51-02 ヘール巡回
「お待ちしておりました、ご主人様」
仁が外に出ると、集まっていた『フォレス』ゴーレムが挨拶してきた。
「私はフォレス1。これらは101から110までとなっております」
フォレス1から100が小班のリーダーとしてそれぞれ10体を率い、大陸の各地に散らばっているという。
『フォレス』はランド隊もしくはスミス隊と同型のゴーレムであった。
64軽銀製の外装はモスグリーンとなっており、林業系ということが窺われる。
「ご苦労様、だな。こっちの俺ははじめましてなんだが、理解しているか?」
「はい、老君から説明を受けております、今のご主人様は紛れもなくご本人ですが複体である、と」
「そうか。それならいいんだ」
老君のやることにそつはなかった。
「さて、現状を教えてもらえるか?」
「わかりました。こちらへどうぞ」
確かに、宇宙港付近には緑は少なく、従って見るべきものもない。
フォレス1が仁を案内していく。その先には移動用の6輪車があった。蓬莱島で使われているものと同型だ。
「では、まいります」
仁と礼子が乗り込んだことを確認し、フォレス1は6輪車を発進させた。
若干の砂埃をあげながら6輪車は進んでいく。
まずは赤紫色の花が咲き乱れる場所に来た。
フォレス1は車を停めた。
「これは……レンゲソウか?」
「はい、ご主人様。ここは田んぼ予定地です。本格運用する日まで、こうしてレンゲソウを植えております」
レンゲソウの根には根粒菌という根粒をつくる土壌細菌が共生している。
根粒菌はマメ科植物の根に共生して空気中の窒素を固定し、窒素肥料を植物に供給し、また植物からは光合成で生産した炭水化物を得ている。
この根粒菌はマメ科植物の根についているこぶの中にいる。
古来日本では、水田で稲作をする際に、春、水を張る前の水田でレンゲソウを栽培し、その後土と一緒に耕すことで根粒菌が固定した窒素肥料を土に行き渡らせる農法を取っていた。
蓬莱島ではこの農法を採用しており、ここヘールでも準備を進めているのであった。
「わかった。どんどんやってくれ」
仁は満足して先を見たい、と告げる。フォレス1は再び車を走らせた。
レンゲソウの咲く水田候補地は相当な面積を確保されていた。
「灌漑用水は十分確保できる予定です」
気象制御用の衛星は十分な数が軌道を回っており、動作も問題ないということだった。
元々『始祖』が使っていたものなので環境的にも問題はないという。
「100年以上掛けてヘールの気象をその昔に近づけています」
「そうか」
『始祖』がヘールを放棄して以降、永の年月が経っており、いきなり気象環境を古に戻すのはリスクがあるということで、100年単位で少しずつ戻しているのだそうだ。
「そのせいか、昔来た時より空気に潤いがある気がするのは」
「はい。当初は湿度が20パーセント前後でしたが、今では40パーセント前後にまで増えております」
雨天時にはもっと上がるということだった。
「それならいいな。そのまま続けてくれ」
「わかりました」
6輪車は水田候補地を抜け、畑に差し掛かった。
「こちらはごらんのとおり畑です。ジャガイモ、サツマイモ、サトイモなどの芋類、ダイコン、ニンジン、ゴボウなどの根菜類がこのあたりです」
「トポポ、イトポと言わないんだな」
「はい、ご主人様。アルスに合わせる必要はないと思いまして」
仁としても、現代日本で使っていた呼称の方がやはりなじみ深いので、これは歓迎した。
「こちらは葉物野菜です。そしてあちらは瓜類ですね」
つまりキュウリ、カボチャ、スイカ、メロンなどというわけだ。
他にも豆類やナス・トマトなどを作る畑も準備が整っており、仁は満足したのである。
「あちらは果樹園ですね。リンゴ、ミカン、レモン、桃、サクランボ、ブドウ、ビワ、クルミ、栗など多数栽培を始めております」
果樹は苗を植えてから数年経たないと収穫ができないので、早めに始めているという。収穫したものは蓬莱島へ運ばれているとのことだ。
「栄養価、味など、アルス産のものと変わりません」
「それはよかった」
「林業については現地までいくには時間が掛かりすぎますので、ここでご説明いたします」
自生している木の種類は、アルスと大差ないとのことだった。
「それでも幾つかはアルスの特産種らしく、こちらにはありませんでしたので苗を持ってきて植えております」
その木は栂、イチイ、椿だという。
栂は建材として、イチイは細工材として。椿は実から椿油を取るのに使う。
「わかった」
「漁業につきましては一部を除き、ほとんど手つかずです」
一部というのは川魚と生け簀の準備だという。
「わかった。マリン部隊とマーメイド部隊も必要なんだな」
仁はヘール専用の海軍と水中軍を用意しようと考えた。
「私からの報告は以上になります」
「ご苦労だった」
6輪車で宇宙港に戻った仁はフォレス1を労った。
「ここまで再開発が進んでいるなら、さらに1段階進めてもいいな」
先程の海軍と水中軍である。
基本的に、蓬莱島の軍勢は屯田兵的な扱いなので、平時は農業や漁業、林業などに従事している。
これは蓬莱島で作って転移門で送り込むことになるだろう。
* * *
『東海岸』の開発状況に満足した仁は、他の地域も見て回った。もちろん『アドリアナ』で。
その結果、他の土地もほぼ同じレベルで開発が進んでいた。
海の面積が増えたのは、極地に大量にあった氷が溶けたからだとわかった。
「『始祖』がわざと水を氷にしていたらしいって?」
『アドリアナ』のなかで仁は老君から説明を受けていた。
『はい、御主人様。資源がなくなったことはご存じでしょう。つまり……』
説明によれば、海底の資源も効率よく採掘して利用するため、海の水を一旦凍らせて衛星軌道上に保存してあったという。
それを見つけ、解凍して海水を徐々に増やして……というか元に戻してを行ったらしい。
一気に行うと海岸線が浸食されて崩壊するおそれがあったのでゆっくりと行っていったそうだ。
「『始祖』はかなり無茶をやっていたんだなあ……」
そのため惑星上の空気が乾燥気味になったのではないだろうかと仁は想像した。
地上に『始祖』の施設がほとんど残存していないことも再確認してあるという。例外は大陸東にある、壊れたドームくらいのもの。
最後のヘール人『チコ』は人工の衛星『クーナ』で永遠の眠りに就いているのだ。最後まで忠実だった乳母ホムンクルス『ナニィ』の残骸と共に。
しかし、海水の氷はもっと遠い軌道にあったという。
「我々の知るどんな人工衛星よりも遠い軌道上に海水が氷の形で保存されていました。同じ軌道上に、気象制御衛星とその管理魔導頭脳も休眠の形で保管されていたのです」
「そうだったのか……」
それらは400年前に戻った仁が晩年の頃発見されたのだそうだ。今の仁が知らないのも無理はない。
兎にも角にも、惑星ヘールの再開発が順調なのを直に見た仁はほっと胸をなで下ろしたのであった。
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お知らせ:20日昼過ぎまで実家に帰省してまいります。
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お知らせその2:本日、異世界シルクロード(Silk Lord)も更新しております。
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よろしければお楽しみください。




