54-05 講義その2
仁の講義はまだ続いている。
「……と、このように自動人形に関しましてはこの上なく適している『アドリアナ式』ですが、1つだけ大きな欠点があります」
これに関しては皆わかっているようで、仁の言葉を待ち望んでいた。
「それは『コストが掛かる』ことです。この場合のコストとは『素材』『加工技術』『製作時間』などを含めたものを指します」
いずれも仁にはあまり関係ないものだが、一般にはそうではない。
「これを解決するため……というよりは、コストを下げるために開発されたのが、今現在ゴーレム製作の主流になっている『球体関節式』ですね」
大半の技術者たちは無言で頷いている。
「さて今、『解決』ではなく『コストを下げるため』と申し上げました。この差について説明します」
仁は、『球体関節式』は確かに低コスト、かつ量産向きだという説明をしてから、
「しかし動作的には幾つか問題があります」
と、『人間らしい』動作を行わせるには不適だと解説した。
「6ページ、7ページを開いてください」
資料のそこには、『人間の骨格』と『人間の筋肉』の図が載せられていた。
「概論ということで、ご存じの方もいるでしょうが、人体の仕組みについて簡単におさらいします……」
と、こうして仁の講義第1弾『新型ゴーレム概論』は滞りなく終わったのであった。
『ジン先生、ありがとうございました。質問等は、全部の講義が終わったあとにお願いします。では、10分の休憩を挟みます』
この10分間に、水を飲んだりトイレに行ったりしてもらうことになる。
「ふう、まず1回目、終わったよ」
「ジン様、お疲れ様でした」
マリッカが仁を労った。
「『アドリアナ式』と言う単語を、誰も違和感を感じないのは嬉しいな」
「ええ、その辺は、『前の』ジン様が『初代様』を周知徹底するため尽力なさいましたからね」
仁としては、自動人形の基礎を作り、完成させたのが先代だと知ってほしかったのだ。
「……うん、俺ならやるな」
「ええ、それはもう」
仁はふ、と微笑んで肩の力を抜いた。
「次はマリッカだな。ここで聞かせてもらうよ」
「ジン様に聞かれていると思うと緊張しますね……」
* * *
『それでは、続きましては『ゴーレム制御学のこれから』。森羅のマリッカ様、お願い致します』
今度はマリッカが演壇に登った。
「初めての皆さん、はじめまして。ご存じの皆さん、お久しぶりです。『森羅』のマリッカです」
仁が『おっ』と思うほど、講義慣れしたマリッカの挨拶であった。
「まずは『ゴーレム制御学のこれから』という演題で講義をしたいと思います」
そしてまずはゴーレム制御についてのおさらいを述べるマリッカ。仁が聴衆の反応を見ている限りにおいては、ほとんどの者たちがそのレベルは理解しているようだった。
「……これまでの『制御核』につきましては、『基礎制御魔導式』のアップデート、つまり改良に手間が掛かりすぎました。そのため、やや古い『基礎制御魔導式』を使わざるを得ないケースも往々にしてあるのが現状です」
「マリッカ様の声ってよく響きますね」
「そうだな」
『拡声の魔導具』を使っているわけだが、それを使わずともこの大講堂内によく響くのではないかと思わせる声であった。
「それを改善するための方策の1つをお話しします。それにはまず、『ゴーレムの規格化』が前提となります」
規格統一されたゴーレムは、同じ『基礎制御魔導式』を適用することができる、これは自明の理であった。
「仮にその型を『1型』と呼びましょう。その『1型』に必要なデータは共通、これもおわかりいただけると思います。そこで」
マリッカが次に何を言うのかと、皆耳をそばだてた。
「制御データを一括管理し、任意にアップデートできるシステムを構築するのです」
この段階では半数以上がまだ理解し切れていないようだ。
「つまり、『1型』全てでデータを共有しようということです。そのためのシステムについてご説明致します」
おお、と声が上がった。
これが今回の講義の2本柱の1つである(もう1つが『魔法骨格式』ゴーレムの紹介)。
現代の地球のようにインターネットが普及していないアルス世界において、データの共有という考えは斬新だった。
「……と、このように、『ターミナル』にてデータを管理するわけです。一定の周期で同型のゴーレムがこの『ターミナル』でデータをやり取りすることで、莫大な量のデータが集まるであろうことはご想像いただけるかと思います」
今現在のゴーレム・自動人形の動作データ、制御データは1体ごとに管理している。つまりそれぞれの経験に依存していると言ってもいい。
これを共有するということは、数十倍数百倍の経験を積ませることと同義であった。
さらに、同型であれば、生まれたばかりのゴーレムでも歴戦の戦士として動けるということだ。
いや、戦闘だけではない。家事や医療、製造といった分野においても、である。
それを理解した人々は、惜しみない拍手を贈った。
* * *
そしてまた10分の休憩を挟んで、仁の出番だ。
