54-07 講義その4
フレディが魔導樹脂について語ったあとは、グリーナの出番となった。彼女は生物系素材、特に地底蜘蛛の糸について語る。
「近年、『地底蜘蛛』の養殖が盛んになりまして、この蜘蛛から取った糸は様々な分野で使われています」
その言葉どおり、各国には最低でも3箇所の養殖場があって、『地底蜘蛛絹』や『地底蜘蛛樹脂』を生産している。
「養殖場としては廃鉱山を使っているところが多いと思います。……ここで少し本題とは外れますが、この養殖について少々参考になることを申し上げたいと思います」
皆、グリーナが何を言うのかと耳をそばだてた。
「地底蜘蛛は、自由魔力素を栄養として生きていますから、そちらの面では手間いらずですが、飼う環境に一工夫するといいでしょう」
地底蜘蛛の視覚は、実は紫外線と赤外線なのだ。人間にとっての可視光線はまるきり見えていない。
暗い場所では赤外線、明るい場所では紫外線。で、この紫外線が曲者である。
「紫外線の存在する場所で吐いた糸は弱いのです」
蓬莱島では、地下数十メートルから数百メートルの、ほとんど光の差さない環境で養殖しているので糸の強度は他の地方産に比べて突出している。
もちろんそれが全てではないが、他所で養殖された地底蜘蛛の糸がどうして強度が劣るのか、それを調査した結果がこれである。
吐いたばかりの糸は紫外線に対する耐性が弱いのではないかと推測されているが、それが正しいかどうかは不明。検証が待たれるところだ。
「その理由はまだよくわかっていません。それについての議論はこの場では避けたいと思います。……さて、この地底蜘蛛から採集した糸は魔力にも反応するので……」
本題である『魔法筋肉』の素材についての話が始まった。
「地底蜘蛛以前は、虫系の魔物の糸を使っていました。『バグワ』(蓑虫のような魔物)や『エビルモス』(蛾の魔物)などですね。ですが供給が安定しないため、養殖可能な地底蜘蛛に取って代わられたわけですね」
少し回りくどい説明になっているが、これは大半の学生がこうした背景を知らず、盲目的に素材をチョイスしているという事実を仁から聞かされたことによる。
知らないのも無理はない。そうした講義はほとんど行われていないのだから。
それというのも、『魔法連盟の乱』によって、そうしたことを伝える資料が散逸してしまったことによる。
「……そういうわけで、地底蜘蛛の糸は、まだまだ応用性を秘めています。それを見つけるのは我々の世代の役割であり特権です。頑張りましょう!」
これでグリーナの分担は終わった。大講堂内は拍手に包まれる。
そしてルビーナの出番だ。
なんとなく、聴衆が戸惑っているような感じが伝わってくるな……と仁は思った。
(まあ、無理もないか)
講義を聴きに集まっているのは、皆ルビーナよりも年上の者ばかりなのだから。
「私はルビーナと申します。私のお話は、『稀少な素材』についてです」
仁が思った以上に、ルビーナははきはきと話を始めた。本番に強いタイプなのだろう。
「私の年齢が気になっている方もいらっしゃるでしょう。でもそれは一旦置いておいて、話をお聞きください」
お、なかなかいい導入だ、と仁は感心した。ずっと考えていたんだろうな……と。
「稀少な素材と聞いて、何を思い浮かべられましたか? アダマンタイト? ドラゴン系? それともエルラドライト? いずれも稀少ですね」
聴衆もルビーナの話し方に感心し、聞き耳を立てているようだ。
「稀少な素材は、それ自体素晴らしい特性を持っています。アダマンタイトは世界最硬最強の金属ですし、ドラゴン系の素材は高耐久性を誇ります。エルラドライトは、他の魔結晶にはない、増幅特性を持っています」
ここでルビーナの説明は新型ゴーレムへと回帰する。
「私たち3人がジン先生の指導の下作ったゴーレムは、特殊な素材を使っておりません。使おうかという話も出ましたが、それでは量産化、工業化という目的に反するということで一般的な素材を使ったのです」
しかし、とルビーナは言う。
「それで性能を落としてしまうのは避けたいというのが私たちの共通意見でした。そこで、工夫です。工夫することによって、稀少素材と同等……とは行きませんが、それに迫る性能を得られたのではないかと自負しております」
立て板に水。淀みなく話をしていくルビーナ。聴衆はもう、彼女の年齢が10歳であることなど忘れていた。
「その1つめ。『アダマンタイトの代わり』です。重要な魔導装置を保護するケースは、できる限り丈夫にしたいものだと思います」
実際には『隷属書き換え魔法』対策のためシールド効果も持たせたいところである。
「私たちは、このケースに掛かるであろう力を考察しました。その結果、90パーセント以上は外から内へ向かう力だろうということになったのです」
それはそうだ。内から外へ向かう力が発生する可能性は低すぎる。
