54-15 ホープの実力(30パーセント)
演壇に立った仁はゆっくりと話し始めた。
「ええ、3代目『魔法工学師』ジンです。今回の『デモンストレーション』を非常に興味深く拝見致しました」
項目がなかなか斬新で、参考にしたい点が多々あった、と仁は述べた。
「それを踏まえて、気が付いた点をいくつか。まずはハードウェアとソフトウェアですね」
優れた身体能力も、それを制御する基礎制御魔導式あってこそ、と仁は言った。
「基礎制御魔導式は目に見えない分、軽く考えられがちです。ですが、ボディ性能を引き出すには必要不可欠なのです」
今回のデモンストレーションで、その効果がはっきりしたでしょう、と仁。
「ですので、どちらかを優先するのではなく、バランスの取れた構成にすることが望ましいわけです」
「もう一つは、これで『球体関節式』が駄目だと判断することなかれ、ということを申し上げておきます」
仁は一拍おいて説明を続ける。
「初代『魔法工学師』の名をいただいた『アドリアナ式』は、よくも悪くも人間と同程度の関節可動域を持っています。それは時として欠点になり得ます」
死角というものができやすく、人間と同じ弱点を持つことになる、と仁は説明した。
「もちろん、弱点がわかっているのですからそれを克服する工夫ができるのも事実です」
死角をカバーするようなセンサを追加することも可能だろうと、1つの方向性を示唆。
「ですので、『球体関節式』が時代遅れ、などといって捨て去ってしまうことを危惧するものです」
仁は続けて可能性の話をしていく。
「球体関節式がもっとも人間と異なる構造になる場所、それは腰部です。この部分が大きく異なるため、動作が人間らしくなくなると言っても過言ではありません」
ゆえに、この部分を工夫するか、あるいは……。
「上半身だけのゴーレムならば問題ないでしょう」
実際その昔、上半身だけのゴーレムにパドルを持たせ、船を推進したケースもある、と仁は説明した。ポトロックで行われたゴーレム艇競技のときである。
「どんな用途か、といえば……そうですね『書記ゴーレム』なんていうのはいいんじゃないでしょうか」
この提案に、聴衆からはおお、という声が上がった。そういう発想はなかったようだ。
ついでとばかりに仁は、思い付いたことを述べていく。
「パン作りで生地をこねるゴーレムとか、商店で梱包専門のゴーレムとか、用途は多いでしょう」
確かに、とかその発想は、などの呟きが聞こえてくる。
「1つ申し上げておきます。球体関節の最大の弱点は関節の強度です。そして最大の利点は関節の自由度です」
その構造上、比較的簡単に『脱臼』してしまうのである。
これについては魔法筋肉で覆っているためあまり顕在化しないが、留意すべき点であった。
そして自由度。例えば人間の肘や手首の可動域は狭いが、球体関節で構成されたゴーレムは、ぐんと大きくなっている。
「わざわざ人間と同じ可動域に狭めてしまうような制御をする必要はないでしょう」
こうした仁のアドバイスはかなり有益だったようで、大勢の参加者が必死にメモを取っていたようだ。
それからも2、3のアドバイスをし、仁は一言挨拶をして演壇を下りたのだった。
『ジン先生、ありがとうございました。さて、これで全ての予定を終えたわけですが、参加されている皆様、何かご要望はございますでしょうか?』
遠慮しているのか、なかなか反応は鈍かったが、1人手を挙げた者がいた。
『はい、……エゲレア王国のデプレースさんですね。どうぞ』
マノンは来客を全部記憶しているらしい。
「ジン先生、ご講義ありがとうございます。……できましたら、先生の作品も同じ計測をしていただきたいのですが」
この提案には賛同する者も多く、拍手が起こった。
役員が仁の下に走ってきて、
「いかがですか?」
と聞いてくる。
仁としてはどのくらいの数値が出るか興味がある測定もあったので、『なら最初から言ってくれればいいのに』と思いつつも、気軽に引き受けるのだった。
「ホープ、やってみろ」
「はい、ご主人様」
制作時から何度か手を加えられたホープは、今ではランド隊と同等以上だ。
(30パーセント、でな)
という指示は誰にも聞こえないよう、礼子を経由して内蔵魔素通信機で出された。
『ジン先生が快諾してくださいました。幾つかの測定内容はそのままとは行きませんのでご了承ください』
計算問題や迷路は答えを知ってしまっているわけであるから意味をなさないということだ。
観衆が注目する中、ホープの試技が始まった。
まずは無難に柔軟性。
これについては普通の人レベルである。
『立位体前屈』は手のひらが地面に付く程度。
『立位体側屈』は45度くらい。
『回旋』は100度くらいであった。
まずまずの結果に、観客は納得の顔。次は300メートル走である。
『それでは用意……スタート!』
ぶわっと土埃が舞った。その一瞬後、
『ゴール!』
「おお!」
「な、なんという……」
『タイムは1.7秒、秒速176メートル』
「す、すごい……」
「隔絶した運動性能ですな」
『次はウエイトリフティングです、お願いします』
ホープはバーを掴み、持ち上げた。
『1458キロです』
1トンを超えた値に、皆驚愕する。
そして反応速度測定。
その動作の速さは、見ている者の目にも止まらぬ速さだった。
『0.01秒を切っており、測定不能』
うわああ、という悲鳴にも似た声が上がった。
『鋼球と皿を使った精密動作をお願いします。……始め!』
ホープは両手を使って鋼球を移していき、
『11秒です』
という結果を叩き出した。仮に片手の場合、倍の時間が掛かると仮定しても22秒、8体の最高タイム25秒よりも速い。
この時点で観客は、『魔法工学師』の技術に疑いを持つ者は1人としていなくなっていた。
『知力検査ですが、迷路は変更している時間がないので計算に限定させていただきます。なお、問題の内容も変えざるを得ませんので、同じ条件にはならないことをお断りしておきます』
これについては仕方がないだろう。同レベルの問題ということで比較するしかない。
『第1問。234+567+890=?』
1691、と書かれたボードが即上げられた。
『正解です』
比較対象がないのが残念だが、速いと言うことは感覚的にわかる。
そのあとの4問も、驚異的な速さで答えを書くホープであった。
『ありがとうございました。皆さん、これが『魔法工学師』の技術です』
仁は演壇の脇で、ホープは練兵場で、同時に礼をすると、観客からは割れんばかりの拍手が贈られたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180925 修正
(旧) という指示は誰にも聞こえないよう、内蔵魔素通信機で出された。
(新) という指示は誰にも聞こえないよう、礼子を経由して内蔵魔素通信機で出された。




