54-08 質疑応答
質疑応答の時間となった。
質問は各席で行い、回答は質問された側が答える形式である。
仁たちは全員、ステージの上に設けられた椅子に座って質問を待っていた。
『それでは質疑応答を開始します。質問のある方は手をお上げください。該当者の席番で指定致します。では、どうぞ』
4分の1以上の参加者の手が上がった。
『はい、それでは467番の方』
「はい。ジン先生に質問致します。素材としての合金についてですが、新しい合金を開発する際に何かコツはありますでしょうか」
仁答えて曰く、
「残念ですが、今のところ、これという決め手はありません。試行錯誤を繰り返して最適な配合比を探るしかないわけです。ですが、これを短縮するのが工学魔法の『合金化』と『添加』です。開発時には、その2つを使える魔法技術者をチームに加えることを推奨致します」
「ありがとうございました」
そしてまた質問者を募る。
『はい、それでは122番の方』
「はい。マリッカ先生に質問致します。『ゴーレムの規格化』ですが、各国がばらばらに開発を行うのはどう考えても効率が悪いと思います。しかし、各国が同じ型にし、共通の『ターミナル』でデータを共有するというのは、機密漏洩の可能性が出てきますが、そのあたりについてどうお考えですか?」
この質問をしたのは学生ではなく、どこかの国の若手閣僚のようであった。
「お答えします。『ターミナル』で共有するのはあくまでも動作データだけであり、知識については干渉できないようにすることが不可欠になると思います。また、わざとおかしなデータを入力されるリスクにつきましては、『ターミナル』に判断機能を付けるといった対策が必要ではないでしょうか」
「それでしたら納得できます。ありがとうございました」
こうした様子を見て、どうやって質問者を選んでいるのだろうと仁が思っていると、
(お父さま、最も早く手を挙げた人を選定しているようですね)
と礼子が教えてくれた。
(選定しているのはマノンさんのようです)
(ああ、やっぱりな)
それだけの反応速度と判断力を持っているというのは並大抵のことではないからだ。
そんなことを考えていたら、次の質問者が選ばれていた。
『それでは985番の方』
「はい。……フレディさんに質問致します」
「え、俺!?」
名指しされてびっくりするフレディ。
「……魔導樹脂について説明していただいたわけですが、その特性について、どのような試験をなさったのか教えていただけますか」
「は、はい。ええと、魔導樹脂に求められる特性ですね、まずはそれを確認するわけです。つまり比重、引っ張り強さ、剪断強さ、融点、沸点といった物理特性と、魔力反応速度、魔力収縮力、魔力収縮率といった魔力特性ですね」
慌てたため、やや言葉が怪しかったが、内容的には問題がなく、質問者も納得してくれた。
「ありがとうございます」
『771番の方』
「はい。それではルビーナさんに質問させていただきます。先程は、工夫を1つだけご説明いただきました。図々しいお願いだとは重々承知しておりますが、あと1つだけ、お教えいただきたいのです。それは、魔導樹脂の反応速度をどうやって向上させたか、です」
ルビーナは仁の方を見た。
それが何を意味するか、仁はとっさに察する。話していいか、という確認だ。
仁は頷いて見せた。それでルビーナは立ち上がってマイク(集声の魔導具)の前に出た。
「お答えします。骨格に魔導神経線の役割を受け持たせたのです。ちなみに、これを思い付いたのはフレディです」
その答えに、会場からはおお! という声が上がる。その発想はなかった、と皆思っているのだろう。
「なんと! そうでしたか。ありがとうございました!」
(俺の名前を出さなくてもいいのに……)
と、フレディは思っていたりする。
『12番の方』
「はい、それではジン先生にお伺いします。『アドリアナ式』を学ぶにはどうしたらいいでしょうか。今回の趣旨とは外れてしまうかもしれませんが、是非お聞きしたく」
(うーん、どう答えようかなあ……)
と頭の中で答えを模索しながら、仁はマイクの前に立った。
「お答えします。現在『アドリアナ式』の用途は、精密な自動人形に限られているといっても過言ではないでしょう。そして、それを作れる技術者も限られています。そうした方に師事するのが早道だと答えさせていただきます」
「その方のお名前をお教えいただけませんか?」
食い下がる質問者。
「この場ではお答えしかねます。今現在、そうした方が弟子を取るつもりがあるか不明なため、迷惑を掛けることをよしとしないためです。ご理解ください」
