60-12 迎賓館にて
『コンロン3』からもう誰も降りてこないのを確認し、
「今回、エルザと双子ちゃんは来なかったのね」
と、シオン。
「うん。お客さんがいるからな」
仁もそう答えたのだが、シオンはそんな仁をそっと引っ張って少し離れたところへ連れて行き、
「ねえ、ヒルデさんって、前の皇帝陛下じゃないの?」
と言い当てた。
「知ってるのか!?」
驚く仁。
「ええ。以前、父たちと『アヴァロン』へ行ったとき、ちらっとだけど、お見かけしたから」
「ああそうか……」
シオンは『世界会議』には出席せずとも、『アヴァロン』へは行っていたのである。
「で、どうなの?」
「……そうだよ」
仁も認めざるを得なかった。
「今は『太上皇帝』だけど、お忍びできているから、堅苦しい扱いはお嫌いなんだよ。だから、俺の知り合いの一貴族として接待してくれると助かる」
「……わかったわ」
そして、仁とシオンは太上皇帝とフローラの下へ戻った。
2人はマリッカと話が弾んでいるようだった。
「ああジン君、マリッカさんって素敵な方ね!」
「きょ、恐縮です」
太上皇帝はすっかりマリッカが気に入ったようだった。
用意されたのはゴーレム馬2頭が牽く大型馬車。ゴーレム馬は仁が、馬車はマリッカが用意したもの。
「それでは、こちらへどうぞ」
「ありがとう」
まずシオンが乗り込み、ついで太上皇帝、フローラ、仁、礼子、マリッカの順だ。
5色ゴーレムメイドは、ルビー101以下、全員が馬車と併走する。
「ああ、乗り心地がいいわね。馬車も素晴らしいけれど、路面も凹凸が少ないのね」
「はい、『砕石舗装』といいます」
飛行場から集落への路面はこの『砕石舗装』で、揺れも少なく快適であった。
「この舗装を、ジン君はローレン大陸の各国に普及させたいわけね」
太上皇帝が言う。
「ええ、そうです」
「わかるわ。砂利を敷き固めただけのように見えるけど、しっかりしているものね。馬車くらいじゃびくともしないようだし」
ゴーレム馬が蹴っても、少々のことではえぐれたりしない強さを持っている。
また、水を通すので、水たまりができにくい。
将来、数トンもある大型車両が行き来するようだと、アスファルトで固めるなどしないと無理だろうが、当分はこの舗装でいけるだろうと仁は思っていた。
「あちらが『森羅』の氏族領です」
石垣で囲まれた集落の周りに農地が広がっている。そこを『アグリー』が世話している様子も見られた。
そしてさらに、
「あれは……温室?」
骨組みを軽銀で、透明部分はキュービックジルコニアで作られた温室である。
「はい。こちらは、冬が厳しいので、作物、特に野菜を栽培するための温室です」
「素晴らしいわね」
「畏れ入ります」
そして馬車は石垣の中へ入り、ひときわ大きな建物の前で止まった。
「迎賓館です」
今年建てたばかりという新しい建物だ。これを見ても、『ノルド連邦』が外交に賭ける意気込みがわかろうというもの。
周囲が平屋建てばかりなのに、一部が2階建てになっている建物で、雰囲気もやや異なっている。
「クライン王国やフランツ王国の建物を参考にしています」
とシオンは説明した。
なるほど、確かに言われてみればそれらしい様式が随所に見られる。
ただ全体としてみると、『ノルド連邦風』にまとめられており、周辺の建物から浮いているという感じではなかった。
来客があると話がついていたのだろう、門の前には数名の使用人たちが整列してお辞儀をしていた。
その中にはシオンの従者『ルカス』の姿もあった。
「ようこそいらっしゃいました」
シオンたちとは異なる浅黒い肌を初めて見た太上皇帝とフローラは少し面食らったようだ。
「……ジ、ジン君、この人たちは、シオンさんたちと少し……」
外見が異なるようだけど、という言葉を飲み込んだ太上皇帝だが、仁はその言わんとすることを理解した。
「ええ、色々と事情があるようですが、要するに共存共栄している種族ですよ」
「……なるほどね」
仁の言葉に何かを感じたのか、太上皇帝はそれ以上詮索することをしなかった。
実際、『魔族』と『従者種族』に遺伝上の差異はない、というのがエルザの見立てであり、差別がなくなればいずれ2つの種族は1つになるだろうと思われた。
そう、シオンの姉イスタリスと、元その従者で現夫のネトロスのように。
閑話休題。
シオンは一行をまず迎賓館内へと案内した。
「ええと、洋間と和室と、どちらがよろしいでしょうか?」
「え、和室があるの?」
太上皇帝は驚いた。
「はい、ございます。……『崑崙島』の『五常閣』と『翡翠館』の評判はこちらにも聞こえてきていまして、参考にさせてもらいました」
実は仁は知っている。というか、仁が『五常閣』と『翡翠館』のオーナーなので、建築時にいろいろと相談されたのだから。
畳も仁が提供したのである。なんとなれば、この文化が広く根付いてほしいからだ。
イグサそのものはミツホでも栽培されているので、需要が増えても何とかなるはずであった。
畳の部屋に案内された太上皇帝は、畳に横たわり、イグサの香りを堪能していた。
12畳ほどもある部屋で、今はフローラと2人きりである。
「ああ、やっぱり畳はいいわね」
「はい、ヒルデ様。……靴を脱ぐ、ということはつまり、『危険が少ない』という環境であるということですよね」
靴を履いていればいつでも逃げられるが、脱いでいたらそうはいかない、とフローラはこの習慣を解釈したようだ。
「そうね、そういう面もあるんでしょうね」
でも、と太上皇帝は言葉を続ける。
「本当に寛ぎたい時って、できるだけ身体を締め付けない方がいいみたいよ?」
コルセットやベルト、手袋、そして靴。あるいは下着類。
ゆったりしたものの方が、身体の血行のためにはいいはず、なのだ。
「そう……かもしれませんね」
「そして、『ダイの字』ってジン君はいってたわね」
そう言って太上皇帝は畳の上に仰向けになると、手足を伸ばした。
「『ダイ』ってどういう字なのかよくわからないけれど、こうしていると、すごく心が安らぐわ。……あなたははしたない、と言うかもしれないけれど」
「……いえ」
「確かに、お行儀よくするのは大事よ。特に人前ではね。でも、プライベートな時間に、このくらいは許されてもいいと思うの」
「……仰るとおりですね」
太上皇帝の主張にも一理あり、この場では、フローラも頷くしかなかったのである。
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20190522 修正
(旧)5色ゴーレムメイドは、ルビー101が馬車と併走する。
(新)5色ゴーレムメイドは、ルビー101以下、全員が馬車と併走する。
(旧)というか、『五常閣』と『翡翠館』のオーナーとして、仁が相談されたのだから。
(新)というか、仁が『五常閣』と『翡翠館』のオーナーなので、建築時にいろいろと相談されたのだから。




