54-22 仁の憂鬱
マリッカの逝去以来、仁はふさぎ込んでいた。
「お父さま、大丈夫ですか?」
礼子が心配して声を掛けるが、
「大丈夫だよ」
と答えるばかり。
マリッカの件が、思ったよりも堪えていたのである。
「……この先、まだまだずっと、知り合いを見送らなきゃいけないのかと思うと……な……」
ルビーナたちは『オノゴロ島』に帰っている。
ちなみにエリスとフレディはグリーナの家に招待されていた。
なので今、蓬莱島にいる人間は仁だけだ。
それがなおさら、仁の孤独感を募らせていた。
* * *
「老君、何かいい考えはありませんか?」
礼子は思いあまって老君に相談していた。
『礼子さん、御主人様は、今後の身の振り方についてお悩みなのだと思います』
「そうでしょうか?」
『御主人様でしたら、一緒にいたいと思われる方の自動人形をお作りになり、『知識転写』レベル10で人格までもコピーすることは可能です』
しかし、それをやってしまうことは、はたしていいことなのかどうなのか、葛藤しているのだろうと老君は言った。
『礼子さん、思い出してください、400年前のことを』
「ああ、確かにそうでした。お父さまは、マーサさん、太上皇帝陛下、ミーネさん、ミロウィーナさん、ステアリーナさん、ヴィヴィアンさん……多くの方を見送ってこられました。そのたびに今のように……」
『ええ』
「……でも老君、それについては既に……」
『礼子さん、『まだその時』ではないのでしょう』
「そうなのですか?」
『はい。もう少し、御主人様はこの世界と関わりを持たなくてはなりません』
「その根拠は?」
『御主人様を必要とする人が、少なからずいるからです』
* * *
また数日が過ぎた頃。
仁は工房に籠もっていた。
「お父さま、これはどこに?」
「ああ、それはこっちだ」
やはり仁は、無為に過ごすことなどできはしないのだと、礼子はほっとしながら手伝いをしていた。
今、仁は『アドリアナ式』を教えることのできる教師用自動人形を作っているところだ。
もちろん、最高レベルまで教えることはない。あくまでも基本を、である。
その先は自分たちで工夫してもらいたいのだ。
その結果、仁が思っているものと違うものへ発展したとしても、それはそれでいいと思っている。
アドリアナ・バルボラ・ツェツィの正統後継者は自分であり、自分の弟子たちは『オノゴロ島』と『ノルド連邦』にいる。つまり技術と想いはちゃんと『直系』に受け継がれているのだから。
「『アヴァロン』に任せればいいだろうな。持って行くのはマキナに任せて……」
仁は、世界への過度の干渉はもうやめておこうと考えている。
「世界規模の災害や、世界戦争でも起きそうだったら別だけどな」
誰に話すともなく、礼子や老君に聞こえるように独り言を呟く仁であった。
* * *
『アヴァロン』にて。
「おお、マキナ殿がみえたと?」
「はい。それで、『レーラー』という自動人形を寄贈してくださいました」
最高管理官トマックス・バートマンは秘書自動人形マノンから報告を受けていた。
「『レーラー』?」
「はい。『アドリアナ式』の基礎を教えてくれる教師役、だそうです」
「おお、それは助かる!」
あの講義以降、アドリアナ式のゴーレム・自動人形の作り方を学びたいのだが、という問い合わせが殺到していたのである。
「レーラー1から10まで、10体おりますので、当面の教師役には十分かと」
「うむ。まずはその10体を師にして技術者を養成し、将来に備えたいな」
トマックス・バートマンは頷いた。
「でしたら、5体を技術者養成用に、5体を講師用としたらいかがでしょうか」
「それもいいな。とにかく、これからの技術振興計画をじっくり練らなくては」
* * *
「これで1つ」
蓬莱島では、仁が指折り数えていた。
「次は……そうだな……あれを作るか。礼子、鉛と錫とアンチモンを……いや、そうじゃないな」
今、仁が言いかけた金属は『活字合金』を作るためのものであった。
途中でやめたのは、この合金は比較的軟らかいからだ。
ではなぜこの組成かというと、融点が低い(およそ摂氏240度)こと、型に流した時の流動性がよい(小さな文字も形成できる)こと、凝固収縮が小さい(冷える時の収縮で変形しにくい)ことなどの利点があるからだ。
だが仁は、この世界らしく『工学魔法』で版下を作ることを考えていた。
「『変形』を使えばできるよな」
この世界の文字はアルファベットに近い。数字や特殊記号を含めても、100に満たない種類でなんとかなる。
「活字を組み合わせる方法もいいが、一気に版下を『変形』で作れば早いよな」
だが、そんなことができるのは一握りの技術者だけである。
しかしそれで終わらないところが『魔法工学師』だ。
「専用の魔導機を作ればいいんだ」
スキャナに相当する部分は『魔導監視眼』。それを専用の『制御核』でデータ処理をし、一定のフォントに文字を変換、『変形』で金属板を加工すればよい、と仁は考えたのである。
「これを使って印刷する仕組みはずっと簡単だ」
ゴーレムアームを応用したオートメーション化も可能である。
「そのあたりは、一般の技術者にも任せようか」
ということで、手書き原稿を版下にする魔導機を作り上げる仁であった。
* * *
「何!? また、マキナ殿が?」
『アヴァロン』では、1日空けてまたマキナがやって来たことを驚くと同時に、仁から寄贈されたという魔導機に驚いていた。
「ううむ、この発想が凄い……。おそらく、先日の印刷を踏まえての発明だろうが……」
『魔結晶』にデータを保存しておけば、何度でも版下を作ることができるのである。
印刷技術の革命とも言える。
「さすが『魔法工学師』だ……」
トマックス・バートマンは、これをどう運用するか、早速検討を開始したのであった。
* * *
『御主人様は、元気が出たようですね』
「ええ、老君。やはりお父さまは『モノ作り』をしてこそ、です」
蓬莱島では、老君と礼子がほっと胸をなで下ろしていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20200224 修正
(旧)アドリアナ・バルボラ・ツェツィの正当後継者は自分であり
(新)アドリアナ・バルボラ・ツェツィの正統後継者は自分であり




