52-09 アクセサリー製作
侯爵夫人アンナは、3人の娘を連れてきていた。
「アイリーン・ラピ・クズマです」
「メイヴィス・エメ・クズマでしゅ」
「パメラ・ジャス・クズマでちゅ」
3人は、スカートの裾をつまんでカーテシーでお辞儀をした。
長女アイリーンは母アンナと同じく明るい茶色の髪に茶色の目をしており10歳、次女メイヴィスは侯爵と同じ金髪碧眼で8歳。3女パメラは茶色の髪に青い眼で7歳、であった。
「シンです」
「レコです」
「リーゼです」
仁たちも名乗り、お辞儀をする。
ちなみに、以前仁が聞いた、社交界に出るようになる10歳くらいまでは幼名で呼ぶ、という習慣は王族だけで、一般の貴族には幼名というものはない。
そしてさっそくリーゼによる診察が開始された。
まずは長女のアイリーンから。
「アイリーン様は大丈夫ですね。潜在的な因子もないようです」
それを聞き、ほっとした顔の侯爵夫妻。
「メイヴィス様も大丈夫ですね。同じく、潜在的な因子はありません」
さらに安堵の表情をする侯爵夫妻。
リーゼは、最後に末娘のパメラを診察した。
「……これは……」
「!?」
「……パメラお嬢様は『魔力過多症』になっていらっしゃいます。まだ顕在化はしていないようですが」
「何ですって!?」
「ああ……そうなのか……」
夫人はショックだったようだ。侯爵も悲しそうな顔をした。
「?」
当のパメラはまったくわかっていないようだ。
「パメラお嬢様は、具合の悪い様子はございませんか?」
リーゼが尋ねてみると、
「ええ。食事も普通だと思いますし、遊んでいる時にも特には」
「魔法の適性はもうお調べになりましたか?」
「アイリーンだけは、ですが。この子は『魔法士』になれるそうです」
『魔法士』とは、一般に言う『魔法使い』のことである。
『魔導士』という言い方もあったが、最近では『魔法士』が主流で、『魔導士』は魔法研究家的な者を呼ぶ際に使われている。
(言葉も少しずつ変わっていくものだなあ)
と考えていた仁だったが、
「ああ……どうしましょう、あなた」
心配そうなアンナの声に我に返った。
そこで仁は、礼子を連れて部屋の隅へと移動。そこでそっと礼子に耳打ちする。
(礼子、老君に言って治療薬をもう1本送ってもらってくれ)
礼子なら、唇の動きだけでも仁が言いたいことを察してくれる。
(わかりました)
短く答えた礼子は、内蔵魔素通信機で老君に連絡を入れた。30秒後には礼子の手の中に薬瓶が現れた。
仁は、それをどう使うか考えた。ここでそれを差し出すのはいくらなんでも不自然だと考えたのだ。
(まだ症状は現れていないから、抑える魔導具を作ってあげて、あとでこっそり飲ませるか……)
いずれにしても、この場で飲ませるわけにはいかないと、仁は判断した。
「閣下、先程申し上げましたが、私は『魔力過多症』を抑える魔導具を作れます。お嬢様にはそれを身に着けていただけば、当面の心配はないかと」
「お、おお、そうであったな。シン殿、よろしく頼む! 金は幾ら掛かってもよい。パメラを救ってやってくれ」
「承りました。……こちらに工房はございますか?」
早速作業に入りたいと仁が言うと、
「うむ。屋敷内の工房を使ってくれ。そこにある素材は何でも使ってよい」
と侯爵が許可をくれた。さらに家宰のクエスチャンが補足する。
「当家で代々受け継がれている『クラフトクイーン工房』でございます。……旦那様、よろしいのですね?」
「うむ。シン殿たちを信用しよう。クエス、案内して差し上げなさい」
「はい、旦那様。……シン様、どうぞこちらへ」
「では閣下、一旦失礼します」
こうして、仁たち3人は『クラフトクイーン工房』へと案内されたのであった。
* * *
「こちらでございます。……先代、今代は『魔法工作士』となった方がいらっしゃいませんでしたので、50年ほど使われていません」
クエスチャンは仁にそう説明した。やはり、分家ということでビーナの血は薄く、魔法工学の適性は低いようだ。
