしてエルザはエキシの実家を訪れていた。『デウス・エクス・マキナ』はエルザと双子、それに荷物を下ろすとすぐに飛び立ってどこかへ消えた、ということになる。
「まあ、エルザ! ユウちゃん、ミオちゃん、いらっしゃい!」
「ただいま、お母さま」
エキシの実家では、エルザの義母つまり育ての母、マルレーヌが出迎えた。
「おばあちゃん、こんにちは」
「おばあちゃん、こんにちは」
ユウとミオも挨拶をする。
「はい、こんにちは。……2人とも、ちょっと見ないうちに大きくなったわねえ。さあ、入ってちょうだい」
「はい」
文字どおり、勝手知ったる我が家へ帰ってきたエルザは、懐かしさに駆られたが、
「モーリッツ兄さまに子供が生まれた、と聞いたから、お祝いに」
と、突然の来訪のわけを説明した。
「ええ。それは昨日の夕方、ロイザートから貴女たちが来るって連絡があったわ。ありがとうね、エルザ」
「ううん。……それで、これがお祝いの品」
そう言ったエルザの背後では、ソレイユとルーナが大きな箱を抱えていた。
「これはお母さまに」
まずカトラー(カトレア)の鉢植えをマルレーヌに差し出すエルザ。
「まあ、綺麗。ありがとう。嬉しいわ」
次は出産祝いなのだが……。
「その前に、聞かせて。……イングリットさんは侍女だったはずだけど、この先、どうなるの?」
エルザの質問の意味を、マルレーヌはちゃんと理解してくれたようだ。
「大丈夫よ。どこかの家の養女としてもらってからちゃんと結婚させるから」
かつてビーナもそうであったが、平民が貴族の家に輿入れする際は、どこか適当な貴族の養女という扱いにしてもらってから籍を入れる、という手順を踏む必要がある。
レアケースというわけではなく、第2夫人・第3夫人にはそうした人も多いのが現実であった。
「……お義姉様は、お加減、どう?」
エルザは敢えて『義姉』と呼んだ。母マルレーヌはそんなエルザの心情を理解しているので、呼び方については何も言わない。
「ええ、大丈夫よ。先月贈ってもらった秘書ゴーレムの『セシル』がいろいろと手を尽くしてくれたわ。『助産師』の手配も含めてね」
『セシル』は、モーリッツの事務仕事を手伝えるようにと、仁とエルザが贈ったゴーレムだ。
それが今回色々と役に立ったらしい。
事務仕事以外にも、病弱なモーリッツのことを考え、中級レベルまでの治癒魔法も使えるのだ。
『助産師』と協力し合えば、まずは安心できるレベルだろう、とエルザは思った。
「今は起きているわ。是非会ってあげて」
と義母マルレーヌに言われ、エルザはユウとミオに、
「ユウ、ミオ、いい子で待っていてね」
といい聞かせた。
「はい」
「はーい」
エルザは双子をソレイユとルーナに頼み、義母マルレーヌの案内で、イングリットの部屋を訪ねた。まずはお祝いの花と果物をランドル家の侍女に持たせて。
「まあ、エルザ様! よく来てくださいました。こんな格好で失礼しますね」
と、ベッドに上体を起こし、赤ん坊にお乳を与えていたイングリットが言った。
「済みません、もう少しで終わりますから」
まだまだ赤いくしゃっとした顔をしているが、元気にお乳を飲んでいる様子を見ると健康な子のようで、エルザはほっとした。
お乳を飲み終えた赤ん坊の背中をとんとんと軽く叩いてげっぷをさせると、イングリットは赤ん坊を侍女に渡した。
「こんな格好のままで申し訳ございません」
「いいえ、気にしないで。……それより、お身体の具合は?」
「……まだちょっと怠いんです」
それを聞いたエルザは、断りを入れて診察してみることにする。
「『診察』……ああ、これは……」
そこに、中年の女性が入ってきた。
「イングリット様、お加減はいかがですか? ……あら、お客様? え、えええ? も、もしかして、『国選治癒師』のエルザ様でいらっしゃいますか!? お会いできて光栄です!」
「……貴女は?」
「わ、私は、このたび当家に雇われました『助産師』で、メリア・キャレットと申します」
「そう。……無事に赤ちゃんを取り上げてくれて、ありがとう」
「恐縮です。『治癒士』の資格も持っておりましたので、お役に立てたかと思います」
「ん。……お義姉さまが、貧血なのはわかっている?」
エルザは先程の診察結果を口にした。
「はい。それで、レバーをはじめとする肉類や鉄分を含んだ野菜を使った献立を考えております」
それを聞いてエルザは満足した。
「ん、それでいい。……でも、もっといいものを、持ってきた」
「それはなんでしょう?」
エルザは振り返り、侍女が持つ果物籠を手に取った。
「お義姉さま、これを、どうぞ」
蓬莱島産のペルシカが入った籠である。
「まあ、美味しそう」
と、喜んだイングリットは、その直後、エルザからの呼び方に気が付いた。
「エ、エルザ様、わ、私……」
エルザはにっこり微笑みながら、そっと告げる。
「あなたは、モーリッツ兄さまの奥さんになる人。だから私の、義姉さま」
その言葉を聞いて、イングリットは目を潤ませ、頭を下げた。
「……あ、ありがとうございます」
エルザは微笑みながら、今度は果物を指差す。
「栄養豊富です。……誰か、剥いてあげて」
さっそく食べてもらおうとエルザがそう言うと、
「じゃあ、私が」
と言って、マルレーヌがペルシカを1個手に取った。
「大奥様! そんな、もったいない」
「大奥様、私たちが致しますのに」
「いいえ、私にやらせてちょうだい」
恐縮するイングリットと侍女たちを尻目に、マルレーヌはくるくると皮を剥いてしまった。すかさずエルザがお皿を差し出すと、マルレーヌは剥いたペルシカを8つに切り分けた。
そしてフォークを添え、
「さ、食べてちょうだい」
とイングリットに差し出した。
「大奥様、ありがとうございます」
イングリットはそれを一切れ口にすると、
「まあ、美味しい! エルザ様、こんな美味しいペルシカ、食べたことありません!」
と、大喜びし、次々に口へ運んでいく。
たちまちのうちに、剥いてもらったペルシカを食べ終わったイングリットは、
「ああ、なんだか元気が出てきたみたいです」
と言ってにっこり笑ったのである。
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20190527 修正
(旧)1時間ほど擬装した『コンロン2』は屋敷の上に留まり、ロイザートの住民にその姿を見せつけたあと、再び空に舞い上がり、
(新)偽装した『コンロン2』は1時間ほど屋敷の上に留まってロイザートの住民にその姿を見せつけたあと、再び空に舞い上がり、