51-06 ジパート間近のトラブル
24時間が経ち、『アドリアナ』は、ヘールの大陸東、東海岸地方に戻ってきていた。
「そういえば、この大陸に名前はないのか?」
今更だが、疑問に思ったので仁は『大聖』に尋ねてみた。
『はい御主人様、『始祖』たちは特に名前を付けなかったようです。1つしかない大陸なので、でしょうか』
確かに、他に大陸がないなら、区別する必要はないわけである。
「うーん……」
また、『始祖』のネーミングは独特……というか、あまり名前に拘らないらしいことを仁は知っている。
「いずれ付けたいな……アルスの大陸と区別しにくくなるもんな」
そして、自分のネーミングセンスがあまり一般的ではないことも。
とりあえず大陸名は後回しにし、そろそろ到着するはずの『アトラス』を、宇宙空間で待ち受ける仁。
『あと10分くらいで到着します』
『大聖』から報告が入った。
「そうか、もうすぐだな。道中、異常はなかったのか?」
『大丈夫だとのことです。障壁は問題なく機能したと報告がありました』
「それならいい」
そして10分後、1キロメートルの距離を置いて、『アドリアナ』に対して相対的に静止する『アトラス』の姿が宇宙空間にあった。
「これでようやく計画が始められるな」
期待を込めて仁が呟いた。
『アトラス』はその秘めた力を解放する時を待ちながら、静かに宇宙空間に佇んでいる。
護衛艦『シリウス』『プロキオン』『ベテルギウス』もそのそばにあった。
仁は管理魔導頭脳に連絡を取る。
「『金時』、道中はどうだった? 何か問題はあるか?」
《はい、御主人様。全く問題ありませんでした。いつでも作戦に取りかかれます》
「よし、『ジパート』の位置も、最良ではないが、まずまずいい位置にある。まずは、ゆっくりと向かってくれ。状況を報告しながら、だぞ」
《わかりました。現在の距離、およそ3400万キロメートルですので、秒速100キロメートルでおよそ4日掛けて接近するのではいかがでしょうか?》
今、ジパートの位置は、天の北極(正確には黄道北極)から見てヘールを12時、アルスを6時としたら、10時と11時の間……つまりヘールと45度くらいの位置にある。
公転方向は、天の北極(より正確に言うなら公転面から垂直方向をいうべきだが、おおよその方角で十分なので)から見て左回り、つまり反時計回りなので、時間が経てば経つほどジパートはヘールから離れていくことになるのだ。
そういう意味で、仁は早めに作戦を開始したかったのである。
「そうだな、それでいいだろう。『シリウス』『プロキオン』『ベテルギウス』も可能な限り随行してくれ。ただし、航行に影響が出始めたらすぐに引き返し、影響の出ないギリギリの距離で待機だ」
《わかりました》
こうして、ついに『ジパート』からの資源調達作戦が始まったのであった。
* * *
はじめの2日間は特に異常はなく、仁も手持ち無沙汰なため、『アドリアナ』内を回って整備という名の暇潰しをしていた。
『アドリアナ』は巨大なので、さすがの仁でも2日間で全てを整備できるはずもなく、一応暇潰しにはなっている。
だが、3日目。
《御主人様、護衛艦『シリウス』『プロキオン』『ベテルギウス』が、自由魔力素濃度急上昇による誤動作のため、進行を停止しました》
との報告が入った。
仁はすぐ中央艦橋=司令室に飛んでいく。
「そうか。ノイズじゃないんだな?」
《はい、御主人様。自由魔力素濃度急上昇に間違いはありません》
「そうか……」
『始祖』の残した情報では、自由魔力素のノイズもあるということだったが、それは勘違いだったのか、長い年月の間に変化したのか、どちらかと思われる。
ある程度予測していたとはいえ、『始祖』の残した情報は少なく、今初めて生のデータが得られるのである。
「それで、どんな感じだ?」
《はい。以前『エーテルの雲』に遭遇した時と似ていますが、もっと濃度が高いようです》
「そうだろうな」
