49-45 閑話82 ティベリオ特訓、そして
「さて、魔法工学を修める上で一番大切なのは『モノ作りへの情熱』だ」
蓬莱島で、仁は『乖離』のティベリオに工学魔法の特訓を開始していた。
「はい」
「精神論はさておき、工学魔法を習得する上では『知識転写』が使えるかどうかが大成できるかどうかの鍵となる」
「『知識転写』ですか?」
「そう。これができると、ゴーレムや自動人形を量産できるし、自分の知識を意図的に増やすことができる」
その説明では理解しきれなかったような顔をティベリオがしたので、仁は補足説明を行った。
「自分の知識を増やすことができるというのは、これを使うことで魔結晶に蓄えた情報を脳に直接読み取ることができるようになるからなんだ」
『読み出し』や『読み取り』は『魔導式』を視覚的に読むことはできるが、直接は読み取れないのだ。
では、『知識転写』が使えない魔法工作士は、どうやってゴーレムや自動人形を作っているのか。
「1つには、1からの教育だ。赤ん坊を教えるようにして育てていく。だが、これはごく初期にのみ使われた手法だ。あまりにも時間が掛かりすぎるから、今は廃れている」
「はい」
仁は説明を続ける。
「2つめは、教育用の魔導具を使う。これは『制御核』に情報を『教えて』いくものだ」
『知識転写』とは違い、あくまでも通常の手段で教えていくもの。
具体的には、仮の『耳』を付けた『制御核』に、音声や魔力波で必要な知識を教えていくのだ。
とはいっても、人間の2倍から5倍(制御核のグレードによりばらつきがある)の速度で教育できるし、『忘れる』ことがないから効率はいい。
また、24時間ずっと行えるので、結果として『1』の方法の10倍くらいの速さで教育は完了する。
「3つめ、これが今の主流なんだけど、『規格化』された『魔導式』を一つ一つ『書き込み』していく。だいたい100節くらいだから、半日仕事だな」
基本動作や言語知識などを一つ一つ書き込む。基本はアドリアナ・バルボラ・ツェツィが作り、その後、長い年月を掛けて洗練されてきた『魔導式』である。
「あと、最近使われはじめた『複写』。これは『知識転写』の劣化版と言える。だがなかなか使い勝手がいいし、使える者も多い」
かつて、セルロア王国で行われた『ゴーレム競技』に飛び入り参加したジックスが編み出した技法だが、その後研究され、一般に広まりはじめている。
「ということで、『知識転写』を使えると一番いいんだ。まずティベリオの適性を調べよう」
「わかりました」
* * *
結果から言うと、ティベリオには素質があった。そこで仁は必要事項を書き込んだ魔結晶を『知識転写』で複製させ、ティベリオ自身に『知識転写』させる。
「これが工学魔法の世界ですか……」
その膨大な知識量に愕然とするティベリオ。
「ああ、うん。一部、初歩的な科学知識も含まれているからな」
中学生レベルの科学知識があると、魔法を運用する上で効率が段違いなのだ。
「さて、それでは特訓開始だ」
『記憶した』だけの知識は何の役にも立たない。使いこなせてはじめて意味があるのだ。
「ではまず、この青銅で球、立方体、正四面体を10個ずつ、同じ重さになるように作ってくれ」
「はい。……ええ!?」
「重さをまず揃えてから『変形』すればできるさ」
「や、やってみます……」
このようにして基本的な『立体把握感覚』を養う。
「このアダマンタイトのインゴットから『変形』で厚さ0.1ミリ、幅50センチの板を作ってみてくれ。長さは任意だ」
「は、はい」
アダマンタイトは『変形』への抵抗が大きく、これにより『変形』の『力』を養う。
「この金属を分析してみて欲しい。何と何が含まれているかわかるかな?」
「やってみます」
「鉄に炭素を加えた炭素鋼がある。これを使って包丁を作ってみよう」
「やってみます」
得られた科学知識を身につけるための実践的なレッスンも行っていく仁。
2日間という限られた時間なので、少し詰め込み気味になるのは仕方がない。ティベリオも、文句も泣き言も言わず頑張っている。
もちろん、休憩も食事もきちんと取っている。ブラック企業で働いていた仁だからこそのスケジュール管理だ。
「治癒魔法も、簡単なものが使えた方がいいからな」
「はい、頑張ります」
作業中に怪我をすることもあり、治癒魔法は覚えておいて損はない。
ティベリオもそれはわかっているので、必死になって覚えていくのであった。
休憩時間に。
「疲れたかい?」
「はい、正直言って。でも、充実してます。今までできなかったことができるようになる、知らなかったことがわかる。新しい世界が目の前にあるんですから」
「そう言ってもらえると教え甲斐があるよ」
特訓のあとは温泉に浸かってリラックスし、睡眠も8時間。
翌日はまた特訓……。
そして2日間が過ぎた。
* * *
6月16日。マルシアがカイナ村を去る日でもある。
「マルシアおねえちゃん、またきてよね!」
「うん、きっと遊びに来るよ」
「きっとだよ!!」
転移門があるので、その気になればすぐに来られるので、マルシアは子供たちの要望を請け合った。
「マルシア、船をありがとう」
仁も礼を言う。
「依頼だったからね。こっちこそ、いろいろ勉強になったよ。それに……」
隣にいるティベリオをちらと見るマルシア。
「いい『相棒』に巡り会えたみたいだし、さ」
少し顔が赤いのは、日に焼けたせいだけではないだろう。
「それに、仁の『対策』、参考にさせてもらうよ」
「うん、そうしてくれ」
仁は、2艇の船に『錨』を付けたのだ。こうすることで、例えば川の上で停止したい時などに、船が流されずに済む。
また、川で泳いでいて船に戻りたい時にも、船の位置が変わらないというのは有効だ。
仁としては最悪のケースとして、溺れた子を助けることも想定していた。口には出さないが。
そのため、ロープ付きの浮き輪も救命用に用意し、両方の船に積んだ。船頭ゴーレムが投げて救助する時に便利である。
「ロドリゴさんもお身体に気をつけて」
「ジン殿、ありがとう。……いい後継者ができたようで、私も嬉しいですよ」
そう言ってロドリゴはティベリオをちらと見た。
その仕草はマルシアとそっくりで、やっぱり親子だなあ、と密かに感心した仁であった。
「いろいろお世話になりました」
晴れやかな顔で仁に向かってお辞儀をするティベリオ。
「うん、頑張れ。ティベリオならできる。マルシアとロドリゴさんを支えてやってくれよ」
「はい、力の及ぶ限り」
こうして、『乖離』のティベリオは唯のティベリオとなったのであった。
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