「そこで構造を検討し、ステンレス鋼でハニカム構造という工夫をし、強度を上げたわけです。この構造に関しましてはお手元の資料の巻末付録2に載っております」
資料をめくる音が響いた。
ハニカム、つまり蜂の巣状の六角形を使った構造だ。
ハニカムとは『honeycomb』つまりミツバチの櫛、という意味の英語である。
なぜ櫛なのか、仁は知らない。『蜂の巣』という英語には別に『beehive』というものがあるのに。
それはともかく、この構造は、特に六角形の並んだ面に垂直な力に対して強い。しかも軽くできる。
つまり、特定方向からの力に対し、重量を抑えながら強度を稼ぐことができるのだ。
ならアダマンタイトで同じ構造物を作ったら……はなし。確かにそれはさらに強くなるだろうが、それを言ったらキリがないので。
仁は、ルビーナが全ての工夫を説明してしまわないかと少し心配していたがそんなことはなく、集まった技術者たちに、
「全てをお話ししてしまっては、いらしてくださってる皆様にも失礼になると思います。どうか、私どもよりも優れた工夫を編み出してください。そして、共に技術の発展を担いましょう」
と言って締めていた。
「それでは、若輩者の語りでしたが、ご静聴ありがとうございました」
ルビーナはお辞儀をして引っ込む。
ぴょこん、とお辞儀をしたその様子が、これまでの大人びた口調と対照的で、思わず笑いがこぼれたあと、割れんばかりの拍手となった。
『ありがとうございました。……それでは10分間の休憩と致します』
* * *
「はあ、はあ……も、もう駄目。限界」
楽屋に引っ込んだルビーナはぐったりと椅子にもたれかかっていた。
「よかったぞ、ルビーナ」
仁がルビーナを褒めた。
「もう出番はないから、ゆっくり休め」
「はあい……」
「グリーナもフレディも、ごくろうさん」
「……疲れましたがいい勉強になりました」
「俺もです」
そんな彼らを見かねた仁は、
「ホープ、礼子。彼らにペルシカジュースを振る舞ってやってくれ」
と指示を出した。
「はい、わかりました」
「はい、お父さま」
講義では出番がなかった礼子は特に張り切って、荷物からペルシカジュースの入った魔法瓶を取り出す。ホープはコップを用意した。
蓬莱島産のペルシカジュースは栄養満点で、疲労回復効果もあるのだ。
「ああ、美味しいです」
3人とも、ジュースを飲んで一息ついている。
「はは、いい経験になったろう」
人前で話をするというのは、想像以上に精神力を削られる。
仁も新人時代、客先での説明を任された時などは胃が痛くなる思いをしたものだ。まあそれも、慣れと共に感じなくなるが……。
「ジン様、最後の講義はジン様からでよろしいのですか?」
と、マリッカ。彼女としては、仁にトリを務めてもらいたいようだ。
「ああ、打ち合わせでそう決めただろう? ここではマリッカの方が先輩だし、名前も知られているんだから」
「そ、そうでしゅか」
* * *
『それでは本日最後の講義、『魔法工学のこれから』です。ジン先生、マリッカ様、よろしくお願いします』
ここで、打ち合わせどおり仁がまず演壇に立った。
「本日は、拙い意見を長々と述べさせていただきましたが、そろそろお時間のようですのでまとめさせていただきたいと思います」
『拙かったか?』とか『そんなに長くは感じなかったよな』、と聞こえてくる。日本人的な言い回しはあまり通じないようだ、と仁はあらためて思った。
「自分は……いえ、『魔法工学師』の理念は、『魔法を使えない人にも魔法の恩恵を』『人々のためになるモノ作りを』です」
今度は皆、黙って聞いていてくれている。
「本日お集まりの皆様に、それを強制するつもりは毛頭ございません。ですが、ほんの少しでも結構です。自分のためだけではなく、大勢の人々のため、ということを忘れないでください。自分からは以上です」
仁が一礼すると、割れんばかりの拍手が贈られた。
代わって演壇に立ったのはマリッカ。
「お集まりの皆さんは、向上心に溢れた方々だと思います。どうかその向上心を持ち続けてください。時には失敗もするでしょう。挫折も味わうかもしれません。ですが、それは、大なり小なり誰でもが通る道です。この私も、……私の師である先代の『魔法工学師』でさえも。重要なのはそのあとどうするかです。失敗も挫折も、己の糧にしましょう。溢れる向上心を推進力に、知性を方向舵に。そして慈愛の心を羅針盤に。私からは以上です」
マリッカもまた、万雷の拍手を贈られた。
その拍手はなかなか鳴り止まず、たっぷり10分間は続いたのだった。
そしていよいよ質疑応答の時間になる。
どんな質問が来るか、仁は少しわくわくしながら待ち構えたのである。
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