56-33 裏方
9月19日、仁は老君からクツド鉱山の資源について報告を受けていた。
『御主人様、中間報告を致します』
「うん、頼む」
『はい。やはり、浅い鉱脈はほとんど掘り尽くされており、残っている部分も金属含有量の低いものばかりです』
「そうだろうな」
『中深度……地下100メートルくらいまでは、そこそこの鉱脈が残っておりました』
「おお、それは朗報だ」
『はい。ですので、『モグラ』を使って坑道だけ掘っておきました。ゴーレム用と人間用。ゴーレム用は適当に。人間用は勾配が5パーセントで掘りましたので、かなり長いですが』
ジグザグに掘り進めたと老君は言った。
『鉱脈は鉄鉱石と銅鉱石が大半で、若干の金鉱・銀鉱です』
「それくらいなら蓬莱島にもあるから無理に確保する必要もないしな」
『はい。そしてそれ以上、地下300メートルより先は未開発でしたので、坑道を掘りつつ、有用な鉱石を確保させてもらっています』
「それでいいな。で、内容は?」
『はい。イリジウム、オスミウム、ロジウムといった白金族元素、それからアダマンタイトの鉱脈がありました。加えて全属性の魔結晶も採掘できます』
「おお、それはいいな、特に白金族元素は、今の世界では使い道がないから、こちらで確保しておこう」
白金族元素は、その融点の高さから、使い道のない金属もしくは鉱石として持て余され気味なのである。
プラチナ、イリジウム、オスミウム、パラジウム、ロジウム、ルテニウムが白金族元素であるが、その中で最も融点の低いパラジウムでさえ摂氏1555度。
最も高いオスミウムになると摂氏2697度である。
金は摂氏1063度、銀は摂氏961度であるから、その融点が高いことがわかるだろう。
もっとも、仁にとっては工学魔法があるので何も問題はない。
こうした白金族元素は合金となっていることが多く、今現在のアルスでは、蓬莱島とノルド連邦、そして『アヴァロン』の研究所以外では単体に分離できない。
ゆえに『白金』といった場合は大抵が合金で、『白金貨』というものも存在するが、通貨というより記念メダルのような扱いとなっていた。
閑話休題。
仁としては、半分以上はトカ村の再開発のためのクツド鉱山再開発だったわけなので、おおよそその目的は達成したと言っていい。
ちなみに、クツド鉱山に至近の村または町は、トカ村ではなくドッパという町である。
ドッパは、カイナ村、トカ村、ラクノー町と来て、その次に位置する町である。さらにその次がシャルル町になる。
ゆえに、クツド鉱山からの鉱石やインゴットはドッパに送られることになる。
「クライン王国の経済状態を改善して、最低でもドッパまでの道路整備をさせることが狙いなんだったよな?」
『はい、御主人様。仰るとおりです』
だが、ドッパの町からクツド鉱山までは、道はあるが急な上り坂で、馬車はまず通行できない。
鉱石やインゴットを運ぶのは馬の背による。
「ドッパの町からトカ村までは馬車で一日半行程だよな」
『はい御主人様。およそ50キロです。間にラクノー町がありますが、ここも寂れていますね』
この街道を整備するには、トカ村だけを再開発しても駄目だ、というのが老君の考えで、街道の途中にある町もそれなりに賑やかにならないと、一時的に賑わっても、すぐにまた寂れてしまうだろうというのだった。
「前回はそのせいでトカ村が寂れた、と分析したんだったな」
『はい、そうです』
そのため、やや時間は掛かるが、シャルル町以北の町や村も『そこそこ』活性化しようとしているのだ。
その一手がクツド鉱山の再開発であった。
間接的にトカ村のためになるわけだ。
もちろん、新設の飛行場は直接の利益に繋がるはずだ。
「あとは宿泊施設だな」
トカ村の外れに、クライン王国が建設中のホテル。
「あれって、『翡翠館』をモデルにしているんだよな?」
『はい、御主人様。使われている石材は花崗岩がほとんどですが』
