56-36 トロフィー
「速度アップか……」
マリッカの孫弟子という、『森羅』のコンダックの質問に対し、どう答えようかと仁は少し考えてから、
「空気抵抗と機体重量、そして推進器……というのはわかっていると思う」
「はい、もちろんです」
「だが、どうやればそれらを減らせるかが今一つわからないということかな?」
「そのとおりです」
だいたい仁の予想どおりであった。ノルド連邦の教育は進んでおり、一般教養であれば、ローレン大陸の諸国を大きく上回っている。
つまり、その先だ。
(俺も、そこまで詳しいわけではないからなあ)
「『風力式浮揚機』の原理上、空気抵抗が大きいことはわかるかと思う。だが、翼の形状を変えることで向上の余地はあるだろう……」
重量は素材と構造、推進器は効率とパワー。
そういった一般論も含め、仁は説明していった。
「ありがとうございました」
「最後はエントリーナンバー10番、『傀儡』のルルストナーです」
女性の技術者で、仁もマリッカの工房で姿を見かけたことがあった……気がしている。
「『風力式浮揚機』用の素材の強度についてです。剛性を高めすぎた場合、弊害はあるでしょうか? 申し訳ありませんが、もう実験しているだけの余裕がなくて」
「ふうん……」
これまでの質疑応答で、かなりの疑問とそれに対する解決のヒントが出ているので、後になればなるほど質問内容は専門的になっていく傾向にあったが、こう来るとは思わなかった仁。
「まずは一般論。剛性は重要だけれど、高めすぎれば脆くなる。また、加重が限界を超えると一気に破壊される傾向がある。それは危険だと思う」
硬いものは折れる。軟らかいものは曲がる。このバランスがなかなか難しく、見極めるのも技術者の技量だ、と仁は言った。
「……」
「これを防ぐための方策として、適度な弾性や靱性を持たせたり、複合材を使うという方法が考えられる。また、構造でも強度は変わるだろう」
トラス構造やハニカム構造など、軽くて丈夫な構造のことだ。
「あとは、特性かな。硬くて脆いものは引っ張り、曲げには弱いけれど圧縮には強いわけで」
コンクリートがそれで、引っ張り加重が掛かる箇所には鉄筋を多く入れる設計になっている。
「これらのヒントで工夫してもらいたいと思う」
「ありがとうございます」
これで、参加10チームからの質問が終わった。
こうしてみると、技術系の氏族ばかりということがわかる。
さらに言うと、マリッカの関係者、つまり弟子、孫弟子、あるいは同僚がほとんどだ。
『マリッカ杯』なので当たり前と言えば当たり前なのかもしれない、と仁は考えた。
そして最後に、全体的な質問はないかと問いかけると、シオンの手が上がった。
「それじゃあ、私から、1つ」
と前置きを入れてシオンは質問を開始した。
「模範演技、ということは考えていないのかしら?」
つまり、仁が作った『風力式浮揚機』を見たい、ということ。
「今回は考えていないが……」
と仁が言いかけると、
「是非見たいです!」
という声が多く聞かれた。
「ほら、ね。主催者の1人として、考えておいてよね」
とシオンに言われた仁は、
「わかった。前向きに考える。……最悪でも『タウベ』を持ってくる」
と答えたのであった。
* * *
思いがけなくも『ノルド連邦』で時間を取られたが、その日の夕方、仁は蓬莱島に戻ってきた。
皆は何があったか老君から聞いて知っており、
「お疲れ様」
と仁を労ったのである。
仁が何をしてきたか、皆知っていたが、仁は自分が何をどう感じたか、を夕食後に説明した。
「なるほど、ノルド連邦にも技術系の人たちが育ってきたか!」
ラインハルトも嬉しそうだ。
「私の弟子たちがやる気を見せてくれて嬉しいです」
マリッカもまた、嬉しそう。
ここで仁が、
「マリッカ杯のトロフィーだけど、若い頃のマリッカ像はどうかと思っているんだけど」
「ふええええ!?」
「あ、いいわね」
「いいと思うな」
「いいんじゃないかしら」
「ん、賛成」
と、一部の反応以外、皆賛成のようだった。
「俺の世界にもさ、勝利の女神が勝者の印である『月桂冠』を被せようと頭上に掲げているデザインのものがあったんだよ」
「おお、なるほど」
「ふえ……」
顔を赤らめているマリッカに仁は、
「まあ小さいから、まず誰だかわからないよ」
と言ってフォローした。
「……」
それでも俯いているので、
「じゃあ、ちょっと試してみるか」
と言って礼子に銀塊を持ってきてもらう。そして、
「『変形』」
一気にマリッカの像を作り上げた。
頭上に月桂冠を掲げたポーズではなく、胸元の高さに持ち上げた体勢だ。
「おお」
「さすがジンだね」
「ふえええ!?」
「くふ、確かに、よーく見ないと誰だかわからないねえ」
「そのつもりで作ったからな」
僅かに角を丸める、といった手心を加えた結果、輪郭がうまい具合にぼやけて、女性であることはわかっても、誰だかはそうと知ってみなければわからないレベルだった。
服はギリシャ神話かローマ神話の神が着ているような、トーガというのか、ゆったりした布を纏っており、身体の線はほとんど出ていない。
「あたしの時は水着だったのに」
とマルシアから苦情が出たが、
「これはフィギュアじゃないしな」
といって流した仁であった。
「で、これを黒檀か紫檀の台座に付けたらどうだろう?」
「うーん、赤い木はないのかい?」
ラインハルトが言うと、
「あるよ。『サティーン』という木が。蓬莱島でもたまに見かけるね」
「サンプルならあったはずです」
礼子が、仁も知らなかった木材サンプルを持ってきてくれた。
それは、名刺大に加工した木の板が幾つもファイルされているもので、木の質感がよくわかる。これも以前の仁が作ったらしい。
「ああ、これか」
『サティーン』は確かに『紅い』木であった。現代日本では『サティーネ』と言われている木に近い。
「これにしよう。在庫はどうなんだ?」
「トロフィーの台座に使うくらいでしたら十分に」
「よし」
こうして、『マリッカ杯』優勝者用のトロフィーが完成したのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本日は 【N-Star】家業が詰んだので、異世界で修理工始めました
も更新されております。
https://ncode.syosetu.com/n1990fc/
お楽しみいただけましたら幸いです。
20190121 修正
(旧)
こうしてみると、技術系の氏族ばかりということがわかる。
数を減らした『諧謔』の氏族や『灰燼』の氏族からは参加者が出ていない。
(新)
こうしてみると、技術系の氏族ばかりということがわかる。




