52-11 修理に次ぐ修理
仁はメイドゴーレム長のメリネの整備を行っている。
まずは外装を取り外し、内部の確認だ。
「あの、『設計基』の確認はしなくていいのですか?」
立会人である第1技術職、『ジャスタ』が尋ねる。
「ええ、この構造でしたらまったく問題はありません」
かつてビーナが作ったもの、つまりアドリアナ式であるから、仁なら何の問題もない。別の形式であっても問題ないが……。
「基本に忠実だな。『補強』と『安定化』の効果もまだまだ残っている。調子が落ちたのは……ああ、魔素変換器の調整不良か」
「……」
第1技術職ジャスタは、仁のやっていることの半分くらいしか理解できず、混乱していた。
(えっ? 何? 何をしている? ええと、解体はいい。だが、『補強』と『安定化』? って何だ?)
『魔法連盟』による技術継承の断絶が起こった結果、仁たちが開発した新技術の7割が途絶していたのだ。
仁が開発した『補強』や、ステアリーナが考案した『安定化』も例外ではなく、この時代までは伝わっていなかった。
「魔法筋肉は大丈夫か。……骨格の素材が青銅だな。『補強』は掛けられているものの、元の強度が低いからな……。このせいで歪みが生じたわけか」
少なくとも軽銀で作っていればいいのに、と仁は独りごちた。そして、
「ジャスタさん、骨格を軽銀で作り直してもいいでしょうか?」
と確認をした。
「……はっ? え? え、ええと、かまわないと、思います」
半ば放心していたジャスタは、とっさに許可を出してしまい、その後で少し慌てる。
(しまった……! 骨格の置き換え? 少なくとも1日は掛かるだろう。その間、メイドゴーレム長のメリネが動かないとまずいのではないかな……?)
だが、『やっぱりだめです』と言い直す前に、仁はメリネを分解してしまった。
その手際は鮮やかで、ジャスタは『あ』と声を上げるしかできなかったのだった。
「レ……コ、軽銀を取ってくれ」
「はい、シンお兄さま」
レコと呼ばれている礼子は、シンと名乗っている仁の指示に従い、素材棚から軽銀のインゴットを取り出した。
軽銀(この世界ではアルミニウムではなくチタン)は、その昔仁が作った精錬の魔導具により、キログラムあたり20トール(約200円)まで単価が下がっていた。
このメリネが作られたのはそこまで軽銀の価格が下がる前だったであろうことが想像される。
その軽銀を使って、仁はジャスタが口を挟む暇を与えずに、『複製工程』を用いて、寸分違わず同じ大きさの骨格部材を作っていった。
『複製』には、空間把握能力が必要になる。物体を3次元として捉えるわけだ。
次に、各寸法を把握。職人はミクロン単位の違いを指先の感覚で捉えるというが、それに近い。
そして、『分析』系の魔法も駆使し、『変形』で形を整えていくわけである。
つまり、元になるモノと作っているモノ、相互に比較しながら修正していくわけだが、『魔法工学師』である仁の場合、ほとんど瞬時に数十回の照合を行って複製をしているのだ。
ジャスタが目を疑うのも無理はない。
「こ、これは……」
仁の作業速度は凄まじいの一語。加えて、礼子が必要量の軽銀を『分離』であらかじめ切り分けているので、仁は成形だけでよく、速度に拍車が掛かっている。
「これで、よし」
「……」
およそ5分で骨格の複製は終了した。
「ふう……」
ため息を漏らしたのは仁ではなくジャスタ。仁の作業中、息を詰めてその手際を見つめていたのだ。
「これで、関節部にアダマンタイトコーティングをして……と」
「ええ!?」
一息入れることなく作業を継続する仁に驚くジャスタ。仁にとっては普通のことなのだが。
「魔導神経線はもう一系統増やしておこう」
2系統の配線のうち、1箇所だけ1本が完全に断線していたのだ。
「『補強』も掛けて、っと」
筋肉の再配置と神経線の配線を同時並行で行っていく仁。礼子にも手伝ってもらい、およそ3分で終了。
「胸部の『封鎖筐体』も少しグレードアップしておこうか」
