54-20 その日
それから2週間。
マリッカは小康状態を保っていた。
『オノゴロ島』の面々は入れ替わり立ち替わり見舞いにやってきている。
「こうして懐かしい人たちにも会えたんだから、たまに寝込むのも悪くないですね」
などと言って明るく振る舞っているが、顔色はあまりよくない。
あらゆる困難を排してきた仁であったが、寿命だけは如何ともしがたかった。
(いや、ホムンクルスや自動人形に記憶と人格を移す、という最終手段はあるのか……)
『長老』700672号のことを考えると、今回は自動人形ではまずいわけだ。
(ホムンクルス、成功したんだろうかなあ……)
気にはなるが、老君たちに任せると言った以上、聞くわけにもいかない。
(そもそも、ホムンクルスになったとしたら、一般人と接触するわけにもいかないだろうしな)
『生きて』いる人間に知られると、混乱が起きるだろうと思われる。
(そういう意味では、ヘールに隠居するというのはいいのかもな)
不意に極楽浄土、という言葉が仁の脳裏に浮かぶ。
(浄土、というのもおこがましいけど、まあそんな位置づけかな?)
そして自分も本来ならそこに引っ込むべき存在だとあらためて認識しなおす仁であった。
* * *
2日後。
いよいよ、『治療措置』と『快復』の効果が長続きしなくなってきた。
今は3時間おきにリーゼが掛け直している。
「マリッカ、何か食べたいものはない?」
シオンはもうずっと、マリッカの家に入り浸っている。
「ありがとうございます、今は食欲がないので」
「そう? 何かあったらすぐに言いなさいよ」
「はい」
ペルシカジュースだけはまだ喉を通るようなので、仁は蓬莱島から大量に持ち込んでいる。
だが、それとて万能ではない。
「ジン様」
「どうした、マリッカ?」
横になったままのマリッカが、仁を呼んだ。
「私、一度ジン様をお見送りしたんですよ」
「ああ、そうだよな」
400年弱前、仁が生身だったときのことだ。……今の仁にその時の記憶はないが。
「……今度は、自分が見送られる番なんですね」
「……」
マリッカは、うすうす自分のことに気が付いているのだろう。全てを悟ったような透明な笑みを浮かべていた。
「でも、『魔族』なんて呼ばれて、自称もしていた私たちを救ってくださって、こうして穏やかに暮らせるようにしてくださったジン様と出会えたことに感謝しておりますよ」
「マリッカ、あなた、私より若いんだから、情けないこと言ってるんじゃないわよ!」
シオンが少し昔の口調に戻ったように、強めの言葉で激励する。
「ありがとうございます。そうですよね、まだ……」
言葉がそこで途切れた。
「『治療措置』! 『快復』!」
リーゼがすかさず治癒魔法を掛ける。それでまた、少し持ち直すマリッカ。
「…………まだ、見届けたいものはたくさんありますけれど……」
「マリッカ様、まだまだ教えてもらいたいことがたくさんあるんです」
「マリッカ様、早くよくなってください」
ロードトスやその妹ヴィータもやって来て、マリッカの手を握った。
「ありがとうね、みんな」
(……『長老』は何をやっているんだ?)
仁は少し焦っていた。マリッカのホムンクルスをどうにかするなら、そろそろ行動に移さないと間に合わないのではないかと。
時間だけが過ぎていく。
「『治療措置』! 『快復』!」
3時間おきが2時間おきとなり、今や30分おきに治癒魔法を掛け、それでもマリッカは枕から頭が上がらないまでになってしまっていた。
「…………まだ……しゃべれるうちに伝えておきますね。……シオン、長い間、ありがとう」
「マリッカ……! 嫌よ、そんな言葉! まだまだ、あなたと私は一緒に仲間たちの未来を見つめていくんだから!」
「ごめん……ね……」
そしてマリッカは仁に向き直った。
「ジン……様。あなたにお会いできたことを、この世界の全てに、感謝します」
「マリッカ……」
「1つだけ……おねがいが……」
「何だ?」
「……むかしみたいに……あたまをなでて……もらえ……ますか…………?」
「ああ、いいとも」
仁はそっと手を伸ばし、昔のようにマリッカの頭を撫でた。
「ふふ……こうしていると……むかしに……かえったよう…………ですね………………」
その声が、途切れた。
「マリッカ?」
「マリッカ様!」
「マリッカー!!」
享年493、『森羅』のマリッカは友人知人に囲まれ、静かに世を去った。
* * *
仁は1人、空を見上げていた。
(老君……『長老』……間に合ったんだよな?)
だがそれについては、老君は語らないだろうということを仁は知っている。
そう、仁という存在が脅かされない限りは。
それこそが、仁が老君に、礼子に、そして蓬莱島の全ゴーレムと自動人形に与えた『自我』である。
仁に盲目的に従うのではなく、己の判断で最善の道を選べるように。
「お父さま」
「礼子か」
「はい。……わたくしに言えることは1つしかありません。『老君も、長老さんも、ちゃんとやりました』」
「そうか。じゃあ、悲しまなくていいんだな?」
「はい」
「……でも……わかっていても……つらいなあ……」
仁は袖で涙を拭った。
その日、ノルド連邦の空は珍しくどんよりしており、今にも雨が降り出しそうに、雲が低く垂れ込めていた。
* * *
「……あれ? 私……」
「やあ、マリッカ」
「あれ? あなたは……というか、ここは?」
「『天国』でもないし『あの世』でもないよ」
「……マリッカさん、しばらく」
「あなたは……あなたも?」
「ん、他にも、いる」
「そうなんですか……あれ、私、若返ってる?」
「くふ、肉体が一番充実していた頃になっているらしいよ?」
「そうそう。だからみんな……ね」
「そのうち、シオンもくるよ」
「ここでまた、楽しくやればいいのさ」
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