51-36 一日の終わり
ルビーナを叱るアマンダに仁は、
「あまり叱らないでやってくれ。俺も悪いんだ。こんなことになるとは思っていなかったんだから」
と取りなしの声を掛けた。
ルビーナたちの作業がこれほど捗るとは思っていなかったし、一言『制御核はこっちで用意する』と言っておけばよかったのを言いそびれたのは自分の責任だ、と仁は言った。
それでようやくルビーナは解放されたのである。
一方、ネージュとルージュも『長老』700672号に注意されている。
「自分が知らないものを発見したら、まず吾かジン殿に報告しなさい」
「……ごめんなさい、父さま」
「自分たちだけでやろうとしたことは認めてあげよう。だが、意地になったようなやり方はいけないな」
「お父さま、ごめんなさい」
そして、マリッカと月乃は、滅茶苦茶になったテントと一部の資材を元に戻してくれていた。
「ジン様、これでいいですか?」
「ああ、ありがとう」
完全に日が暮れた頃、ようやく後片付けは終了した。
「で、もうだいたいはわかっているけど、ちゃんと聞いておきたいな」
「……わかり、ました」
訥々とルビーナは説明を始めた。
「なるほど、思ったより早く駆動系の改造が終わったので、制御系も付けてしまいたくなったと」
「……はい」
「それは他のと一緒にまとめてやりたかったんだよなあ」
だから魔結晶の用意をしておかなかったんだ、と仁は言った。
「……ごめんなさい」
「いや、それについては俺のミスだ。最初に改造計画をきちんと説明しておくべきだったし、それよりもルビーナの作業スピードが俺の想定よりずっと速かったことが大きいな。たいしたもんだ。それだけは誇っていいぞ」
「……え、ほんと?」
「ああ、本当だ」
「……よかった」
「ほら、もういいから元気出せ」
いつまでもしゅんとしているルビーナはらしくないぞ、と言って仁はその頭を撫でた。
「さあ、遅くなったけどまずは帰って夕食にしよう」
* * *
ムードメイカーのルビーナがおとなしいので、夕食は昨日より心なしか静かだった。
夕食後は気分転換に入浴。
風呂から出たあと、仁はフルーツジュースを飲んだ。
そして縁側に出て、春の宵の夜風に吹かれる。
北回帰線上にあるので、3月下旬とはいえ十分暖かい夜なのだ。
そうこうしているうちに、マリッカ、アマンダ、ルビーナ、ネージュ、ルージュらも風呂から上がったようだ。
仁が声を掛け、縁側に腰掛けて涼む。
礼子が冷たい麦茶を持ってきてくれた。
「冷たくて美味しい!」
ようやく調子が戻ってきたらしいルビーナを見て、仁は話の続きをすることにした。
「ネージュが見つけてきた魔結晶は、俺は『マライト』と呼んでいる」
命名は『ロクレ』であるが、仁は敢えてそのことは話さなかった。
というのも、『ロクレ』のことを話せば、ルージュが彼によって作られたことも話さなければならなくなるだろうと思ったからだ。
今のルージュにそうした記憶はなく、『長老』700672号を父親と思っているのだから、その想いを乱したくはなかったのだ。
「この『マライト』は、一見高性能な魔結晶だが、さっきも言ったようにこれを制御核に使うと暴走しやすいんだよ」
それで『始祖』も封印していたのではないかと仁は説明した。
「とはいえ、毒もうまく使えば薬になるように、この『マライト』も、もしかしたらうまい使い途があるかもしれない。おそらく『始祖』はそう考えて保管していたんだろう」
「なるほど、考えられるな」
黙って聞いていた『長老』700672号も、仁の推測を支持した。
「『マライト』自体が稀少な魔結晶で、どこで採れるのかも、実はよくわかっていないんだ。だから魔法工学の体系にも、これを使う方法は確立されていない。ルビーナが知らずに使ったのも無理はないのさ」
「そういうことですか」
マリッカも、どうして詳しい情報がないのか理解したようだ。
「これを『制御核』に使っていたエレナは、かつてアドリアナ系の自動人形を破壊して回っていたしな」
「えっ……ええと、『エレナ』って、確か『懐古党』の名誉顧問か何かじゃなかった?」
「よく知ってるな」
「一応魔法工学史は習ったから」
「……そんなもんあるんだ」
ルビーナによると、魔法工学の歴史は7つに分けられており、アドリアナ以前を黎明期、アドリアナの時代を黄金期、その後魔導大戦までを円熟期、魔導大戦から仁までを衰退期、仁の時代から魔法連盟台頭までを中興期、魔法連盟全盛の頃を暗黒期、と呼んでいるそうだ。
そして7番目の現在は『復興期』だという。
「誰が付けたんだ……」
少し照れくさく思った仁は思わず呟いてしまう。それを聞きつけたルビーナが答える。
「シオン様とマリッカ様だと思うわよ?」
「え……マリッカ?」
仁は少し離れて縁側に座っているマリッカの方を見る。マリッカはにっこり笑って返事をした。
「いいじゃありませんか?」
「いや悪くはないけどな」
確かに、ネーミングはともかく、魔法工学の歩みを分類するとそんな感じだなあ、と仁も納得である。
「……歴史の一部に自分がいると思うとなんか変な気分だよ」
「そういうものでしょうか?」
マリッカはわからない、と言うように首を傾げた。
「……まあいいや。とにかく、そんなわけで」
かなり脱線した話を元に戻す仁。
「『マライト』を使わなければうまくいっていたんだろうな。明日、もう一度修理しような」
「は、はい!」
仁にそう言われたルビーナは満面の笑みを浮かべた。
「ところで、ネージュはどうやって『マライト』が保管されていた倉庫……なのかな? を見つけたんだ?」
ルビーナの向こう側に座っているネージュに尋ねてみる仁。
「え……と、倉庫の隅を探していました。印が付いている壁を見つけたので弄ってみました。そうしたら扉が開きました」
「印?」
「ジン殿、それは『主人たち』が付けたもので、おそらくこういう印だったのではないかな?」
『長老』700672号が横から補足説明をしてくれた。
その印は、慣れない者が見ても自然の突起にしか見えないものであるという。
「有ることを知って、その気で探さないと見つからないと思うが、ネージュは偶然見つけたのだろう」
そして『始祖』縁のネージュにはその扉を開けることができた、というわけだ。
「父さまが仰ったとおりです」
ネージュは肯定した。
「なんとなく、違和感があったのです」
そのあたりは、やはり本能的に、といえばいいのか、『始祖』の技術で作られたホムンクルスにのみ発現する感覚なのか。それは仁にもわからなかった。
「明日、そこへ案内してもらえるかな」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、また明日ね、ネーちゃん、ルーちゃん」
「おやすみなさい」
「おやすみー」
その夜は、『長老』700672号とネージュ、ルージュは自分たちの家に帰っていったのだった。
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本日、異世界シルクロード(Silk Lord)も更新しております。
https://ncode.syosetu.com/n5250en/ です。
お楽しみいただけたら幸いです。
20210506 修正
(誤)それでようやくルビーナは開放されたのである。
(正)それでようやくルビーナは解放されたのである。