『それではプログラムの3番目、『新型ゴーレム構造解説』です。ジン・ニドー先生とお弟子さんのフレディさん、グリーナさん、ルビーナさん、お願い致します』
「き、緊張するわ」
「落ち着け、ルビーナ」
仁はルビーナの頭をぽんぽんと叩いた。
「さあ、行こう。……来い、『ストーム』」
仁、礼子、ルビーナ、グリーナ、フレディ、そして『ストーム』が演壇の上に立つと、拍手が起こった。
と同時に、
「おい、あれ……」
「落ちこぼれのフレディじゃないか?」
「ほんとだ、あいつだ」
「なんであいつが『魔法工学師』の弟子に?」
などという声が上がった。もっとも、それを聞き取ったのは、そばにいた者たちと、礼子とホープくらいであったが。
「それでは、『新型ゴーレム構造解説』について話させていただきます。まずは実例としまして、この『ストーム』は、自分の弟子たち3人で作ったゴーレムです」
うわあ、というような声が上がった。
「先程少し説明致しました『魔法骨格式』です。……フレディ、グリーナ。外装を一部取り外してくれるかな」
「はい」
仁はフレディたちに指示して、右腕全体の外装を取り外してもらった。
「このように、内部の筋肉組織は魔導樹脂です」
これはフレディだ。説明が棒読みだが仕方ないだろう。
仁がそれを引き取ってさらに説明を行う。
「骨格まではお見せできませんが、それは資料の10ページを見てください」
皆、急いでページをめくっている。
「ごらんになったように、骨格というより『骨組み』と呼んだ方が適切かもしれない形状をしているのがわかるかと思います」
いわば竹で作った『案山子』の骨組みに似ていなくもない。
「こんな形なので、『型取り』しても作れます。大きな省力化になるでしょう」
関節がないというのは製造する上で大きなアドバンテージである。
「さて、この方式の問題点に気が付いた方はいらっしゃいますでしょうか。……これからはその疑問にお答えしていきましょう」
仁が眺め回したところ、気が付いたらしきドヤ顔をしているのは1割ほどである。
「おそらく、魔導樹脂ではパワーも速度も望めないと思っているのではないでしょうか。ですが、それがわかっているなら、原因を解析し、対策すればいいのです」
またしても聴衆がざわめいた。
「ちょっと本筋とは外れますが、全ての事象には原因があります。そして原因がわかれば対策をすることも出来るはずです」
この言葉のあと、仁は一呼吸おいて、意味を理解してもらう間を取ってから話を続けていったのだった。
「まずは、骨格に『マーキング』して関節部分を特定する。これだけで、『どこを』曲げるのかという指示する処理が単純になり、速度アップに繋がります」
ざわっ、とする大講堂内。
「そして魔導樹脂。これも、産地によって、また産する樹の種類によって、性能は変わります」
またしてもざわつく大講堂。
「魔導樹脂はどれを使っても大差ない、と思っていた人は、少し反省してください。楽に倍くらいの性能差が出ますよ」
聴衆の何人かは仁に言われて俯いた。
仁はさらなる改善点を説明していったあと、
「さて、この方式にした場合、制御が非常に面倒になります。といいますか、これまでの制御パラメータはほぼ使えません。そこで、先程マリッカ様が提案した『ターミナル』が活きてきます」
楽屋ではマリッカが、
「……ジンしゃまに『様』付けで呼ばれるにゃんて」
などと呟いて悶えていたという。
それからもいろいろな説明を行い、ルビーナやグリーナ、フレディにも短い説明をさせ、午前の部は終わったのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本日は 異世界シルクロード(Silk Lord) も更新しております。
https://ncode.syosetu.com/n5250en/ です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
20180915 修正
(誤)人体の仕組みについて簡単いおさらいします……」
(正)人体の仕組みについて簡単におさらいします……」
(旧)少し反省してください。倍半分くらいの差が出ますよ」
(新)少し反省してください。楽に倍くらいの性能差が出ますよ」
(誤)そこで、先程マリッカ様が提案した『ステーション』が生きてきます」
(正)そこで、先程マリッカ様が提案した『ターミナル』が生きてきます」
20180918 修正
(旧)
「まずは、骨格に『魔導神経』の役割を持たせること」
(新)
「まずは、骨格に『マーキング』して関節部分を特定する。これだけで、『どこを』曲げるのかという指示する処理が単純になり、速度アップに繋がります」
20190816 修正
(旧)そこで、先程マリッカ様が提案した『ターミナル』が生きてきます」
(新)そこで、先程マリッカ様が提案した『ターミナル』が活きてきます」
20220623 修正
(誤)この言葉のあと、仁は1呼吸おいて
(正)この言葉のあと、仁は一呼吸おいて




