49-47 閑話84 憎しみと目標
今を去ること7年前の3457年3月、エゲレア王国の首都アスントにて、第3王子アーネストの誕生会として『ゴーレム園遊会』が行われた。
その際に、反社会的組織『統一党』が、その力を見せつける目的でテロを仕掛けた。
お披露目されたゴーレム、元から城にあったゴーレム、そのほとんど全てを支配下に置き、国家転覆を企んだのだ。
その時、再起不能になるほどの大怪我を負った者も幾人かいた。
ブルーランドの貴族、デーヴ・メイダ・ガラナ伯爵もその1人である。
鼻骨骨折、両腕・両脚の複雑骨折、肋骨の複雑骨折と内臓の損傷、全身打撲。
当時、まだ未熟だったエルザが応急手当を行ったものだ。
エルザの応急手当は適切で、2次感染は防ぐことはできていたが、完治させるには至っていなかった。
これはまだ彼女が未熟だったこともあるが、それ以上に魔力の消費を抑えたという理由が大きい。
何しろ当時は、応急手当を要する怪我人だけでも100人を超えていたのだから。
そのあとガラナ伯爵は、高名な治癒師によって手当がなされたのだが、その治癒師の腕が悪かった。
単純に『治癒』させただけのため、腕・脚の骨は曲がったまま、捻れたままくっついてしまったし、鼻骨もまた同じ。
結果、日常生活も一人ではできなくなってしまっていた。
歩くにも介助が必要であるし、食事や着替えすら1人ではできない有様。
内臓、それも肝臓の損傷が酷かったため、少し黄疸の症状も出ていた。
「……ううヌ、これというノもゴーレムノせいだ!」
やり場のない怒りはゴーレムという存在そのものに向けられた。
「金は幾ら掛かってモかマわん。世界一強いゴーレムヲ作れ」
資金だけは潤沢にあったので、金に糸目を付けずに高名な魔法工作士を呼び、強力なゴーレムを作らせた。
しかしいつまで経っても伯爵が納得する強さのゴーレムは完成しなかった。
そんなとき、1人の男が訪ねてきた。
「強いゴーレムを欲しがってらっしゃると聞いたのですが」
「うム。貴殿は?」
鼻が曲がったままのガラナ伯爵は、口以外を覆う覆面をして面会をしている。
「私は……流れ者ですよ。……『Tratamiento』」
「お、おお!?」
男が使った、不思議な詠唱の魔法により、ガラナ伯爵の曲がった鼻が治ったではないか。
「こ、これは! ……ううむ、感謝する」
曲がった鼻のせいで、幾分発音が不明瞭だったが、それも改善されていた。伯爵は大喜びである。
「……この腕と脚は治せぬか?」
一縷の希望を抱き、尋ねてみるが、
「そこは、私にも……。ですが、『Tratamiento』」
「う、うむ?」
「内臓がお悪いようでしたので、そちらは治すことができました」
「おお、そうか!」
確かに、身体に澱んでいた不快感がなくなっていることを感じ、ガラナ伯爵は男に頭を下げた。
「いや、かたじけない。これだけでも十分だ」
顔と内臓を治療してもらったことで、ガラナ伯爵の男への信頼は確固たるものとなった。
* * *
男は『マルコ』と名乗った。
その腕前は治癒魔法だけではなく、工学魔法にも遺憾なく発揮される。
「ううむ、すごい!」
マルコが作ったゴーレムは、1体目からしてそれまでのゴーレムと一線を画していた。
今まで伯爵が作らせていたゴーレムの3倍以上の力を誇ったのである。
「うむ、これこそが求めたものだ!」
ガラナ伯爵はかなり満足していたが、
「いえ、まだまだです。もっともっと強力なゴーレムを作りましょう」
「おお、どんどんやってくれ」
伯爵とマルコの意思は一致しており、さらなるゴーレムが作り出されていった。
数ヵ月後。
「おお、これぞ最強のゴーレム!」
「かなり満足のいくものができましたね」
マルコ自身が作り上げた旧型ゴーレム20体を苦もなく吹き飛ばすゴーレム。
「これならば、いかなる相手でも恐れることはないだろう」
「そう思います」
満足げなガラナ伯爵は、
「こいつの名前は?」
と尋ねる。
「そうですね。……『アロガンス』とでもしますか」
「ん? どういう意味だ?」
「私の故郷の言葉で……大した意味はありませんよ」
