52-18 鹵獲(ろかく)
『御主人様、賊が動きました』
「う……そうか」
老君からの報告で、仁はベッドから起き上がった。寝起きはいいので、じきに頭ははっきりする。
『人間は3人、北側の城壁の外にいます。そして2体のゴーレムが空を飛んでラグラン商会支店に忍び込もうとしています』
「ラグラン商会か……ブルーランドにも支店があったんだな」
『はい。2年ほど前に開業したようです。他国に支店を出すのは非常に手続きが面倒なようですが、それ以上のメリットを感じたのでしょう』
「なるほどな。……で……あいつらか」
『覗き見望遠鏡』による映像が司令室の大型魔素通信機に映し出されていた。
「あれは……アドリアナ式でもなければ、最近よく見るあの形式でもないな」
いわば第3の形式だ、と仁は判断した。こうなると、老君が言っていた『魔法連盟』台頭前の到達点の1つ、という可能性が極めて高い。
「惜しいよな……あのまま発展していれば、また違った世界になっていたかもしれないのに」
とはいえ、今はそんな物思いに耽っている時ではない。仁は『魔導投影窓』に注目した。
* * *
賊のゴーレムは不格好ながらも空を飛び続けている。
その体勢は、直立状態から身体を前に30度ほど倒した状態で、速度は時速10キロほど。背中の推進器で浮揚と推進を行っている以上、この体勢にならざるを得ないのだ。
それでも、高く巡らした塀は意味をなさないし、3階建て4階建ての上階であろうと、高くそびえる塔であろうと侵入できてしまうのは大きい。
発生する空気の音は消音系の結界で消しているので、見つかるとしたら噴射される空気の流れで、であろう。
それは今のところ、人気のない場所を飛んでいるので問題ないし、戻る時は見つかっても問題ないと考えているのである。空を飛ぶゴーレムを捕らえられる者はいないのだから。少なくとも、これまでは。
目指しているのはブルーランドの城壁内、南西の区画。いわゆる『商業区』だ。そこに立つ3階建て石造りの建物がラグラン商会支店であった。
この世界の通貨は全て硬貨である。ごく一部、現代日本でいう『為替』に近いものが使われているが、普及してはいない。
ゆえに、『黄金』『白銀』の探知ができるなら、金の在処がわかるというわけだ。そしてこのゴーレムにはそれができた。
建物の3階部分へと迷わず向かっていく2体のゴーレム。そのまま3階の窓に取り付くと、拙い工学魔法『変形』を使って無音で窓をこじ開けた。
そして1体が窓の外に待機、もう1体が中へと侵入したのである。
* * *
「よし、建物への不法侵入現行犯。捕らえるぞ、礼子」
「了解です、お父さま」
仁Dと礼子が現場へ急行した、その時。
「!?」
窓が破れ、建物内からゴーレムが吹き飛んできた。そして、そのまま道路へ落下する。
「何だ!?」
落下したゴーレムは、侵入したゴーレムではなかった。
「あれは……警備ゴーレムかな?」
仁Dと礼子は姿を消したまま空中を近づき、様子を窺った。
* * *
ラグラン商会では、盗賊団を警戒し、警備ゴーレムの数を増やして警邏に当たっていた。
そしてその夜、もっとも警備の厚い3階で、侵入者を発見、2体が現場へ急行した。
先に到着した1体は侵入者を取り押さえるべく接近。
だが、命令者もしくは操作者を特定するため破壊せず停止させることを優先させた結果、侵入者……いや、侵入ゴーレムの反撃をもろに喰らい、窓を突き破って外へ吹き飛ばされてしまった。
その2秒後、もう1体の警備ゴーレムが現場に到着。
先の1体が吹き飛ばされたのを見ていたため、今度は相手をある程度破壊する勢いで接触する。
手にした1メートルの警棒が侵入ゴーレムの右膝をめがけ、勢いよく振られた。
だが。
* * *
「おっ!?」
侵入ゴーレムは警備ゴーレムの警棒を易々とかわした。
「うーん、反応速度が倍以上あるな」
仁は魔導投影窓を見ながらそう分析した。
「ここはもっと近くで見たいな……老君、分身人形の操縦を替わってくれ」
「はい、御主人様」
そして仁は仁Dの目を通じて侵入ゴーレムの観察を開始した。
侵入ゴーレムは、警備ゴーレムが振るう警棒をことごとくかわしていく。
「反応速度、動作速度、およそ2.5倍といったところか」
ゴーレムの場合、そうした速度差が1.5倍を超えると、近接戦闘においてその性能差は絶望的になる。人間と異なり、偶然という要素の入り込む余地がきわめて少ないのだ。
だがそこに、階下からもう1体の警備ゴーレムが駆けつけた。
2体は連携して侵入ゴーレムに向かっていった。2対1ならなんとか拮抗するかと思われた戦闘だが、賊側のゴーレムは1体だけではない。
「お、もう1体も突入したな」
窓の外にいたもう1体が参戦すると、再び攻守の差は絶望的になる。
「礼子、もうこれ以上見ているわけにはいかないな。とりあえず1体を破壊してくれ」
「はい、お父さま」
ほんの20メートルほどの距離で観察、解析した結果、賊のゴーレムの出力に関してはかなり正確に知ることができた仁である。
(今の礼子の5パーセントに匹敵するとはな。……そんじょそこらのゴーレムでは歯が立たないわけだ)
その礼子は壊れた窓から飛び込むと、近くにいた1体を殴りつけた。
があん、という金属音が響くと、壁を突き破って侵入ゴーレムが吹き飛んだ。
「……微妙に打撃点がずれましたか……」
などと思いながら、礼子はもう1体に向き直る。
その侵入ゴーレムは相棒が吹き飛ばされたのを見て不利を悟ったか、壁に空いた穴から飛び出した。
そして再び空を飛んで逃亡を図った。
「逃がさないよ」
蓬莱島の仁は、老君に『覗き見望遠鏡』で追跡するよう指示を出した。
そして仁Dは、礼子に殴り飛ばされて地面に落ちたゴーレムのそばへと着地。すぐに礼子も下りてきた。
「とにかくこいつを確保したいが……こう大騒ぎになっちゃなあ……」
ラグラン商会支店の従業員だけでなく、近所の人たちも起き出して窓からこちらを眺めている。
そのうちにブルーランドの警邏ゴーレムや警備兵もやって来た。
『御主人様、ここはもう身分を明かすのが得策かと』
ブルウ公爵とは既知の間柄であるし、仁なら公式にゴーレムの調査をさせてくれるだろう、と老君は言った。
「うーん、そうなるか」
面倒な挨拶や交渉は老君がやってくれる、というので仁は有り難く老君に任せ、仮眠を取ることにしたのであった。
* * *
「何? 怪盗団のゴーレムを1体、確保しただと? ……魔法工学師? ジン殿が来ているのか!」
ちょうどブルウ公爵はブルーランドに滞在しており、夜中にも関わらず知らせを受けてすぐにやって来た。
「おお、ジン殿、お久しぶり!」
「ご無沙汰しております」
とりあえず仁は侵入ゴーレムの動力系を切り離すだけはしておいたので、問題なくブルウ公爵に引き渡すことができた。
そして、
「閣下、このゴーレムの解析をお任せいただけませんか?」
と頼めば、
「ジン殿がやってくれるというのなら是非お願いしたい」
との答えが返ってきたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180717 修正
(誤)この世界の通過は全て硬貨である。
(正)この世界の通貨は全て硬貨である。
(誤)「ジン殿がやってくれるなら是非もない」
(正)「ジン殿がやってくれるというのなら是非お願いしたい」