『エーテルの雲』は、アルス周辺の標準的な自由魔力素濃度の1000倍という途轍もない濃度であったため、力場発生器をはじめとする魔導機類が軒並み誤動作したのであった。
その時に対策した護衛艦『シリウス』『プロキオン』『ベテルギウス』が危険を感じて撤退したということは、さらに濃度が高かったということだろう。
《仰るとおりです。その濃度、およそ1万倍》
「1万……」
『エーテルの雲』の10倍では、対策してあっても魔導具や魔導機が暴走する可能性がある。事実、危険を感じて護衛艦3隻は撤退したのだ。
「なるほど……『始祖』の記録とはやはり異なるな」
調査したのが何万年前なのかは不明だが、その間に状況が変わったと考えるのが妥当だろう。
「セランからの距離はどのくらいだ?」
《はい。1億2000万キロメートルくらいです》
アルス・ヘールがだいたい1億5000万キロメートル、ジパートが1億800万キロメートルなので、2つの軌道の中間よりもややセラン寄りということになる。
「どうして急激に濃度が高まるんだろうな?」
ここまで急激に強度が変化するというのはおかしいのではないか、と仁は感じていた。
「まさかと思うが、自由魔力素の凝集は人為的なものじゃないだろうな?」
ジパートにも文明があり、何らかの目的で自由魔力素を集めている可能性を仁は危惧したのだ。
《それは今のところわかりません》
ジパートにたどり着いてみなければわからないとのこと。
《ですが、自然発生的なものであると判断できる材料が幾つかあります》
「それは?」
《まず、エリアの広さです。広すぎます。おそらく半径1億2000万キロメートルの球形エリア全てがこの濃度ではないかと思われます》
「それが正しいなら、確かに人為的とは思えないな」
そんな途方もない空間に自由魔力素を満たすなど、正気の沙汰ではない。
それ以前に、そんなことが人の手で行えるとは到底思えなかった。
《『シリウス』『プロキオン』『ベテルギウス』には、エリアの測定をさせておりますが、今のところ間違いなく、球形の範囲に自由魔力素が凝集しています》
「うーん……」
自由魔力素の成り立ちについても、詳しいことはわかっていない現状、なぜそれだけの濃度になっているか……を考えても始まりそうにない。
「わかった。高自由魔力素エリアの範囲測定は継続してくれ。で、『アトラス』は無事なんだな?」
《はい。自由魔力素ノイズではありませんでしたが、施した対策は有効に働いています》
「それならよかった」
ここでもう一つ、仁は気になったことを口にした。
「ジパートに近付くにつれて濃度が高くなるというようなことはあるのか?」
この質問に『大聖』は即答した。
《いえ、そういうことはないようです。『アトラス』とは亜自由魔力素波による通信で繋がっておりますが、濃度は突然高くなり、その後はほぼ一定であるということです》
「うーん……」
再び仁は唸った。
「『アトラス』の速度を半分に落とし、より周囲への警戒を強めさせろ」
《わかりました。早速連絡します》
自由魔力素濃度が何故高くなるのかも分からない今、より慎重に行動せざるを得ないだろうと仁は考えたのだ。
《予定ではあと1日弱でしたが、2日掛けることになります。よろしいですね?》
「もちろんだ」
仁は考えている。
この高濃度の自由魔力素を発生させているのが太陽セランであることはほぼ間違いない。
自由魔力素は様々な物理エネルギーに変換できる、クリーンなエネルギー源だ。
太陽セランの中で、どんな反応が行われているのか、非常に気になる仁なのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180524 修正
(旧)今、ジパートの位置は、天の北極から見てヘールを12時、アルスを6時としたら
(新)今、ジパートの位置は、天の北極(正確には黄道北極)から見てヘールを12時、アルスを6時としたら




