54-19 700672号の想い
リーゼは仁をマリッカの部屋の外まで連れて行き、
「マリッカ様の容態は、よろしくありません」
と、仁に告げた。
「なんだって!?」
ショックを受ける仁。リーゼがそこまで言うということは……。
「『治療措置』と『快復』を使っても、単なる延命措置なのです」
「……」
「元々このやり方は、エルザ様がお年を召されたジン様……400年前のご主人様のために開発なさったものでした」
「……」
「最初は効果が1日か2日保ちますが、次第に持続時間は短くなります」
「……」
要するに、尽き掛けた寿命を半ば強引に延ばしているのだとリーゼは締めくくった。
「……だが、マリッカはまだそんな歳じゃ……」
言いかけて、人の寿命は誰にもわからない、と仁は思い返した。
「じゃあ、どうすればいいんだ……!」
「400年前のご主人様は、『これが生物の定めだ』と仰っていました」
「……」
だが、今の仁にはそうは思えない。それを口にしたのは、今よりずっと歳を重ねた自分だからだろう、と想像する。
「……残す者より残される者の方がつらいんだ」
残される側としては、悟ったようなセリフは口にできなかった。
「それに……」
仁は700672号のことを思い出した。
「『長老』も、このことを危惧していたっけ」
『主人消失症候群』。彼ら従者は、主人の喪失を殊更深刻に受け止めるのだ。
「万が一にも、『長老』が壊れてしまうのは防がないと」
だが、その方法は。
「……急いで『長老』のところへ行かないとな」
そこで仁は、
「マリッカも元気出たようだから、一旦帰る。蓬莱島にルビーナたち置いてきてるから」
と言ってマリッカの家を出た。
そして転移門を使い、蓬莱島経由で『ヘール』へと移動したのだった。
* * *
「おお、ジン殿、ようこそ」
『長老』700672号はヘールでの生活を満喫しているようだった。だが、仁のただならぬ様子を見て、
「ジン殿、何かあったのかね?」
と聞いてきた。
「ええ、実は……」
仁は、マリッカの容態を説明した。
「……そうか」
慌てるかと思いきや、700672号は冷静だった。
「いつかはそんな日が来るとは思っていた」
確かに『長老』は、少し前に『ホムンクルス』のことを話していた。と仁は思い出した。
「いろいろ考えた。……マリッカ様の複製でさえあれば、記憶や人格はどうでもいいのではないか、とまで」
「それは……」
仁が何か言おうとしたところ、『長老』は手を伸ばしそれを遮った。
「……だが、それはやりたくない。吾が新たな『主人』として選んだマリッカ様は、記憶、経験、全部を含めてマリッカ様なのであって、けっして『魔力パターン』が一致するだけの存在ではない。あってはならない、とな」
随分と非論理的な思考をするようになったものだ、と『長老』は薄く笑った。
「いいえ、そんなことはないと思います。そんな気持ち、わかる気がしますよ」
「そうか、ジン殿、ありがとう」
「それで、結論は出たのですか?」
「うむ。……吾は、マリッカ様がお許しくださるなら、『ホムンクルス』として生き続けていただきたい」
「そうですか。……俺は、その選択を尊重しますよ」
「ありがとう。……それならば、ジン殿に1つ頼みがある」
「なんでしょうか」
「ジン殿のブレーン……『老君』殿といったか。『老君』殿といろいろ情報交換をさせてほしい」
要は、『ホムンクルス』を作り上げるための技術的な諸々を突き詰められるだけ突き詰めたい、ということだろうと仁は解釈した。
「ジン殿にとってもこれは有益だと思う」
「そうですね」
仁が将来『ホムンクルス』を作ろうと思うことがあった場合、大いに役に立つだろうからだ。
それで仁は老君と『長老』とのホットラインを大急ぎで設置した。
「感謝する」
「こちらこそ、……マリッカを、よろしく頼みます」
ホムンクルスは基本不老だが不死ではない。
遠い遠い未来、存在することに飽きたなら、消滅を選択することもできるのだ。
仁は、自分はどうなんだろう……と思いつつ、蓬莱島へと帰還した。
* * *
『御主人様、お帰りなさいませ』
「老君、『長老』との打ち合わせは行っているのか?」
『はい。今現在も進行中です』
老君の処理能力は高く、700672号との打ち合わせを行いつつ仁に報告するなど朝飯前だ。
「よろしく頼む」
『はい、御主人様。……それにつきまして、私から御主人様への『お願い』があるのですが』
老君が仁に『お願い』とは、非常にレアなケースである。通常なら『要望』『提案』などという言葉を使うからだ。
「うん、聞こう」
『ありがとうございます。……全てが終わるまで、この件についての全権をお任せいただけませんでしょうか?』
「何?」
全権、というその言葉の意味は、完了するまで質問等一切をしないでほしいということに等しく、老君と『長老』とで独自に進めていく、ということになる。
「一応、理由を聞かせてくれるか?」
『もちろんです。……御主人様は、おそらく『生物の複製』にいろいろな思い、『禁忌』に近い思いを持ってらっしゃると思いますので』
そうした心労を少しでも減らしたい、ということだった。
「なるほど……」
老君の気遣いもわかるし、ホムンクルス作製に自分は何もできないだろうから、仁はその言葉に従うことにした。
「わかった。任せたぞ、老君」
『ありがとうございます』
なので、仁はノルド連邦へ遊びに行くという建前でルビーナたちに声を掛けた。
「シオン様やマリッカ様のところね! 行きます!」
一も二もなくルビーナは乗ってきた。もちろんフレディやグリーナも。
さらに仁は『オノゴロ島』にもそれとなく声を掛けると、ナタリア、シーリーン、ユージン、フローレンス、トライハルト、スザンヌといった面々もお見舞いに行く、と言う。
マリッカの人気がわかる一幕だった。
* * *
「まあ、ちょっと体調を崩しただけなのに、みんな来てくれたのね」
マリッカは思いがけぬ見舞い客に目を丸くしたものの、素直に喜んでいた。
それからしばらくの間、『森羅』の氏族領は賑やかになったのである。
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