58-30 鉱山と父親
仁たちが泊まるフランツ王国の夜は更け、何ごともなく朝が……とはいかず、その夜、老君からの報告が入った。
『仲間の腕輪』経由で仁は回線を繋げる。
『お休みのところ、申し訳ございません』
「いや、いいんだ。何か急用か?」
『はい、御主人様。……お世話係のナージャス・カーンさんについてです』
意外な名前が飛び出してきた。
「ナージャス? 何かあったのか?」
『はい。彼女は、間接的にですが、命を狙われています』
「何だって!?」
聞き捨てならない報告内容だった。仁は先を話すよう促す。
『彼女の父親はアステロ・ド・カーン子爵、フランツ王国で地方行政官を務めています』
「ほう」
フランツ王国でいう地方行政官は、言うなれば『代官』で、国の直轄地を管理する官職だ。
『北部のベルサルト鉱山周辺を担当しておりまして、なかなか羽振りがいいようです』
フランツ王国の産業は農業中心なので、優秀な鉱山は重要な収益源である。
『地方行政官は、黙認された範囲で、収益を懐に入れていますね』
「そういうもんなんだろうな」
中央から地方に派遣された時点で左遷と言える。そんな不満を抑えるためには、利益が必要だ。
『面白いことに、フランツ王国では地方行政官の給金は少な目なのです』
「どういうことだ?」
『鉱山の上がりをピンハネすることが前提になっていると思われます』
ピンハネしてはじめて適正な給金になるということらしい、と老君は言った。
「いつ決めたか知らないが、強かだな」
『はい、御主人様。それでですね、ナージャスさんの話に戻しますと……』
話が少しそれたが、本来の話題に戻る。
『カーン家には女の子ばかり4人の子供がいて、ナージャスさんは4女です』
「ああ、聞いた気がするな」
雑談の時に聞いたような気がする、と仁は思った。
『上の2人は嫁いでおりまして、3女のナルン・ド・カーンが家に残っています』
「うん」
『そして、当主であるアステロ・ド・カーン子爵は今、寝込んでおります』
「うわあ……」
仁にもなんとなくわかってきた。
『加えまして、ナージャスさんは上の姉3人とは母親が違います』
「え」
声を出したのはエルザだった。
『ナージャスさんの母親は侍女で、彼女を出産後、解雇されております』
「……」
『……姉妹仲はよくありません。特に3女のナルンは、ナージャスさんを疎んでいます』
それを聞いたエルザは顔を顰めている。
『まだ時間の関係で裏は取れていませんが、ナージャスさんを諜報局に回したのもナルンが手を回したものと思われます』
「うーん、そうか」
『報告は以上です』
「わかった、ありがとう。……ああそうだ、今のフランツ王国で、ナージャスの味方ってどのくらいいるんだろう?」
『はい、御主人様。女王はじめ、重鎮たちの大半は敵でも味方でもありません。強いて言えば総務相と魔法相は味方ですね。彼女の才能を生かすポストに就けてやりたいと思っているようです』
「わかった」
老君との通話を切った仁がエルザを見ると、何やら難しい顔をしていた。
「……ナージャスの境遇、か?」
「ん」
エルザも元は子爵家令嬢。が、兄たちとは母親が異なっていた。彼女の場合は、基本的に家族には可愛がられた(一時洗脳の影響で父、兄から冷遇されたことはあったが)。
「……少し、気の毒」
「そっか」
仁は少し考え込んだ。確かにナージャスの才能は埋もれさせるのは惜しいし、ここ数日で仲よくなったため、不慮の事故に遭われたりするとはっきり言って悲しい。
かといって仁たちが全てを片付けてしまうというわけにもいかない。
「まずは、その父親の病気を診るところからかな」
「ん、任せて」
父親は、老君によればまだ61歳。病気が治れば現役としてあと5年から10年はやっていけるだろう。
「明日、さっそく提案してみよう」
「ん、それでいい」
明日をも知れぬ重態ではないということなので、今夜中である必要はなく、仁とエルザはその日はそれで休んだ。
* * *
明けて、翌15日。オークション当日である。
オークションは午後からなので、昨夜の話どおり、朝食後、仁とエルザは接待役のナージャスに話をしておくことにした。もちろん彼女の父親の診察についてである。
「今、ナージャスさんの父君はどこに?」
「え、ええと、ちょっと身体を壊してまして、王都の屋敷で療養中です」
これを聞いて仁もエルザもしめた、と思った。
「なら、午前中は時間があるから、父君の容態を診てあげる」
「ほ、本当ですか! あ、ありがとうございます!!」
思わぬエルザからの申し出に、ナージャスは文字どおり小躍りして喜んだ。
カロライン・ド・ラファイエット女王に断り、城を出る。カーン家の屋敷は徒歩でも10分ほどだというので、歩いて向かった。
仁、エルザ、礼子、ホープ、そしてナージャスの5人はゆっくりと歩いていった。
道々、ナージャスの父についていろいろと聞いておく。
アステロ・ド・カーン子爵、今年61歳。ナージャス同様、金髪碧眼。
鉱山の町の代官らしく、率先して坑道へ潜ること多し。
「鉱夫が足りない時など、父は自ら鉱石を採掘することもあったようです」
「……」
それが代官として相応しい行動なのかどうかは仁にもエルザにも何とも言えないところだが、下の者に嫌われてはいなさそうだと感じられる人柄のようだった。
「こちらです」
中くらいの規模の屋敷の前で、ナージャスは歩みを止めた。
「こ、これはお嬢様、こちらは?」
門のところで守衛に尋ねられたので、
「陛下のお客様で。『魔法工学師』ジン・ニドー卿と奥方のエルザ様よ。エルザ様は治癒師でいらっしゃるから、お父さまの診察をしてくださるそうなの」
と説明。
「そ、そうですか。……どうか、どうか、旦那様をお救いください!……」
守衛は何度もペコペコと頭を下げながら一行を通してくれた。
「どうぞ」
庭園はきちんと手入れされていた。その中を抜け、屋敷の玄関に。
「お嬢様、お帰りなさいませ。お客様でいらっしゃいますか?」
家宰らしき初老の男が一行を出迎えた。ここでもナージャスは仁とエルザの紹介を行う。
「そうですか、旦那様をよろしくお願い申し上げます」
とにかく、女王陛下の客人でもある仁たちは、問題なく病室まで通された。
「お父さま!」
「……ナージャス、か」
病室にいたのはアステロ・ド・カーン子爵。御年61歳。現代日本でいうなら還暦過ぎ。
の、はずだが……。
そこにいたのは、顔色悪く、やせこけた老人であった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20190318 修正
(旧)御年61歳、初老。
(新)御年61歳。現代日本でいうなら還暦過ぎ。
(誤)『そして、当主であるアステロ・ド・カーン子爵は今、寝付いております』
(正)『そして、当主であるアステロ・ド・カーン子爵は今、寝込んでおります』
20190410 修正
(誤)「いつ決めたかしれないが、強かだな」
(正)「いつ決めたか知らないが、強かだな」




