56-08 相談と助言
昼食後、ラインハルトは再び『新・黒騎士』の完成のため、工房へ向かった。
鎧のデザインで試行錯誤しているらしい。
「夕食時にはお披露目できるよ」
と言っていたので、仁も、他の皆も楽しみにしている。
「……そういえば、ビーナも何か作っているって言ってたけど」
と仁が尋ねると、
「え、ええ。ちょっとね」
と、煮え切らない答えが返ってきた。
続いて、
「そっか……こうなったらジンに教わった方が早そうね」
と独りごちたあと、
「ジン、もしよかったら、このあとちょっと……いえ、いろいろ教えてくれないかしら?」
と言い出したのである。
もちろん仁に否やはない。
「ああ、いいよ。工房か?」
「うん」
ということで、仁はビーナが何やらやっている工房へと向かったのである。肩にミニ礼子を乗せて。
「見てくれる?」
「お、これは……」
ビーナが作っていたのはオリジナルの『風力式浮揚機』のようだった。まだ実験用模型の段階であるが。
「ヘールで、ルイス様と一緒に乗ってみたいなと思ってるの」
「そりゃいいな。で、何が知りたいんだ?」
「そうね、全般よ。……私、一般向けの道具ばかり作ってきたから、こういう趣味の物って作ったことないのよね」
その割に、いい出来である。仁がそう言うと、
「ほんと? 仁にそう言ってもらえると自信付くわね」
と言って嬉しそうに笑うビーナであった。
「『風力式浮揚機』か……」
仁もあまり作ったことはないので、一般的な注意事項を教えることにする。
「上昇・下降することと左右に曲がることが第4。浮くことと進むことが第3。安定していることというか乗り心地が第2」
「じゃあ第1は?」
「落ちないことだ。言い換えれば『安全第一』だよ」
「なるほどね……」
そもそも『風力式浮揚機』は地球の飛行機とは別方向に枝分かれした技術である。
飛行機は進むことで揚力、すなわち浮く力を発生するが、風力式浮揚機は浮く力と進む力は完全に分かれているのだ。
そういう意味では飛行機よりも飛行船に近い。
「ジンの『ペガサス1』も、ある意味風力式浮揚機よね」
「そうなるな」
「ヘールで使うんだから、人目を気にする必要はないのよね……」
どんな奇抜な物でも、どんな高度な技術が使われていても、誰も何も言わないし言われない、ということである。
「だからビーナのオリジナルデザインでいいんだぞ」
「それはわかるんだけど、そもそもそういった物を作ったことがないから、ジンにコツを聞きたいのよ」
「そういうことか」
仁は、まずは安定して飛ぶことを考えるべきだと言い、それには機体の形状が重要だ、と続けた。
「重心が低い方が安定するな。気球を想像してみてくれ」
「ああ、なんとなくわかるわ」
浮力の中心は上に、重心は下に。そうすることで気球は安定している。万が一にもひっくり返ることはない。
「一番安定しているのは落下傘だろうな」
「ぱらしゅーと?」
「ああ、こういう奴」
仁は絵を描いて説明した。
その昔、仁が航空機を開発したばかりの頃、墜落時の脱出用にパラシュートを作ろうとしたことがあったが、たたみ方が悪いと開かないことがわかり、結局実用化しなかったのだ。
その後、脱出用には小型転移門や力場発生器を搭載するようになったこと、運用上の事故率が事実上0だったことから、開発をしなかったのでビーナも初めて聞く概念だったというわけだ。
「ああ、これだと昔……『ディスアスター』だったっけ? ……が繰り出してきた円盤機みたいね」
「原理は違うけどな」
仁は、浅い皿状の円盤から吊り下げるように操縦席その他を取り付ければ、非常に安定がいいはず、とビーナに説明した。
「ああ、本当ね」
「それから、考えてばかりじゃなく、一度くらい作ってみた方がいいぞ。その方が理解が深まる」
「そうかもね。そうするわ」
「それに」
仁は一番肝心なことを確認することにした。
「『ノルド連邦』の有志が、近いうちにトカ村でエアレースをするという話は知っているだろう?」
「ええ、もちろん」
「それなんか、凄く参考になると思うぞ」
「ああ、そうね!」
マリッカの弟子、孫弟子たちの作なので、仁にとっては孫弟子、曾孫弟子に当たるわけである。
「きっと、いろいろな機体が参加すると思うし、見ても面白いだろうし」
「本当ね」
仁はその昔ポトロックで行われた高速艇競技のことも少し話して聞かせた。
「羽を生やしたゴーレムもいてさ……結局力不足で予選落ちしたけど」
「アイデアは凄いわよね」
「まったくだ。頭で考えているだけじゃ見えてこないものもあるから、馬鹿にできないぞ」
「そういうものかもね」
そんな話をしていると、
「お父さま、ビーナさん、そろそろ3時です。ソレイユとルーナがお茶の支度をしてますので研究所前庭へどうぞ」
とミニ礼子が教えてくれた。
「お、もうそんな時間か」
「一休みしましょう。……身体は疲れてはいないけど、頭が疲れたから甘いものが欲しいわ」
「はは」
ということで仁とビーナは研究所前庭へ出た。
そこにはテーブルと椅子が用意されており、曇っている今日、ちょうどいいくらいのお茶の席となっていた。
「今日はラスクか」
バター風味やシナモン風味、メープル風味などがあって、微妙な違いを楽しめる。
飲み物は緑茶、お茶(紅茶)、麦茶、そば茶、そしてカイナ茶が用意されている。
「さくさくして美味しいわね」
「ボクはシナモンが好みだな」
「やっぱりプレーンだよ」
皆、それぞれ好みの味を中心に、満足するまで食べたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
お知らせ:【N-Star】で連載中の
家業が詰んだので、異世界で修理工始めました
も更新されています。
こちらはシステム上レスができませんが全て読ませていただいてます。<(_ _)>
20181128 修正
(誤)運用上の事故率が事実上0だったことから、開発をしなかったのでビーナも始めて聞く概念だったというわけだ。
(正)運用上の事故率が事実上0だったことから、開発をしなかったのでビーナも初めて聞く概念だったというわけだ。




