49-40 家族の形
エキシの実家に戻ったエルザは、仁に報告をした。
「そうか、肝炎だったのか。家族に移っていなかったのは幸いだったな」
「ん」
だが、治療は済んだので、これから徐々に体力は回復してくるだろうと思われる。
「ペルシカジュースを持って行ければもっとよかったな」
蓬莱島産のペルシカジュースは滋養強壮にも著しい効果がある。
「あとで取り寄せて、モーリッツさん名義の見舞い品として送るのもありかもな」
薬ではないので即効性はないが、それでも飲んで半日もすれば効果は体感できる。
ということで、仁は10本ばかり老君に指示をして送らせた。
2分後、転送機によって20本のペルシカジュースが送られてくる。
うち10本は疲労気味のモーリッツ用だ。
さっそく、20本のジュースはエドガーに持ってもらい、兄モーリッツのところへ行くエルザ。
セドリックを治療したと報告すると、モーリッツは胸をなで下ろした。
「肝臓、という臓器が悪かったのか、だが、エルザが治してくれたんだな。ありがとう」
「体調が戻ったら、また仕えてくれないか、と話をしておいた」
「そうか、この前の話を覚えていてくれたか。ありがとう」
「で、これを、飲んで」
エドガーがテーブルに20本のペルシカジュースを置いた。
「10本は兄さまに。もう10本はセドリックに、あげて」
渡しに行く際、家宰への復帰と代官になる打診をしてくればいい、とエルザは言った。
「そうだな。そうしよう。気を遣ってくれてありがとうな」
モーリッツは妹に深々と頭を下げたのだった。
一方、仁が居間にいると、小さな足音が聞こえた。
そしてすぐにユウとミオが姿を現し、その後からマルレーヌがやって来た。
「おとうさん」
「おとうさん」
2人は仁に飛びついた。
「ユウ、ミオ、お祖母様に遊んでいただいたのかい?」
「うん!」
「はい!」
「ジンさん、ユウちゃんもミオちゃんも本当にいい子ね。おかげで主人も調子がよくなったみたいよ」
「それはよかったですね」
孫をかまうことで脳が活性化したなら、それはいいことだ、と仁は思った。
「ふふ、また双子ちゃんたちを連れて遊びに来てくださいね?」
「はい、できるだけ」
「お願いね」
そんな話をしつつ、仁は右手でユウの、左手でミオの頭を撫でていた。
そこにエルザも戻ってくる。
「お母さま」
「あら、エルザ。……モーリッツの相談に乗ってくれているの?」
「うん」
そこでエルザは、セドリックを見舞いに行き、治療もしてきたと話をした。
「あら、そうだったの。悪いわね、こっちの家のことで手間を掛けさせてしまって」
「ううん。……できることをしただけ。それに、実家のことだから」
エルザはエルザなりに、家のことを考えているのだ。
* * *
その日はエルザの実家にもう1泊することになった。
思った以上に、ユウとミオがゲオルグに懐いたのである。
そしてゲオルグもまた、双子と遊ぶことで、随分と調子を取り戻していた。
「ほら、いく、ぞ」
ゴム……いや、スポンジボールを双子に向けて軽く投げるゲオルグ。ユウとミオは先を争ってそれをキャッチしに行く。
それを眺めている仁、エルザ、マルレーヌ。
「ちょっと前までは、あんな風にボールを投げることなんてできなかったのよ」
それが、なかなかのコントロールでボールを投げているではないか。
「すごく、いいリハビリ?」
「そうなんだなあ……」
エルザも仁も、双子と遊ぶゲオルグを見て、しみじみと感じていた。
* * *
「……ありがとう、エルザ」
「いきなり、どうしたの?」
ユウとミオがお昼寝をしているので、少し離れた場所で仁とエルザは3時のティータイムを楽しんでいた。
「今回エルザの実家にお邪魔して、しみじみと『家族』というものに触れたなあ、と思ってさ」
「……」
仁が孤児だったことをエルザは思い出した。
「家族の絆って、いろいろな形があるんだなあ」
「……ん」
そんな仁に、エルザは軽々しく言葉を掛けることができず、ただ小さく頷いただけ。
礼子もエドガーも、沈黙を守っていた。
* * *
そんな時、外が騒がしくなった。
「……どうしたの?」
エルザは、慌てて走り回っている侍女の1人を捕まえて尋ねた。
「あ、え、ええと、火事です!」
「何!?」
火事と聞いて、仁も腰を上げた。
「どこで?」
「……隣の村のようです」
どうやら村に大火事が発生し、領主の所へ助けを求めに来たらしい。
慌てた様子でモーリッツがやって来た。
だが、仁はそれを押しとどめる。
「義兄上は軽々しく出てはなりません」
「ジン殿?」
「ここは、俺が行きましょう。……エルザ、子供たちを頼むぞ」
エルザは微笑みながら頷いた。
「はい。……行ってらっしゃい、あなた。……エドガー、あなたも行きなさい」
「はい。行ってまいります、エルザ様」
「よし、礼子、エドガー、行くぞ」
そして仁は、知らせに来た男がいるという東側にある通用門へ向かった。そこには、右肩から腕にかけて火傷を負った男が蹲っていた。
「礼子、治してやってくれ」
「はい、お父さま。……『快復』」
「……や、火傷が!? あ、ありがとうございます!」
痛みが消えたことに驚いた男は、火傷が癒えていることに気が付くと大喜びで礼を言った。
「礼は後だ。火事の場所はどこ……いや、あれがそうだな?」
通用門の外左手……つまり屋敷の北にある森の彼方に煙が上がっているのが見えた。
「は、はい」
「よし、『コンロン3』で行くぞ! 君も付いてこい!」
仁は、礼子、エドガー、そして村の男……名はジェスというのだそうだ……を連れ、屋敷の前庭に駐めた『コンロン3』へと駆け込んだ。
「『コンロン3』発進!」
午後の空に『コンロン3』は飛び立った。目指すは北の森である。
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