51-21 水脈
3月20日。
朝食を済ませた仁は、拠点での水の確保をどうするべきかと考えていた。
そんな仁に、老君が助言をしてきた。
『御主人様、地下水脈の探索をお勧めします』
「どういうことだ?」
昨夜と言っていることが異なるので、仁は怪訝そうな顔をした。
『情報を整理してみたのです。まずは地図をご覧ください』
「わかった。『ペガサス2』へ行こう」
仁は『家』の脇に着陸している『ペガサス2』に向かった。
コクピット内の魔導投影窓に、老君から送られてきた地形図が映し出される。
『河川、湖情報を最新のものにしてあります』
「うん」
『御主人様の拠点の西に複数の湖がありますね?』
「ああ、確かにある」
『そして、大型転移門を設置した場所からもう少し東から始まっている川があります』
「そうだな」
ここまでで、仁は老君が何を言いたいのか見当が付いてきた。
『西の湖と東の川、この間に地下水脈がある可能性は非常に高いです』
「やっぱりそうだよな」
仁は頷いた。
「だけど、家を建てる時に地下を調べたが水脈はなかったぞ?」
『それはそのはずです。地下水脈は不透水層の上を流れていくわけですから、そちらのように地下深くまで岩盤があったら避けて流れてしまいます』
「あ、そうか」
仁は頭を掻いた。老君の言っていることはもっともである。
「ここの岩盤の周囲、それも浅いところを探せば、地下水脈があるはずだと言うんだな?」
『はい、御主人様。当面、その拠点で必要な水は十分賄えるかと』
仁は頷いた。
「そのとおりだ。運河を引くにしても、十分な調査が必要になるからな。まずは地下水脈を探してみよう。ありがとう、老君」
『お役に立てて幸いです』
こうして、仁は『家』から北へ1キロほどのところに地下水脈を発見した。
それは岩盤の亀裂を縫うように流れており、水量もかなりのものだった。
ただし、地下を延々と流れてきた水は非常に硬度が高く、そのままでは飲用に適さないようで、仁は浄水器を作ってこれに対処したのである。
この水には『ミョウバン』(硫酸アルミニウムカリウムミョウバン)と『酸化マグネシウム』がやや多く含まれていたので、浄水器を通すことで軟水に変えている。
その際に出る『ミョウバン』と『酸化マグネシウム』はストックしておき、化学物質として有効に使おうと考えていた。
ミョウバンはナスなどの漬け物の色止めに使えるし、酸化マグネシウムは緩下剤に使える。
……仁が知っているのはそのくらいだが、『賢者』がこの世界にもたらした学術書にはもう少し詳しいことが書いてありそうだ。
「まあこのくらいなら問題ないからいいか」
温泉……いや、水温は摂氏15度くらいなので冷泉であるが、分類としては含アルミニウム泉になるだろう。皮膚病に効能があると言われる。
ただし含有量は低いので、どこまで効能があるかは不明。
「沸かすのも問題なし。排水も全部綺麗にして地下へ。これでよし」
『家』の水道と風呂場への配管を行い終えた仁は満足し微笑んだ。
水回りが整えば、とりあえずは生活できるからだ。
「あとは庭か……」
家の周りは砂利を敷いただけなので殺風景だ。
窓から見える風景も、まだまだ樹木の緑が足りない。
回復しつつあるとはいっても、草本が主体だからだ。
「庭木を植えて、小さな池も作ろうかな」
蓬莱島は、先代の研究所がメインなのであまり弄らなかったが、ここは仁が好きなように構成できる場所である。
「縁側から池が見えて、池には金魚を飼って……なんて、施設時代に夢見たっけな」
ささやかな自分の家があったらいいなあ、と思ったものだった、と仁は懐かしく過去を振り返る。
「……随分遠くまで来たものだなあ……あ、そこには低い木を植えてくれ」
庭を整えていく職人とフォレスたちを見て、仁はしみじみと呟いた。
庭に関しては構想が固まっていなかったので、3時間ほど試行錯誤した結果、まずまず納得できる庭に仕上がった。
家の周囲は1メートルほどの低い築山で囲み、築山の上にはツツジ、サツキ、サザンカ、ツバキ、ユキヤナギ、ヤマブキ、レンギョウ、コデマリ、オオデマリ、アジサイなどの灌木を植えられていた。
ちなみに植物の名称は日本式に統一してある。
何年かして葉が茂れば、内側は見えなくなるだろう。もっとも、覗く者など皆無であるが。
敷地の総面積は500坪ほど。
南に向いた縁側からは池が目の前に見える。
日本庭園風ではあるが、かしこまったデザインにはなっていない。むしろ公園の池風だ。
もちろん仁の好きなサクラ(クェリー)も植えてあるし、ウメ(プルメ)やモモ(ペルシカ)、リンゴ(アプルル)などの果樹も植えられていた。
北側は『ペガサス2』程度の機体が置けるような車庫を作りたいと思っているので砂利敷きのままだ。
「虫はどうなんだっけ?」
礼子に聞いてみると、
「はい、お父さま。元々いたハナバチ類は少しずつ増えていますので、受粉は大丈夫かと」
ハナバチとは、花粉を媒介するハチの総称で、ミツバチ(セイヨウミツバチ・ニホンミツバチ)、マルハナバチ、クマバチなどのことである。
「『始祖』は生態系の保存には気を遣っていたらしく、当時は保護地域があったようです」
その保護地域も、『始祖』がヘールを去ってからは放置されたままだったそうだが、大半の種は逞しく生き延びていたという。
もっとも、『始祖』が構築した保護地域がメンテナンスフリーに近かったことも功を奏したのだろうと礼子は言った。
「それって、いつの話だ?」
『今の』仁は初耳だった。
「はい、400年前のお父さまがヘールを詳しく調査なさった時にわかったことです」
「そういうことか」
「はい。その頃から、700672号さんのため、という目的も含めて、ヘールの再開発は計画なさっていましたから」
「そうだったのか」
400年前の仁もまた、このヘールを放置するのはもったいない、あるいはしのびないと考えていたようだ。
「礼子は知っているんだよな」
「はい。……申し訳ございません」
「何を謝る?」
「……お父さまに、全てをお話していないことを」
仁は苦笑とも慈愛ともつかない微笑みを浮かべた。
「俺のことを思ってそうしてくれているんなら、気にすることはないさ」
そう言って仁は礼子の頭を撫でた。
「確かに、知ってしまったら面白くないことってたくさんあるからなあ」
推理小説のトリックや犯人などはその最たるものの1つだろう。
「まあ、聞いたら教えてくれればいいや」
この件は気軽に流す仁であった。
* * *
昼食は、敷設したばかりの水道の水でおかゆを作ってみた。
「うん、問題ないな」
ミネラル類を全て除去してしまうと、蒸留水同様、味気ない水になってしまう。
それで浄水器は、有害成分及び多すぎる成分を除去するように設定してあるのだが、まあまあうまくいったようだ。
「あとは少しずつ整備していこう」
大仕事を終えた仁は満足げに微笑んだのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180608 修正
(誤)コクピット内の魔導投影窓の、老君から送られてきた地形図が映し出される。
(正)コクピット内の魔導投影窓に、老君から送られてきた地形図が映し出される。
20190106 修正
(誤)家の回りは砂利を敷いただけなので殺風景だ。
(正)家の周りは砂利を敷いただけなので殺風景だ。
(誤)家の回りは1メートルほどの低い築山で囲み、
(正)家の周囲は1メートルほどの低い築山で囲み、




