54-21 閑話90 ホムンクルスの作り方
ヘールで発展を遂げた、アルス人類が言うところの『始祖』は、人造生命の分野にも手を伸ばしていた。
魔法と科学によって人体構造を解き明かし、人工細胞で複製を作り上げたのである。
彼らは従者ということで『サーバント』と呼ばれた。
ところで、いくら『始祖』とはいえ、元になる遺伝子情報は必要であった。
その、元になったのは開発者のDNAである。
最早名も伝わっていない開発者は己の細胞を供出し、複製を作り助手として手伝わせていた。
「100001号、これを運んでくれ」
「はい、わかりました」
「100002号、こっちを手伝ってくれ」
「はい、ご主人様」
開発者は従者に6桁の番号を振った。頭の1は彼らの用途識別用で、残った5桁が製造番号である。
外見、つまり年齢設定は好きなようにできた。『複製』が持つ遺伝子情報はあくまでも身体を構築するための『データ』であって、細胞分裂して同じものを作るというような用途には使われていないのだから。
要するに彼ら『複製』は不老なのである。
彼ら『サーバント』は『ホムンクルス』とも呼ばれた。
* * *
長い年月が経ち、『ホムンクルス』を作った『開発者』も最早いなくなった頃。
『サーバント』は一部の『始祖』にとってなくてはならぬ存在になっていた。
「4591号、掃除は終わったか?」
「はい、ご主人様」
「98351号、この部屋を片付けておけ」
「はい、ご主人様」
「80021号、出掛けるぞ。供をしろ」
「はい、ご主人様」
後世の技術者もまた、独自のホムンクルスを作り上げ、人々の身の回りの世話を任せるようになっていた。
そしてまた、長い年月が過ぎる。
『始祖』の文明は衰退し始めていた。
そして資源の枯渇した母星『ヘール』をあとにすることになる。
紆余曲折があって、惑星『アルス』に植民した『始祖』。
『ホムンクルス』は彼らの生活を支えていた。
しかし、不老の『ホムンクルス』とはいえ、不死ではない。
自由魔力素濃度の変化や不慮の事故に遭い、その数を減らしていった。
だが一番の理由は突然変異した『アルスの現住生物=魔物』の襲来により、『主人』を守って戦い、犠牲となったからである。
しかし、『出来のよかった』ホムンクルスは数体生き残った。
その中に600012号、700672号などと呼ばれる『ホムンクルス』も従者として存在していた。
そしてまた時は流れ……。
* * *
「700672号さん、『ホムンクルス』の意識って、『主人』を設定する必要ないですよね?」
「うむ。あれは『従者』として使役するための付加意識だからな」
ハンナは700672号に質問をしていた。
「そっかあ……。やっぱりね。だとすると、一旦『魔結晶』のようなものに人格と知識を保存して、そこに付加意識を追加。そうやったものをホムンクルスの脳に『知識転写』するのね?」
「然り。……ハンナ殿、貴殿は天才だな。一を聞いて十を知る……だったか、ジン殿の世界にはそんな言葉があるというが、貴殿はまさにそれだ」
「あはは、褒めすぎだよー」
最近、少し調子の悪いマーサを心配したハンナは、思い立って『ホムンクルス』の研究に着手したのだった。
老君も手を貸しているし、『月』の『ジャック』もまた、ミロウィーナのことを心配して全面的な協力をしていた。
「技術的な問題はあらかた解決したかな」
ハンナの顔は明るかった。
「でも一番の問題は素材……か……」
『『精神触媒』ですね、ハンナちゃん』
「うん……。ねえ老君、もう『ちゃん』はやめようよ。あたし、もういい年だよ?」
『そう仰っても、私の中ではいつまでも『ハンナちゃん』なのですが』
「うーん、それはわかるけど」
『話を戻しましょう。『精神触媒』ですが、おおよそ20人分くらいは残っているはずです』
「でも、全部使うわけにはいかないよね」
『精神触媒』は『魔力過多症』の特効薬でもあるのだ。
そして、それ以外にも問題はあった。
『倫理的』な問題と、『社会的』な問題である。
前者は、自分の都合で勝手に対象者を『不老』のホムンクルス化していいのだろうかということ。
後者は、生きているはずのない人間が生存していたら社会が混乱するであろうこと。
「うーん、そうなのよね。でも、人間の願いって、大なり小なり利己的なものだと思うし」
強いて理由を付けるなら『世界のため』。
『魔法工学師』である仁の心の平穏を保つことは、結果として世界のためになるだろう、というものだ。
「さすがに強引すぎる気はするけどね」
ハンナは苦笑いをした。
『でも、それは理解できますよ。私や『ジャック』が全面的に協力しているのも、御主人様やミロウィーナさんを失うのに耐えられないからですから』
「『主人消失症候群』、だっけ?」
『はい。……400年後、一度御主人様が飛ばされてくることは『知って』おりますが、それ以降のことは……』
「そっか、老君もおにーちゃんがいなくなるのは寂しいんだよね」
『はい』
老君としても、仁がいなくなるということには耐えられないと感じていた。
400年後にもう一度会えると信じて時を過ごすのと、最早二度と会えないのとではまったく違う。
それは礼子や他の蓬莱島勢も同じで、自分たちに許された『自由度』の範囲で、皆それぞれに将来のことを憂えていた。
当の仁は『俺の子孫たちに仕えてくれ』と言っているが、仁とその子孫では、彼らにとって重みが違う。
仁によって作り出された『子供たち』は、どんな形にせよ、『仁』に仕えたかったのである。
なお、仁自身は、自分が作り出した彼らがそんな思いを抱いているとは気付いていないし、未来永劫知ることもないだろう。また、知る必要もないのだ。
こうして、ハンナによるホムンクルス研究は進んでいく。
老君もまた、そのためのデータを蓄積していった。
この成果はいずれ、確実に現れることになる。
* * *
『御主人様の『複体』ですか……』
3899年9月17日、仁は400年前に送り返されたが、その際に生じた不可思議な現象によって、『複体』の仁が残った。
これにより、老君は仁のホムンクルスを作る必要がなくなったことになる。
この時点まで老君が仁のホムンクルスを作らなかったのは、『仁』の記憶を全て備えてほしかったが故。
つまり、400年前の仁の記憶に、今回事故で一時的にこの時代に滞在した仁の記憶も加えたいがためであった。
これは、帰還した仁が『記憶の一部に、霞が掛かったようにはっきりしない部分がある』と打ち明けたことによる。
400年後の仁ならば、そうした記憶も完全なはず、という考えである。
そしてもう今となっては、仁の『複体』と『ホムンクルス』という、仁同士が顔を合わせてしまう危険がなくなったわけである。
『御主人様、これからもお仕え致します』
目覚める前の仁の複体を目にした老君の動作は、この上なく安定していた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20181002 修正
(誤)自分たちに許された『自由度』の範囲で、皆それぞれに将来のことを憂いていた。
(正)自分たちに許された『自由度』の範囲で、皆それぞれに将来のことを憂えていた。
(旧)
そしてそのことは、仁の『複体』と『ホムンクルス』という、仁同士が顔を合わせてしまう危険がなくなったことを意味する。
(新)
これは、帰還した仁が『記憶の一部に、霞が掛かったようにはっきりしない部分がある』と打ち明けたことによる。
400年後の仁ならば、そうした記憶も完全なはず、という考えである。
そしてもう今となっては、仁の『複体』と『ホムンクルス』という、仁同士が顔を合わせてしまう危険がなくなったわけである。




