54-06 講義その3
講義を聴きに来ている学生の中には、当然ながらエイラ、カチェア、グローマらもいた。
「……さすがジンだよねえ」
「ジンさん、本領発揮って感じですね」
先日、クリスタルゴーレム『カエラ』を一緒に製作したエイラとカチェアは少しだけ『魔法骨格式』について聞いていたが、こうして体系的に聞いていると、その偉業に感心するばかりであった。
ましてグローマは、
「ああ、前回留守にしたのが残念だよ!」
と臍を噛んでいる。
「まあまあ。あとで個人的に聞きに行くのもありだろう?」
とエイラに宥められる始末。
「まあ、それができればいいが」
手元の資料に目を落とすグローマ。
「……この『魔法骨格式』、これからのゴーレムはこれで決まりだな」
球体関節式を作り慣れたグローマであったが、どうしても不満が消えなかったのだ。
「動作が硬い。整備が面倒だ。思ったほどコストが下がらない」
それに比べ、『魔法骨格式』は、量産化、工業化に向いている。
「『魔法連盟』が台頭する前に、こんな方式を開発した人たちがいたとはな」
それを見つけ出し、昇華した仁には感心すると共に礼を言いたい、と思うグローマ・トレーであった。
* * *
そして正午少し前、午前の部が終わり、昼休みとなる。午後の部は1時半からということになっていた。
「ジンたちは、昼は別だろうな」
この日に限り、可能な者は弁当を持参してくれと通達されていた。
なにせ、『アヴァロン』外から推定500人以上の聴講生が来ているはずなのだ。
従来の食堂のキャパシティを大幅に超えていた。
「近所じゃない食堂を利用できれば問題ないのにな」
グローマが言う。
「ええ、そういうこともあって、地下の階層に高速移動用のネットワークを敷設するって計画が持ち上がっているようですよ」
情報通のカチェアが言った。
「そうなれば『アヴァロン』も狭くなるんだろうな」
グローマは、早くその日が来ればいい、と願わずにいられなかった。
* * *
「さて、午後はグリーナやルビーナにも本格的に話をしてもらうからな」
仁が言った。
今は、昼食を終え、寛いでいるところだ。マリッカはトマックス・バートマンと昼食を取っているようだし、フレディとグリーナは近くの緑地を散歩しに行ったのでここには仁と礼子、それにルビーナだけだ。
「午前中で雰囲気に慣れただろう?」
「慣れたと言えば慣れたけど……やっぱり緊張するわ」
才能があると言ってもやはり10歳、ルビーナはまだまだお子様である。無理もない、と仁も思う。
「そういう時は、観客なんてみんなカボチャだと思えばいいと言うぞ」
「カボチャかあ……」
苦笑するルビーナ。
「あとは掌に『人』と書いて呑み込む、とかな」
「何それ。人を呑む、っていうおまじない?」
「ああ、多分そうだと思うよ」
「面白いわね」
とそこに、マリッカが戻ってきた。
「ジン様、盛況ですね」
「ああ、凄い人だな」
もっとも仁は、現代日本にいた際、幕張で行われる○○ショウというような展示会に行ったことがあり、それに比べたら小規模なものだ、と思っていたりする。
「ただいま戻りました」
グリーナとフレディも戻ってきた。
「お帰り」
「ここは居心地のいい学園都市ですね」
フレディが言う。
元々彼は魔法工学を習うために、エゲレア王国やクライン王国の魔法工学教室に通っていたことがあるのだ。
そこもまた学びの場ではあったが、今から思えばこことは比べものにならないくらいレベルが低かったという。
「こんなことを言えるのも、ジン様のおかげですけどね」
レベルが低い、というのも、学問的な意味だけではなく、学生のモラルも含めてだとフレディは苦笑しながら言った。
「なんと言いますか、悪い意味で貴族らしい貴族の子女がいたり、他者と自分を比べてばかりいたり。相手が格下だと思えば高飛車になったりとか」
「ああ、それは学びの場ではないな」
フレディの話を聞いていると、教育の難しさをひしひしと感じさせられる。
仁がいた頃の現代日本でもいじめ問題、不登校、モンスターペアレンツなどという問題があったものだ。