「それって、強度は大丈夫か?」
翡翠は緻密な組織でできているので非常に靱性が高く、ハンマーで思い切り叩いても簡単には割れないが、花崗岩は脆いので割れてしまう。
『補強などは入れているようですが……』
「……一度、見に行くか」
お客が入ってから床が抜けたなどということがあったら目も当てられない。
仁は近いうちに見に行こうと心に決めた。
「あとは何かあるか?」
『トカ村の温泉設備ですが、そちらは十分に整備されていますね。湧出量も十分です』
「そうか、それはよかった」
『第一回マリッカ杯』エアレースまでもう1ヵ月を切った。
今回はサポートに徹するつもりの仁は、大会に不備が出ないよう、心を砕いていた。
「こういう裏方も面白いな」
新鮮な体験なのだろう、仁はそれなりに結構楽しんでいる。
それをわかっているので老君も礼子も、何も余計なことは言わず仁を手伝っていた。
* * *
「大分出来たな」
トカ村の西外れでは、急ピッチでホテル建設が行われていた。
工事監督を任された魔法技術省第3技術部部長のジレット・フェザ・ルトリア子爵は独りごちた。
その隣には、予定表を手にした部下のリッツ・ラクカがいて、心配そうに尋ねた。
「しかし、花崗岩だけでいいんでしょうか」
花崗岩は脆いでしょう、と言った。
「心配性だな。もちろんそれはわかっている。であるから、鉄骨で要所要所を補強しているではないか」
「それで十分かどうかということなのです」
モデルにした『崑崙島』の『翡翠館』はその名のとおり翡翠で作られており、丈夫さには定評がある。
「事故が起きてからでは遅いですから」
「確かに、君のいうこともわかる。だが、日程を考えるとな……」
「でしたら、もう少し魔導士を増やしてもらいましょうよ!」
「それができれば苦労はない」
このやり取りは『覗き見望遠鏡』により、老君に観察されていた。
『なるほど、人員不足ですか。それにも関わらず、日程は動かせないと。……その場合のしわ寄せは……』
当然、建物の品質に影響するであろう。
『御主人様に、明日にでもトカ村の建設現場を視察していただく必要がありそうですね』
そう結論した老君であった。
* * *
「うーん、建設用の『強靱化掛け魔導具』があるといいのかなあ」
老君からの報告を聞いた仁は対策を考えていた。
『400年前の御主人様は、43歳の時にそういう魔導具をお作りになりました』
「ああ、そうだろうなあ」
老君からもう少し詳しく話を聞けば、一時期建築ラッシュで、しかも大理石や花崗岩での内装が流行ったことがあったという。
「なるほど、確かにそのままでは脆いから、魔法で強化してやりたくなるな」
仁も納得の理由だ。
「で、その魔導具は、もう忘れ去られているんだな?」
『はい、御主人様。建築の流行が終わったことと、『魔法連盟』の手によって、ですね』
「やはりそうか……」
だが、それならもう一度復活させてもいいわけだ。
仁はさっそく製作に取り掛かったのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20181223 修正
(誤)工事監督を任された魔法技術相第3技術部部長の
(正)工事監督を任された魔法技術省第3技術部部長の
(誤)その隣には、予定表を手にした部下のジレット・フェザが心配そうに尋ねた。
(正)その隣には、予定表を手にした部下のリッツ・ラクカがいて、心配そうに尋ねた。
(誤)老君かもう少し詳しく話を聞けば
(正)老君からもう少し詳しく話を聞けば
(旧)『はい。そしてそれ以上、地下300メートル以下は未開発でしたので、
(新)『はい。そしてそれ以上、地下300メートルより先は未開発でしたので、
(旧)『はい、御主人様。そういうことになります』
(新)『はい、御主人様。仰るとおりです』
(旧)『はい、そうなります』
(新)『はい、そうです』




