59-29 人体実験?
人間を対象に、工学魔法を使えないか、という検討は佳境を迎えていた。
あと少し、何か切っ掛けがあれば……といったところ。
と、そこにハンナの祖母、マーサがやってきて、
「お昼ご飯だよ」
と告げたのである。
「はーい」
今集中してるからいらない、などと言おうものなら、それこそ首に縄を付けて引っ張って行かれそうなので、3人とも素直に思考を中断して食堂へと向かった。
食堂には、今蓬莱島にいる全員が揃っていた。
献立は、珍しく焼きおにぎりである。焼けた醤油の香ばしい香りが食欲をそそる。
「こういうのもいいな」
付け合わせはシンプルにお新香だけ。お茶はほうじ茶。
「ん、美味しい」
「香ばしさが何とも言えませんね」
そんな、のんびりした時間はあっという間に過ぎ、
「……また、相談したいんだけど、聞いてくれる?」
と、エルザは皆の前で検討している内容を口にしたのだった。
「うーん、そうすると、自分の身体に工学魔法を使うことはできるのか? が、わかれば、一歩前進できそうということか」
腕組みをしながら仁は、難しい顔で言った。
「……なあ、それって、俺やみんなでもいいのか?」
「…………え?」
仁の身体は『魔原子』製であるし、他の皆はホムンクルスである。
「あ」
仁の指摘に、今更ながらエルザは気が付き、
「……うっかりしていた」
と、少し萎れた。
「でも、必要なら、シオンやロードトスに協力してもらうこともできるぞ」
「ん、是非頼みたい」
「わかった」
ということで、仁は老君に連絡を入れてもらったところ、手の空いていたロードトスが協力してくれることになった。
「皆さん、こんにちは」
「お久しぶりです! ……というほどでもないですね」
で、リュドミラも一緒に付いてきた。
シオンは仕事があって、残念ながら来られなかったようだ。
「……というわけなんだ」
「なるほど、そういうことですか。工学魔法を自分に使うことができるか、と?」
仁からの説明だけではなく、エルザも補足説明をする。
「工学魔法を生体に使えるなら、治療にも役立つはず。是非協力してほしい」
「わかりました。何をすればいいですか?」
「工学魔法の『変形』で、爪の先を変形させてみてくれないかな」
「やってみます。……『変形』……できますね」
「おお!」
これは新たな発見であった。
『同調』すれば、工学魔法で曲がった骨を整復できるかもしれないのだ。
今のところ、そうした疾患には、一度骨を砕いてから再度治癒させている。
「それじゃあ、『分離』を使って、伸びた爪を切れる?」
「やってみます。……『分離』……できました」
「素晴らしい」
「それじゃあ、一部の髪の毛に『硬化』は掛けられる?」
「ええと、髪の毛が針みたいになるのは困るので、腕の毛でいいですか?」
「もちろん、かまわない」
特定の毛をターゲットにするため、やはり視認しての行使をしたい、とロードトスは言った。
「では。……『硬化』……できてますね」
手の甲に生えた毛の1本が、針のように硬くなっていた。
その毛を毛抜きで抜いてみるが、本当に針のようだった。
これまでのところ、自分の身体になら工学魔法が効く、という仮説を裏付けている。
これが、条件付きなのか、それとも全ての工学魔法が使えるのか……は、これからの課題である。
エルザとしては、『抽出』で内出血を治療したり、先日のようにドレーンの代わりにしたり、という使い方をしたいと考えている。
さすがにそれを健康体のロードトスに頼むわけにはいかないので、一応人体実験はこれで終わりとした。
「ありがとう、ロードトス」
「いえ、お役に立てたなら幸いです。……それに、伺ったところ、医療技術の向上のためなんでしょう?」
「そう。おかげで一歩、前進できた」
こうして、自分の身体に工学魔法を使うことができることは一応証明された。
一応、というのは、物理的効果を与える魔法の確認しかできていないからである。
「化学的な工学魔法も試せるものなら試したい」
『分解』で結石を分解したり、『抽出』で一酸化炭素中毒を治療する、などである。
「メラニン色素を分解してシミ取りもできそうだな」
「確かに」
「それから細胞を炭素、酸素、水素なんかに分解できるなら、腫瘍を消すこともできる」
「そうだな」
治癒魔法と工学魔法の融合は、まだ始まったばかりである。
* * *
「いやあ、面白かったよ」
エルザとロードトスの実験を見ていたサキが、嬉しそうに言った。
仁ファミリー全員が、息をひそめてその様子を見ていたのだ。
「これで、大きな前進ができたわけだね。あと、謎としては、生きた植物への工学魔法の効き方かな?」
エルザは頷いた。
「サキ姉の言うとおり。まだ、生えている木には工学魔法が効かないけど、そこから折った枝には工学魔法が効くのはなぜ、という説明はなされていない」
その時、リシアが疑問を投げかけてきた。
「あの、『同調』という観点から考えてみたんですけど、生きている植物には『同調』できるんですか?」
エルザが答えて曰く、
「できるのかできないのか、よくわからない。なんといっても『植物』だから」
「ですよね……」
明確な意識というものがないというか、『思考』していないので、魔力パターンそのものがあるのかないのかわからないということである。
ゆえに『同調』したくてもしようがない、といったところというわけだ。
「だとすると、生物系素材はそもそも、金属と同じような加工は不可能? ……じゃないですよね。『地底蜘蛛樹脂』とか『魔獣の革』とか、加工できてますものね」
「それはそうだね」
ここで、仁が発言する。
「木材だって、使える工学魔法は『成形』とか『接合』だ。これって、『変形』や『融合』とは、根本的に違うんだよな」
「それは、確かにそうですね……」
さらに仁は、
「『風の刃』でなら立木も切れる。それをごくごく小規模にしたら、『成形』になる……かもしれない」
と言った。
「面白い考えだね、おにーちゃん」
ハンナも興味を持ったようである。
こうして知恵を出し合い、1つの疑問を追っていくというのもいいものだ、と、その場にいる全員は感じていたのである。
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20190510 修正
(誤)ゆえに『同調』したくてもでしようがない、といったところというわけだ。
(正)ゆえに『同調』したくてもしようがない、といったところというわけだ。