「ですがここは違いますね。真の意味で学びたいと思った人たちだけが集まっていますから」
珍しく熱っぽく語るフレディを、仁もマリッカもほほえましい思いで見つめていた。
* * *
午後1時20分、仁たちは大講堂の楽屋にいた。
「さて、もうすぐ午後の講義だ。打ち合わせどおりいくからな」
「……はい、わかりました」
そして時計の針は進んでいき……。
『時間になりました。午後の部を開始いたします。『新型ゴーレムと素材』、ジン先生とお弟子さん、お願い致します』
「さあ、行くぞ」
仁が先頭に立ち、フレディ、グリーナ、ルビーナの順で演壇に登る。
「えー、午後の部ということで『新型ゴーレムと素材』、というお題で講義を致します。資料の40ページを開いてください。そこには一般的な金属素材が載っていると思います」
一般に使われる金属は元素でいうと鉄、銅、銀、軽銀(チタンの魔力同位元素)、ミスリル銀(銀の魔力同位元素)、アダマンタイト(タングステンの魔力同位元素)などとなる。
「ですが、アダマンタイトのような、単体での特性が優れている金属以外は合金にして使うことが多いわけです」
鋼(鉄と炭素)、青銅(銅と錫)、黄銅(銅と亜鉛)、ジュラルミン(アルミニウムと銅、マグネシウムなど配合はさまざま)などがそうだ。
「特殊な合金もありまして、少量ではありますが不可欠なものもあります」
ミスリルを添加した『マギ』系の合金やステンレス系、それに925銀などがそれに当たる。
「強度につきましては、ある程度までは工学魔法『硬化』や『強靱化』で補うことが出来ますが、元々の素材の性能が高ければ耐久性の限界値も高くなります」
面倒くさがらず、適材適所という言葉の意味どおりに、素材を使い分けてほしい、と仁は説明した。
「次に、ゴーレムに使う素材といえば『魔導樹脂』ですね。これにつきましては、弟子のフレディに語ってもらいましょう」
打ち合わせどおり、仁はフレディと交代した。
「……ご、ご紹介いただきましたフレディと申します。……魔導樹脂は通常、マツ科の植物『マギピーネ』から取るのが一般的ですが、他の植物からは採れないのでしょうか?」
会場がざわめいた。これまで、魔導樹脂といえば『マギピーネ』の樹液が90パーセントを占めていたのだから。
「私たちはジン先生から、固定観念や先入観をなくすようにと教えられました。その結果、ローレン大陸北部に自生する『ピナセア』という樹木の樹液も使えることを突き止めたのです」
おお、と声が上がった。
「その性能は『マギピーネ』から取ったものより上でした。といいますのも、この『ストーム』の『魔法筋肉』はその樹脂でできているのです」
さらに会場のざわめきが大きくなったので、フレディは一旦説明をやめた。
さすがに『アヴァロン』で学ぼうという意欲ある者たち、すぐに静けさが戻る。
「続けます。注意するべき点は1点。この『ピナセア』は樹皮にアトロピンという毒性物質を含みますので要注意です」
フレディはこのあと、アトロピンについて説明。
聴衆は黙って聞き耳を立ている。
その中には、かつてエゲレア王国の魔法工学教室でフレディと机を並べた知り合いも混じっていたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
お知らせ:本日は 異世界シルクロード(Silk Lord) も更新しております。
https://ncode.syosetu.com/n5250en/ になります。
お楽しみいただけたら幸いです。
20180916 修正
(誤)他者を自分を比べてばかりいたり。
(正)他者と自分を比べてばかりいたり。
20230806 修正
(旧)一般に使われる金属は元素でいうと鉄、銅、銀、軽銀、ミスリル銀(銀の同位体)などとなる。
(新)一般に使われる金属は元素でいうと鉄、銅、銀、軽銀(チタンの魔力同位元素)、ミスリル銀(銀の魔力同位元素)、アダマンタイト(タングステンの魔力同位元素)などとなる。