『隷属書き換え魔法』対策の封鎖筐体。ミスリル銀の純度を高め、2層構造にして効果を高めた。
そして、魔素変換器と魔力炉に手を付ける。
「ああ、やっぱりそうか。効率を重要視するあまり、自由魔力素濃度が濃い方への許容範囲が狭いんだ」
独り言を呟きながら仁は、魔結晶を手にする。
「置き換えてもいいんだが……まだいろいろ余裕があるから、ツイン式にしよう」
ツイン式とは、1基の魔素変換器で自由魔力素の低濃度から高濃度まで対応させるのではなく、低濃度用と高濃度用2基の魔素変換器を並列させて使う方式である。
切り替え式にはしない。そうした場合、境界となる濃度付近での動作が不安定になりやすいからである。
「あとは『魔力貯蔵器』も追加して、瞬間的なパワーアップや一時的な自由魔力素不足に対応できるようにしよう」
「……」
ジャスタはもう白目を剥きそうである。
「外装も軽銀にして、色は以前と同じにしておこう」
こうして、メイドゴーレム長のメリネは新品同様に整備された。
「ありがとうございます、シン様。とても調子がよくなりました」
再起動したメリネは仁に頭を下げた。
「いや、なに。……そうだ、ついでだから壊れたという整備用ゴーレムも修理してしまおう」
「それは助かります。……こちらです」
メリネは仁を工房奥の資材庫……という名のガラクタ置き場へ案内した。
そこには、幾つかの壊れた魔導具に混じって、1体のゴーレムが横たわっている。
仁の『職人』に少し似たところのあるゴーレムだ。
(ビーナが職人をモデルに作ったようだな)
ぱっと見たところ、なかなかよくできている。これならかなり高度な修理も可能だろう。
だが惜しむらくは1体しか作らなかったことだ。2体ないし3体あれば、互いに修理し合って存続できただろうに、と仁は思った。
が、
「3体あったのですが、2体は当時の王家に献上されてしまったのです」
とメリネが説明した。
「200年ほど前のことでした。王都の魔導具やゴーレムの故障が相次ぎ、王国魔法工作士だけでは対応しきれなくなったため、当家からも修理用ゴーレムを供出したのです」
「そんなことがあったのか」
礼子に指示をし、修理用ゴーレムを運び出す仁。
「そして返却されなかったのです」
その後、マルキタスの出現や『魔法連盟』の台頭といった事件が相次ぎ、その2体のゴーレムも破壊されたのだそうだ。
「なるほどな」
仁はメリネの話を聞きながら、修理用ゴーレムを作業台の上に横たえた。
「うーん……どういう壊され方をしたんだ?」
仁が首を傾げたのも無理はない。修理用ゴーレムは頭部がひしゃげ、右腕は肩から先が欠損。右脚は膝から下が潰れているという有様だった。
「86年前にこの地を襲った盗賊団……いえ、傭兵崩れの一隊がありまして、戦闘用ゴーレムも数体連れておりましたために激戦となり、その際に修理用ゴーレムも戦場に出ていて……」
敵の攻撃を受けた、ということだった。
(うーん……修理要員は狙われやすいんだから後方に置いておけなかったのかな?)
と仁は思ったが、その当時の事情もわからないのに余計なことは言えず、口をつぐんでいた。その代わりに手を動かす。
「修理用だから材質は比較的軟らかい青銅か……指先に至っては黄銅だ」
素材に傷を付けないようにという配慮だろうと仁は考えた。
「レ……コ、軽銀を取ってくれ」
「はい」
骨格にまで青銅を使ったのはやりすぎだと思うが、これもまた軽銀が高価だった時代の作である。おそらくコスト上の問題だろうと仁は考えた。
「こっちもまた、複製工程で修理しよう」
もはや開いた口がふさがらない状態になっているジャスタを尻目に、仁はてきぱきと修理を進めるのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180710 修正
(誤)修理に継ぐ修理
(正)修理に次ぐ修理
(旧)「180年ほど前にこの地を襲った盗賊団……いえ、傭兵崩れの一隊がありまして
(新)「86年前にこの地を襲った盗賊団……いえ、傭兵崩れの一隊がありまして




