55-09 絆再び
仁たちの宴は和やかに行われていた。
「ええと、要するに……寿命が来た順番にホムンクルスになったわけだな」
ラインハルトは酔っているし、入れ替わり立ち替わり説明をされたので、少し混乱気味の仁は、あらためて自分なりのまとめを口にした。
「そういうことだな」
シオンとマリッカの枠は残し、他の『仁ファミリー』のメンバーはそうやってホムンクルスに意識を移した、ということらしい。
「で、子供たちの代までは数的に無理だったから、精神的な葛藤を避けるため若干記憶を操作した、と」
「ん、そういうこと」
「……当時の俺は知らなかったのか?」
400年前の、つまり『オリジナル』の仁はどう考えていたのだろうと疑問を覚えたのである。
「……おにーちゃんには知らせなかったの」
「え?」
「というか、ファミリーのホムンクルス化を計画したのはあたしだから」
ハンナは、すべて自分の責任だ、と言う。
「老君、700672号さん、ジャックは、『主人消失症候群』を避けんがために協力してくれたの」
つまりハンナを除いて、皆『生前』はこうして生きながらえるとは知らずに、一度はその生を終えたのだという。
「でもなあ、ジン。歳をとってからの諦観……『もう十分生きた』、ってあれはね、肉体の衰えに精神が引っ張られて感じる、一種の自衛作用じゃないかと思うんだよ」
ラインハルトがしみじみと言う。
つまりは、寿命が尽きる頃になってあまり未練を残さないように、という天の配剤ではないかというのだ。
「くふ、こうして生まれ変わってしまうと、『生きててよかった』と思うからねえ」
サキもまた同じだという。
「ボクが思うに、歳をとって感じる諦観は、それ自体は嘘だとは言わないが、多分に肉体年齢……いや寿命とセットになっているんじゃないかな?」
要するに、天寿が尽きる際に醜く足掻かないで済むようにという天の配慮なのではないかと、サキは言った。
「くふ、面白い説だろう? でも、事実を元にしているんだから、それなりに説得力はあるよ」
みんなそうなんだから、と言ってサキはまた笑った。
「とにかく、400年後にジンが現れて、彼を再び元の時代へと老君が送り返すまで、我々は休眠していたわけだ」
改めてラインハルトが説明する。
「というと、目覚めたのは割合最近と言うことか?」
「まあそうだな。4ヵ月くらい前だろうか」
「それからずっとここに?」
「そういうことになるな」
とはいえ、ここの環境は整っているし、元々が居住区なので少し退屈はしたが、アルスの様子は定期的に知らせてもらえるので思ったほど退屈ではなかった、とラインハルトは言った。
「……ジン兄に私たちのことを知らせても大丈夫かどうか、老君には確証がなかった」
エルザが申し訳なさそうな顔で言う。
「『複体』のジン兄は、現状に満ち足りてしまった場合、どうなるか予想が付かなかったから」
満足して消えてしまう可能性もあったという。
まるで成仏するみたいだ、と仁は苦笑したが、もしかするとそれは間違いではないのかもしれない。
未練が残って幽霊になるのなら、その未練が消えると成仏するわけで、幽霊という存在もまた、自由魔力素の悪戯なのかもしれない、と仁は益体もないことを考えるのだった。
いずれにせよ、その説明を聞き、これまでの老君が煮え切らない反応をしたことの説明が付く。
700672号もまた、仁に打ち明けることは止められていたのだろう。
「まあ、もうそんな堅い話は止めよう」
大分できあがっているらしいトアが大きな声を出した。
「そうだそうだ!」
サキも父親の意見に同意している。
「今日は仁ファミリー再結成の日だからね!」
マルシアも上機嫌にそう言い、
「皆、この日を待ち望んでいたんだよ!」
ロドリゴも言葉を連ねた。
「そうだよな」
仁もそれには同感である。
せっかくの宴に、堅い話ばかりでは興醒めというものだ。
もっとも、複体である仁はまったく酔えないのであるが、元々酒はあまり飲まない上、雰囲気で酔える方なので、それほど問題ではない。
「ほらほらエルザ、もっと旦那様のそばに行きなよ」
マルシアに押し出されたエルザは仁の右隣に座り直した。
「ふふ、いいですよね」
ベルチェもまた、ラインハルトにワインを注いでいる。
「あーあ、相手のいる人はいいわねえ」
ヴィヴィアンがぼやきながらワインを煽った。
ルコールはいない、つまり、そういうことなのだろう。
宴は混沌とし始めているが、皆の顔は底抜けに明るかった。
それは、浮世とのしがらみがなくなったからかもしれない。
これまでは大なり小なり、いやかなり大きく、現実に縛られていたのだから。
それが、こうした形で自由になった今、そのデメリットを考えるよりも、メリットを享受しようと思っているのだろう。
(人一倍、責任のある立場だった者が多いからな……)
ある意味、定年退職してこれから第2の人生だ、と考えるサラリーマンの心境かもしれない、と仁は内心で思っていた。
「第2の人生、か……」
思わず口に出すと、
「第2の人生、いいね、それ!」
耳聡くサキが聞きつけた。
「第2の人生、まさにそれだな!」
ラインハルトも賛同した。
「第2の人生にかんぱーい!」
トアも大声を上げる。最早酔っぱらいの集まりのようだ。
あまり酒を飲まないハンナやリシア、ミロウィーナらはとっくに避難しているようだ。
それでも、酒乱のような酒癖の悪い者はいないのが救いである。あくまでも陽気な酒であった。
* * *
さすがに酔っぱらいの相手をするのに辟易して、仁はエルザを誘ってそっと席を立った。
「……本当に、久しぶりだな」
「……ん」
屋敷の北側には離れがあって、渡り廊下で繋がっていた。
仁はエルザに案内されてそちらへと向かう。
「……会いた、かった」
仁の肩にもたれ、エルザは上目遣いに仁を見上げる。
離れには、宴の喧噪も届かず、静かだった。
「こうしてみんなと……とりわけエルザと会えるなんて夢みたいだよ」
「ん、私も」
「第2の人生、か……これからも、よろしくな」
「こちらこそ」
離れの襖を閉じれば、静かなものである。礼子も気を利かせたのか、こちらまでは付いてこなかった。
仁とエルザは久しぶりに2人だけの時間を過ごしたのである。
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お知らせ:10月13日(土)早朝から14日(日)昼過ぎまで帰省してまいります。
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また、 異世界シルクロード(Silk Lord) も更新しております。
https://ncode.syosetu.com/n5250en/ です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
20190105 修正
(誤)エルザが申し訳なさそうなな顔で言う。
(正)エルザが申し訳なさそうな顔で言う。
20200223 修正
(誤)礼子も気を効かせたのか、こちらまでは付いてこなかった。
(正)礼子も気を利かせたのか、こちらまでは付いてこなかった。




