54-03 いざアヴァロンへ
準備も調った5月25日、仁たちは『アヴァロン』へ向かうことにした。
仁、礼子、フレディ、グリーナ、ルビーナ、そして『ストーム』。
『ストーム』はもちろん、3人が作ったゴーレムだ。
乗り物は『ハリケーン』。
操縦士はホープ。
「さあ、行くぞ」
仁たちの準備はとっくにできている。
「それじゃあ、行ってくる」
と、老君に声を掛け、『ハリケーン』は蓬莱島の空へ浮き上がった。
今回は転送機は使わず、空の旅を楽しむつもりの仁だ。
「わあ、何度乗っても空の旅はいいなあ!」
はしゃぐルビーナを微笑ましそうに眺める仁。
一方、フレディとグリーナは何やら楽しそうにおしゃべりをしていた。
海上を行くのは変化に乏しいので、回り道にはなるが西進して一旦ローレン大陸上空に行き、そのままできるだけ陸上を飛んでいくよう、仁は指示を出した。
そのおかげで、
「あ、あそこがクライン王国の首都アルバンね!」
とか、
「わあ、草原が続いてる、この辺がセルロア王国のリーバス地方ね!」
など、地上を眺めてはしゃぐグリーナ。
地表から100メートルくらいの高度を維持しているので、下界の標高が変わると『ハリケーン』の高度も当然上下する。
それでも与圧されているキャビン内は平穏そのもので、耳がキーンとなったりはしない。
ゆっくりと時間を掛けて『ハリケーン』はエリアス王国上空に出、その後海上へと移動。まもなく『アヴァロン』が見えてくる。
時刻は午後2時。
『こちら『アヴァロン』管制官。『ハリケーン』とお見受けする。返答されたし』
風魔法の応用で声を届かせているようだ。
まだ試行錯誤している段階だろうが、『航空管制』も始めたのだな、と仁はこの進歩を歓迎している。
「こちら『ハリケーン』。ジン・ニドーだ。着陸許可を求む」
『了解。ジン・ニドー殿、3番ポートへ着陸されたし』
「『ハリケーン』了解。3番ポートに着陸する」
ホープの操縦により、『ハリケーン』は3番ポート目指し、高度を落としていった。
「マリッカはもう来ているかな」
今回、マリッカは別行動しており、『ノルド連邦』から直接こちらへ来ている……はずだ。
「あ、あれ、マリッカ様ですよ!」
下を見ていたルビーナが叫んだ。
『ハリケーン』が目指す3番ポートの端に、マリッカとトマックス・バートマンが迎えに出ているのが見えた。
* * *
「ジン殿、お久しぶりです。お弟子さんたちも、ようこそ」
「お久しぶりです、ジン様」
「トマックスさん、マリッカ、お久しぶりです」
空港なので挨拶は簡潔に切り上げ、出迎えの自動車に分乗する。
仁、礼子、ホープ、トマックス、マリッカで1台。
フレディ、グリーナ、ルビーナ、『ストーム』で1台だ。
2台の自動車が『アヴァロン』の知恵の要ともいえる『アカデミー』へと向かった。
「……わあ、やっぱり面白い場所!」
「……整然と作られた町というのは興味深いものがありますね」
「……すごい……」
後ろの自動車から聞こえてくる切れ切れの会話を聞くともなしに、仁は自動車に揺られていた。
「お父さま、お疲れですか?」
隣に座った礼子が聞いてくる。
「ん? いや、そんなことはないぞ」
「そうですか? 今、珍しくぼーっとされていたようで」
「ああ、そうかもな。ただなんとなく、ここの雰囲気が好ましくてな」
うまく表現できないが、仁がかつて知っていた、現代日本の都市に通じるものがあって、懐かしさを感じていたのである。
(この世界が、少しだけ地球……いや日本かな? ……に近付いたということなんだろうかな)
だが、いいところは取り入れてもらっていいが、悪い面は絶対に真似てほしくない、とも思う仁である。
仁がそんなことを考えているうちに、2台の自動車は『アカデミー』の敷地内へ到着した。
前回、エイラたちとゴーレムを作った時にはいなかった学生たちが道路脇に詰めかけており、押し合い圧し合いしていた。
「『魔法工学師』を一目見ようとしているんですよ」
マリッカが言う。
「え、マリッカを、じゃなくてか?」
「まあ、お2人を、でしょうなあ」
「そういうものかな……」
マリッカは慣れているようで、時折沿道に向けて手を振っているが、仁は気恥ずかしくて手を振ることはできず。正面を見続けていたのだった。
* * *
『アカデミー』の建物に併設された賓客用の宿舎へと仁たちは通された。
トマックス・バートマンは一礼して仁たちに告げる。
「今日はここにお泊まりいただいて、明日から講義をお願い致します」
「わかりました。……そうそう、講義用の資料ですが、一応500部用意してきたんですが足りるでしょうか?」
「多分……足りませんね」
「え!?」
トマックス・バートマンによると、明日からの講義を聴くため、各国からも学生・学者・技術者・職人が集まっており、おそらく1000人は下らないだろうとのことだった。
「せ、1000人……」
その数を聞いたフレディは腰が引けている。
「そうですか。それじゃあ、あと500部は用意しないといけませんね」
仁が言うと、
「データをいただければ、なんとかしてこちらで印刷いたしますが」
とトマックスが気を使ってくれるが、仁はそれをやんわりと断った。
「いえ、大丈夫です。これから拠点に連絡して、追加で印刷させますから」
おそらく明日の準備で忙しいであろう『アヴァロン』の職員に、これ以上負担を掛けたくないと思ったのである。
「わかりました。それではジン殿、マリッカ様、皆様、よろしくお願いいたします。何かございましたらメイドゴーレムにお申し伝えください」
再度一礼し、トマックス・バートマンは去っていった。
「皆様、お部屋へご案内致します」
そして一行の世話を言いつけられたゴーレムメイド、『サフィ1001』と『サフィ1002』がやってきた。
彼女らはかつて仁とデウス・エクス・マキナが『アヴァロン』に寄贈したゴーレムメイドと同型だ。
目の色が深い青なのでサファイアから取った名前である。
そんな彼女らの後継を見て、仁は感慨深かった。
仁たちには個別の寝室が割り当てられ、それぞれにゴーレムメイドが付く。
仁だけは礼子がいるのでお引き取り願ったが。
寝室とはいっても二間続きで、ベッドのある本来の意味での寝室と、机と椅子があって事務的な作業もでき、またテーブルセットで寛ぐこともできる居間とがあって、なかなか居心地がいい。
荷物を置いた仁たちは、それぞれの部屋で寛ぐのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180913 修正
(旧)「こちら『ハリケーン』。ジン・ニドーだ。着陸許可されたし」
(新)「こちら『ハリケーン』。ジン・ニドーだ。着陸許可を求む」
(旧)「ジン殿、お久しぶりです。お弟子たちも、ようこそ」
(新)「ジン殿、お久しぶりです。お弟子さんたちも、ようこそ」
20200310 修正
(誤)それでも余圧されているキャビン内は平穏そのもので、耳がキーンとなったりはしない。
(正)それでも与圧されているキャビン内は平穏そのもので、耳がキーンとなったりはしない。