マルコは笑って言葉を濁した。
「ふむ、まあいい。『アロガンス』の完成を祝って、今夜は祝杯だ」
だが、その夜、マルコは忽然と姿を消した。
ガラナ伯爵は訝しんだが、望むものが手に入った以上、それほど惜しいとは思っていなかった。
「アロガンスが完成した以上、もう用はないが……いや、やはりあの才能は惜しかったな」
そう呟いてワインをぐい、とあおる。その顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。
* * *
「……ふ、まあまあ面白い奴だったな」
ガラナ伯爵邸を後にしたマルコ……いや、『マルコシアス』はにやりと笑った。
「今回作った『傲慢』……いや『アロガンス』ならあの自動人形といい勝負ができるだろう」
マルコシアスもまた、己の『ゴリアス』を一方的に蹂躙した礼子への雪辱を胸に秘めていたのである。
同族を救ってくれた仁への憎しみはもうない。だが、技術者としての果てなき挑戦はこれからも続けていこうと思っていた。そのため、こうして放浪しているのだ。
「さて、今度はどこへ行くか……」
その後のマルコの行方を知るものはいない。
* * *
「さて、試してみるか」
翌々日、ガラナ伯爵は『アロガンス』を起動した。場所はブルーランド郊外の荒れ地である。
「ほほう、楽しみですな」
「いや、まったく」
見物に来ているのは同じ貴族仲間。
「では、行きますぞ」
ガラナ伯爵は『アロガンス』を操るための操縦装置を口に近づけた。
「アロガンス、走れ」
これは、操縦者の声をアロガンスに伝えるためのもの。一種の『魔素通信機』と言っていいかもしれない。非常に通信可能距離は短いが。
「おお!」
アロガンスは命令どおり走り出す。自律型ではなく、半自律型なので、命令を受けないと動作しないのだ。
とは言っても、ある程度の自己判断ができるので、『走れ』という命令だけでもそれなりに大丈夫なのだ。
つまり、アロガンスはどこまでも突っ走っていくのではなく、円を描くようにして走ってみせているし、障害物はきっちりと避けている。
「ほう、すごいですな」
「時速100キロは出ているのでは?」
身長2メートル50センチという巨体にも関わらず、その敏捷性は目を見張るものがある。
「よし、止まれ。……そこの岩を破壊してみせろ」
アロガンスは停止し、右手前方にあった、5メートルほどの高さの岩を思い切り殴りつけた。
「う、うわっ!」
「すさまじい威力ですな」
岩は轟音と共に粉々に砕け散ったのである。
その後、用意した戦闘用ゴーレム5体を易々とスクラップに変える様を見せつけられた貴族たちは、その威力に驚嘆し、震え上がった。
ガラナ伯爵は、車椅子の上で高笑いを響かせたのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180420 修正
(誤)自律型ではなく、反自律型なので、命令を受けないと動作しないのだ。
(正)自律型ではなく、半自律型なので、命令を受けないと動作しないのだ。
(旧)1年後。
(新)数ヵ月後。
20180902 修正
(旧)尾骨骨折、両腕の複雑骨折、肋骨の複雑骨折と内臓の損傷、全身打撲。
(新)鼻骨骨折、両腕・両脚の複雑骨折、肋骨の複雑骨折と内臓の損傷、全身打撲。
(旧)腕の骨は曲がったまま、捻れたままくっついてしまったし、尾骨もまた同じ。
(新)腕・脚の骨は曲がったまま、捻れたままくっついてしまったし、鼻骨もまた同じ。
20190125 修正
(旧)
マルコシアスもまた、己の『ゴリアス』を一方的に蹂躙した礼子への雪辱を胸に秘めていたのである。
(新)
マルコシアスもまた、己の『ゴリアス』を一方的に蹂躙した礼子への雪辱を胸に秘めていたのである。
同族を救ってくれた仁への憎しみはもうない。だが、技術者としての果てなき挑戦はこれからも続けていこうと思っていた。そのため、こうして放浪しているのだ。
20210503 修正
(旧)非常に通信可能距離は狭いが。
(新)非常に通信可能距離は短いが。