だが仁としても、今はそう答えるしかないのだ。
「わかり……ました。ありがとうございました」
『390番の方』
「はい、マリッカ先生に質問致します。『ターミナル』によって動作データ、制御データを共有することの利点はわかりました。しかし、逆にいうと新型の開発がしづらくなるということに繋がりませんか?」
「お答えします。制御データの構築とは、次代に受け継がれるものでなくてはいけません。つまり、パラメータ変更で対応できるようなグレードアップを3回は行えるように構築するべきです」
「……どういう意味でしょうか?」
質問者には、マリッカの答えが理解できなかったようだ。
「済みません、抽象的すぎましたね。先程の『1型』という言い方をしますと、『1型』『1型改』『1型改2』『1型改3』くらいまでは同じ制御データをパラメータ変更で対応できるような制御方式が望ましいと考えております」
それだけの期間があれば次世代も十分な研究開発期間をとれるだろうというわけである。
「さらに付け加えさせていただけば、その頃には『ターミナル』よりももっと進歩したシステムが開発されていてほしい、いえ、開発されてしかるべきだと思いますよ」
今度は質問者にも理解できたようだ。そう、5年も経ったなら、新機軸の考案がなされていてしかるべきだ、と仁も考えている。
「……ありがとうございました」
こうして、次から次へと質疑応答がなされていった。
『それでは、そろそろ時間も押してまいりました。あとお一方で質疑応答を終了したいと思います。……56番の方』
「はい。……グリーナさんに質問です。生物系素材ならではの欠点があったら教えてください」
「欠点ですか……それはやはり、どうしても品質が一定にならないことでしょうね。糸を吐く個体の差、環境の差、産地の差など、要因が多いのです。ですが、その差を把握し、特性をパラメータで表せば、『ターミナル』での情報共有時にも補正できると思います」
例えば反応速度の平均を100としておけば、110のものは少し処理を遅らせ、90のものは処理でカバーする、というように。そう説明するグリーナ。
「当然、ばらつきの最低限というものは設定する必要がありますし、それが低すぎるとその型全体の性能が低くなってしまいますので、要注意です。ですが量産というのはそういう面を持っているものだと思います」
高性能な一品生産ものと同じに考えてはいけない、とグリーナは締めくくった。
「なるほど、わかりました」
『それでは、お時間となりましたので、本日の特別講義は終了です。皆様、お疲れ様でした。退場は押し合わず、順にお帰りください』
* * *
「ああ、終わった終わった」
「ジン様、お疲れ様でした」
「みんなもご苦労さん。どうだった?」
楽屋では、仁たちがまだ居残っていた。最後にゆっくり退出するつもりでいるのだ。
「緊張しました」
「俺も」
「私も」
若手3人とも同じことを言う。無理もない、と仁は苦笑した。
「その歳でこういう場に慣れていたらそっちの方が不自然だからな。で、緊張以外の感想は?」
「意外と……楽しかった、かな?」
真っ先に答えたのはルビーナだった。
「そうですね。なんと言いますか、やる気のある人? 同じ技術者? ……そういう人たちとやり取りするというのも悪くないと思います」
グリーナも答える。
2人とも『オノゴロ島』という閉じられた世界にいたこともあって、こうした体験は新鮮だったようだ。
「……ジン様に鍛えていただいて、俺もようやく技術者の末席に連なれたんだあと思いましたよ」
最後に答えたのはフレディだ。
「……何人か、聴講席に見知った顔がいました」
「そうか。そういうこともあるだろうな」
かつて同門だった技術者が来ていてもおかしくはない。
「当時はとても敵わなくて、劣等感を抱いていましたけど、今は」
「今は?」
「何も思いませんでした。ああ、見知った人がいるな、くらいで」
「そうか、それでいいと思うよ」
過去に囚われず、大きな未来を見据え、現在を精進していけばいい、と仁は言って微笑んだのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180918 修正
(誤)魔力反応速度、魔力収縮力、魔力魔力収縮率といった魔力特性ですね」
(正)魔力反応速度、魔力収縮力、魔力収縮率といった魔力特性ですね」
20220623 修正
(旧)トライアンドエラーで最適な配合比を探るしかないわけです。
(新)試行錯誤を繰り返して最適な配合比を探るしかないわけです。




