54-04 講義その1
その日の夕食後、仁たちは翌日の講義について軽く打ち合わせをしてから早々に休んだ。
というのも蓬莱島と『アヴァロン』の時差は3時間20分ほどあるので、特にルビーナが眠くなってしまったのだ。
まだ10歳なのだから無理もない。
「子供は夜更かししちゃいけないぞ」
という仁に、
「あたし、子供じゃないもん……ふわああ……」
と、まったく説得力のない反論をしたルビーナは、
「……やっぱり寝ます。おやすみなさい」
と負けを認めて寝室へ消えていったのだった。
そして仁たちもまた、それぞれの寝室へと引き上げたのである。
翌朝。
「お父さま、お時間です」
仁は礼子に起こされた。時刻は午前6時半。
「ああ、もうそんな時間か……なんだか寝たりないな」
「珍しいですね、お父さまが」
「布団が変わったせい……じゃないよな」
仁は、だいたいにおいて寝付きはいいし、眠りの質もいいので、朝の目覚めは快適なのが普通なのである。
「『診察』……別に体調が悪いということでもないですね」
念のため礼子は仁に診察の魔法を掛けてみたが、特に異常は認められなかった。
「そういう日もあるさ。さて、顔を洗ってこよう」
仁は部屋に備え付けの洗面台で口を濯ぎ、顔を洗った。
着替えを終え、窓のカーテンを開けると、いい天気である。
「講義は9時からだっけ?」
「はい、9時からですね」
礼子にスケジュールを確認した仁は、
「老君の方は、講義用の資料を用意してくれただろうな?」
と念のため確認した。
「はい。昨夜のうちに800部完成してまして、今朝送ってくることになっています」
「それならいい」
その言葉どおり、『アヴァロン』時間午前7時に、スカイ101が操縦する『コンロン3』が空港に着陸した。
そして仁宛ての荷物を降ろすと、すぐに飛び立っていったのである。
荷物は即、仁に届けられた。
「おお、間違いなく資料だな」
持参したものと合わせて1300部。これだけあれば足りるだろうと思われた。
* * *
そして8時、仁たちは講義場所である大講堂、その楽屋にいた。
「ジ、ジン様、あ、あたし、緊張して来ちゃった」
「お、俺もです。……ちょっとトイレ」
ルビーナとフレディは初めてのことなのでかなり緊張しているようだ。
「確かに緊張しますね」
だがグリーナは、その言葉と裏腹に、あまり緊張していないようだった。
そう言うと、
「いえ、内心ではびくびくしてますよ。でも、ジン様が一緒ですから、何があっても大丈夫と思っているんです」
と答えるグリーナである。
「はは、ありがとう。まあ、講義のメインは俺がやるから、任せておいてくれ」
「ジン様は各国の王族の前に出たことも数え切れないほどありますからね」
と、マリッカ。
マリッカも年の功……というと少し気の毒だが、落ち着いた顔を見せていた。
8時半。大講堂の扉が開けられ、学生や来賓たちが入ってきて一気に賑やかになる。
「おお、凄い人だな」
仁は楽屋からその様子を見て、感心していた。
ちなみに、この大講堂の収容人数は900人。だがこういう時のための予備席が用意され、およそ1000人が聴講するために集まっているようだ。
仁が用意した資料は、4つある入口から入室する際に1部ずつ手渡されていた。
「楽しみだな、『魔法工学師』の講義」
「『森羅』のマリッカ様もいらっしゃってるんだろ?」
「なんでも、新しい方式のゴーレムについての話らしい」
「この資料がそうなんだろう? ……おお、解説図もあって見やすいな」
「ええと、50ページくらいあるな。これが無料配布か。『アヴァロン』というのは本当に素晴らしい組織なんだなあ」
学生や、よその国から来た技術者らは、今や遅しと講義が始まるのを待ちわびていた。
午前9時、講義開始を知らせる鐘が鳴った。
ざわついていた大講堂内は、水を打ったように静かになった。
『それでは皆さん、時間になりましたので特別講義を開始します』
アナウンスが流れ、ステージ(演壇)の上に備え付けられている巨大魔導投影窓に、この日のスケジュールが映し出された。
1.『新型ゴーレム概論』 ジン・ニドー
2.『ゴーレム制御学のこれから』 森羅のマリッカ
3.『新型ゴーレム構造解説』 ジン・ニドー、弟子フレディ、グリーナ、ルビーナ
昼食、休憩
4.『新型ゴーレムと素材』 ジン・ニドー、弟子フレディ、グリーナ、ルビーナ
5.『魔法工学のこれから』 森羅のマリッカ、ジン・ニドー
6.質疑応答
となっていた。
『それでは、ジン先生、よろしくお願いいたします』
仁はゆっくりと歩いてステージ上の演壇に立った。マイクとして『集声の魔導具』が設置されている。
「自分がジン・ニドーです。先代から名前と称号を引き継ぎました。本日は新型ゴーレムについて講義したいと思います。まずは概論から。……資料の2ページ目を見てください」
資料をめくる音が響いた。
「今回説明する方式は『魔法骨格式』といいます。実は、この方式は自分が発明したものではありません。過去の研究者が開発したものなのです」
一瞬聴衆がざわめいた。
「しかし、完成を目前にして『魔法連盟』が台頭し、研究は埋もれてしまいました。ゆえにその偉大な研究者の名前も伝わってはおりません」
またしてもざわつく大講堂。
「……しかし!」
仁が少し大きめの声を出すと、聴衆は静かになった。
「諸事情があるため、場所を明らかにするわけにはいきませんが、とある遺跡で見つけたゴーレムの残骸がこの方式でした」
そして仁は3、4ページ目を開いてくれるように言った。
「そこには、ゴーレムの駆動方式を簡単にまとめてあります。一番原始的な『ロックゴーレム』は、ご存じのように『変形式動力』で動いています」
ゴーレムを作製したことのある者たちは皆、仁の言葉に小さく頷いた。
「そして、初代『魔法工学師』、アドリアナ・バルボラ・ツェツィが開発し完成させたのが『アドリアナ式』です。人間に準じた骨格と筋肉を持つ方式ですね。特に自動人形に向いている方式とも言えましょう」
仁の講義はまだまだ続く。
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