だが、工房内は大したものであった。
「高品質の素材が揃っていますし、工具類もよく手入れされていますね」
錆も変色も生じておらず、おそらく『安定化』が掛けられているのだろうと思われた。
「ゴーレムメイド長の『メリネ』が定期的に掃除、保守をしておりますので」
メリネはビーナが作ったゴーレムメイドなので、そうした役目も請け負っているということだった。
「えーと……お、この魔結晶ならいいな」
ここブルーランドは近郊によい鉱山を持っており、その管理は今やクズマ侯爵家が行っているため、高品質の素材が手に入りやすいのだろうと仁は思った。
実際は、そのような身内びいきをよしとせず、正規の値段、正規のルートで入手しているのだが。
仁が手に取ったのは、光属性の魔結晶。大きさは親指大。
「この魔結晶を使わせてもらいます」
仁は、一応クエスチャンに断りを入れておく。侯爵は『何でも使ってよい』と言っていたが、現場ではまた違う判断がなされることは往々にしてあるからだ。
「それから、このミスリル銀と、銅を」
「ええ、結構です」
「ありがとうございます」
礼を言うと、仁は作業を開始した。
まずはミスリル銀に銅を少量添加し、合金にする。いわゆる『925銀』、つまり92.5パーセントがミスリル銀、7.5パーセントが銅の合金だ。別名『スターリングシルバー』。
純銀の時よりも強度がある。
これで仁はペンダント用の鎖を作った。そう、仁は今回、腕輪ではなくペンダントを作っているのである。
パメラはまだ小さいので、すぐに大きくなって腕輪がはまらなくなるだろうから、という考えである。
また、普通の銀ではなくわざわざミスリル銀を使ったのは、魔力伝導性を考慮したためだ。
「……!」
クズマ侯爵家に仕える家宰として、多少魔法工学の知識のあるクエスチャンは、仁が細いネックレス用のチェーンをあっという間に作り上げるのを目の当たりにして、心の中で叫び声を上げていた。
当の仁はそんなこととはつゆ知らず、ペンダントヘッドの製作に取り掛かっていた。
ちなみに、ネックレスとペンダントの違いであるが、ネックレスはネック(首)周りに付けるアクセサリー全般を指し、ペンダントは『吊り下げる』を意味する『pend』が語源と言われているように、首から提げるアクセサリーのことである。
そのため、着用時にペンダントトップの重みで鎖や紐が『V字』になるものが、ペンダントであるといえよう。
そして仁は無難なデザインである『ティアドロップ』、つまり涙滴(水滴)形に魔結晶を加工し、それをミスリル銀の台座に固定した。
「これで、よし」
その魔結晶には、いつの間にか複雑な『魔導式』が刻まれており、元々の透明度と相まって、複雑な輝きを放っている。
(魔導式を装飾の一部とする技法……聞いたことがありませんね)
仁の製作過程を目にすることは、クエスチャンにとって驚きの連続であった。
「これで、よし」
ミスリル銀に『表面処理』を掛けると白銀色の輝きを放つようになった。これで終了だ。
『安定化』は掛けない。
確かに、掛ければ長期間、酸化や硫化を防げるのだが、その反面、魔力伝導性が悪くなるのだ。
そこは、ゴーレムメイド長の『メリネ』に手入れを頼んでおけばいいだろうと仁は判断した。
工房にやってきてからおよそ10分。
「パメラお嬢様に着けていただくネックレスとペンダント、完成しました」
と仁は固まっているクエスチャンに声を掛けたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180709 修正
(旧)そう、仁は今回、指輪ではなくペンダントを作っているのである。
(新)そう、仁は今回、腕輪ではなくペンダントを作っているのである。
(旧)すぐに大きくなって指輪がはまらなくなるだろうから、という考えである。
(新)すぐに大きくなって腕輪がはまらなくなるだろうから、という考えである。




