54-09 日が暮れて
仁たちの特別講義が終わった『アヴァロン』にて。
「面白かったな」
「うん。面白いというか、ためになった」
「あの子たちがジンさんのお弟子さんなんですね」
エイラ、グローマ、カチェアたちだ。
当然、彼らも聴講していたのである。
「我々も負けていられないな」
「まったくだ」
「頑張りましょう!」
向上心、それを胸に、彼らは自分たちの研究室へと戻っていった。
「……まさかあいつが、『魔法工学師』の弟子になっていたとはなあ」
「そうね。辞めていったのは5年くらい前だったかしら? あの時は何一つ満足にできない中途半端な人だったのに」
フレディの元学友も数名来ており、見違えたような成長ぶりに驚いていた。
(……うーん、いい男になっていたわね)
中には、ちょっとピントのずれた感慨を抱いていた女性もいたらしい。
「あれで10歳だって? 早熟の天才っているんだなあ」
「あのまま成長したら末恐ろしいけど……どうなのかしらね」
ルビーナもまた、噂になっていた。
「グリーナ、っていったっけ。初めてよね? 今まで名前すら聞いたことないもの」
「そうだな、確かに。『魔法工学師』の秘蔵っ子……というのも無理があるよな、あの年格好だと」
「としたらマリッカ様の内弟子で、最近師匠を変えた、とか?」
「ああ、それが一番ありそうだ」
そしてグリーナもまた、人々の口に上っていた。
* * *
そんな噂を知ってか知らずか、仁たちは人もまばらになった道をゆっくり歩いて宿舎に戻っていた。
一応、仁たちが泊まっている場所は秘匿されており、個人的に訪問することも禁じられている。
その逆、つまり仁たちにも、今日明日くらいは個人的な訪問は控えてもらいたいと通達がなされていた。混乱を避けるためである。
今、仁とマリッカは談話室でのんびり寛いでいる。
若手3人は自分の部屋でぐったりしているようだ。
仁は礼子が淹れてくれたお茶を飲みながら、マリッカに話し掛けた。
「マリッカも疲れたみたいだな」
「ええ、少し。……なにせ私、今年で493歳のおばあちゃんですよ?」
「そうか……そうなんだよな。なんだか、マリッカは俺の中ではいまだにあの頃のままなんだよ」
と仁が言うと、マリッカは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、あの頃というと50歳頃ですね」
仁とマリッカが出会ったのはマリッカがまだ小さかった頃。外見では人間の10歳児くらいの時だった。
「あれから随分と時が流れちゃいましたね」
「そうだなあ……」
仁は昔を懐かしむように、目を窓の外へやったのだった。
そこには、沈み行く太陽セランと夕焼けの空が見えていた。
* * *
『アヴァロン』の最高管理官、トマックス・バートマンは少し疲れた顔ではあったが、上機嫌だった。
「今日は盛況だったな」
「はい、トマックス様。トラブルもなく、順調でした。報告を始めてよろしいでしょうか?」
「うむ、頼む」
秘書自動人形のマノンが報告を始める
「まず、トラブル関連ですが、大きなものはありませんでした。小さいものが3件、いずれも来客同士のものです」
「うむ」
「それらはすぐに警備の者に鎮められました」
「それならよい」
「あと、諍いではなく、聴講中に気分が悪くなった方が4名。すぐに救護班が駆けつけ治癒魔法を掛けましたので退室することなく聴講を続けられました。これはご本人の希望からです」
「そうか」
このように、報告を通じて概ね良好な手応えを感じたトマックス・バートマンは満足そうに頷いた。
「これで、『魔法連盟』に掻き回された世界も、再度一歩を踏み出せたと言っていいだろうな。それも大きな一歩を」
* * *
「今日の講義は、1つの時代の始まりを告げるものとなるやもしれぬな」
聴講していたショウロ皇国の魔法技術省技術部部長、グラディン・ハロナド・フォン・イステアは自室で報告書をしたためながらそう呟いた。
「やはりジン殿の技術はこれからの世界に必要不可欠なものだ。あのお弟子という者たちも将来有望だな。来てよかった」
エゲレア王国の第3王子にして王室工房の名誉最高経営責任者であるアーネスト17世は、自国の発展のため、これから何をすべきか真剣に考えていた。
今回のイベントでは、各国から派遣された技術者が最も感銘を受け、自国の技術がいかに後れているかを感じ取って危機感を募らせていた。
いい意味で刺激になったと言えよう。
* * *
「……疲れたけど、いろいろ勉強になったよ」
「ええ、フレディも立派だったわ」
「そうか? ……ありがとう」
フレディはグリーナの部屋にお邪魔して、一緒にお茶を飲んで寛いでいた。
ちなみにルビーナは昼寝ならぬ夕寝中である。
「昔の同窓生を見ても何も感じなかったな。劣等感とは無縁になっていたのは我ながら驚いた」
「ふふ、ジン様の元であれだけ鍛えられれば、そりゃね」
「だよなあ」
いつか見返してやるとか、馬鹿にされた恨みとか、そういった負の感情を忘れたとは言わないが、全てを遠い世界に置いてきてしまったような、そんな感じがしている、とフレディ。
「私はずっと『オノゴロ島』で育ったから、こういう外に出る機会は嬉しかったわ」
「ああ、そうなんだよな」
グリーナは逆に、いろいろな思惑が渦巻く世間を物珍しく感じているようだ。
「でもそういうところって、なんというか……箱入りのお嬢様みたいだぞ?」
「私、お嬢様かな?」
「俺の認識ではそうなるかな」
「そ、そう……」
少し頬を染めるグリーナ。言ってしまったフレディも少し照れていた。
そこへ、ノックの音が響いた。グリーナはパッと立ち上がってドアを開いた。
「夕食の用意ができました」
メイドゴーレムが夕食の時間を告げに来たのだった。
「い、行こうか」
「ええ」
フレディとグリーナは、自然に腕を組んで食堂へと向かったのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180919 修正
(誤)トラブルもなく、順調でした。報告を初めてよろしいでしょうか?」
(正)トラブルもなく、順調でした。報告を始めてよろしいでしょうか?」




