49-27 川舟開発
「うわぁ!」
悲鳴の後、ざばーん、と水音が響く。
ここはカイナ村。村の南を流れるエルメ川に、人の声がこだましていた。
「マ、マルシア!」
心配そうな声を上げているのはロドリゴ。川に落ちた娘を心配しているのだ。
だが、ぷはぁ、と水から顔を出したマルシアは、
「大丈夫だよ、父さん」
と言って川の中から手を振った。
先日、仁の誕生会に出席した際、カイナ村在住のルルナやクーネといった娘たちから、エルメ川で使えるような船を造ってもらえないかという相談を受け、こうしてやって来たというわけだ。
そしてその手始めとして『筏』でエルメ川を下ってみようとしていたのだが、思った以上に筏の向きが安定せず急流に弄ばれてくるくると水面で回転し、マルシアは振り落とされたというわけだ。
荒海でならしたマルシアも、川となると勝手が違ったのだ。
「ほら、ちゃんと『ウエットスーツ』を着ているから寒くないしさ」
今マルシアは、サキが開発した『発泡マギ・ポリエチレン』で作られたウエットスーツを着用していた。
『発泡マギ・ポリエチレン』、略称は『EMPE』(Expanded MagiーPolyEthylene)。
溶融したマギ・ポリエチレンに圧力を掛けてから減圧し、発泡させたもので、サキがハンナの助言により開発に成功したものだ。
その発泡構造により、断熱効果が高く、衝撃吸収性も持ち合わせている。
しかし、身体にフィットしたウエットスーツは、マルシアのボディラインをいやが上にも際立たせていた。
父ロドリゴは、そんな娘が心配な上、今年で30になるというのに一向に結婚を考えようとしないことに心を痛めていた。
流されていった筏は、二堂城勤務のゴーレムメイド、アクア101が回収してくれた。
というのも、アロー、アルコ、ヴェイルといったゴーレムたちはポトロックの店で留守番しており、カイナ村にいる間はこのアクア101がマルシアの手伝いをしているのだ。
「よーし、もう一度だ」
マルシアは回収した筏に、ロドリゴと協力していろいろな付属物を取り付けていった。いずれも船の安定性に寄与するだろうと思われるものだ。
今度は方向安定性を増すべく、フロートを左右に張り出させてみた。
「じゃあ、行ってきます」
「気をつけるんだぞ」
* * *
「……ああ、疲れた」
「ご苦労様、マルシアさん」
1日筏に乗り……いや半分は放り出されて川を泳いでいたマルシアは、さすがに疲れ、カイナ村の温泉で手足を伸ばしていた。
一緒に入っているのは依頼人の1人、バーバラである。というか、依頼は複数の娘たちから出され、そのパトロンがバーバラであるといっていい。
つまり費用はバーバラ……と言うかエリック商会持ちなのである。
そのバーバラは、お腹を優しく撫でた。2人目の子供を懐妊中なのである。
「思ったより大変だったよ」
「えーと、ごめんなさい?」
「いや、面白いから謝ってもらう必要はないさ。やりがいがあるし」
ちょっと済まなそうなバーバラに、マルシアは笑いながら言った。
「そう? それならいいんですけど」
「それに、今日1日でだいたいの構想はできたしね」
え、もう? と驚き顔のバーバラに、マルシアはにかっと笑いかけた。
「そこはそれ、専門家だしさ」
その笑顔はいかにも楽しそうであった。
マルシアが泊まっているのは二堂城である。
『ファミリー』として、だけでなく、エルメ川に近いという利点もあるからだ。
また、ここには小さいながら工房もあるし、素材も置いてあるので、仁に断れば自由に使えるのだ。
そしてマルシアが二堂城の玄関口に差し掛かったとき。
「お帰り、マルシア」
「ジン!?」
その仁が出迎えた。
「どうしたんだい、今日は?」
「ええと、お客さんを連れてきたんだよ」
「お客?」
「こんばんは」
仁の後ろから現れたのはシオン。
「ああ、シオンさんか、お客っていうのは」
だが、そのシオンの後ろにもう1人。
「あのね、この人を紹介したくて」
「はじめまして、『乖離』のティベリオです」
ぺこりとティベリオは頭を下げた。
彼は身長180センチ、78キロ。灰色の髪、灰色の目をしている。クォーターなので見かけも実年齢も28歳だ。
「あ、ど、ども、マルシアです」
仁はまずは中へ入れと全員を促し、小会議室へと案内した。
「お帰り、マルシア」
「ロドリゴさん、今いいですか?」
マルシアの父ロドリゴも既に帰ってきていたので、小会議室に来てもらうことにした。
「こちらは、『乖離』のティベリオだそうだ」
「ティベリオです、よろしく」
「ロドリゴです。こちらこそよろしく」
簡単に挨拶を交わした後、本題に入る。
「シオンによれば、ティベリオは船造りに興味があるそうなんだ」
「そうなんです。ノルド連邦ではあまり船は使いませんが、これからは海にも出た方がいいと思っているんです」
確かに、ノルド連邦では、交通機関としての船は発達していない。
というのも、『転移』の魔法を使える者がいるため、氏族間の移動で不便はなかったのだ。
加えて、近年は仁が寄贈したゴーレム馬があるため、そうした『足』としての不満は出ていなかったというのが実情である。
「……『乖離』の氏族は内陸に住んでいるのでは?」
今まで黙って話を聞いていた礼子がぼそりと言った。
それに対してティベリオは、
「ええ、仰るとおりです。ですが俺は……実のところを言うとクォーターでして、あまり氏族領にはいないんですよ」
ティベリオは少し残念そうに、己の出自を説明する。
それによれば、彼の祖母はローレン大陸の人間だったそうだ。既に亡くなっており、国名は聞いていないとのこと。
仁はもしかすると、過去のカイナ村の誰かだったのかもと想像していた。
それはともかく、クォーターであるためか、なんとなく氏族領に居づらく、各地を転々としていた過去があり、ローレン大陸との国交が正式に結ばれた今、こちらで暮らしたい……、とまで言い始めたのにはシオンも少し驚き顔であった。
「さて、そういうわけなんで、マルシアとロドリゴさんには悪いんだけど、しばらくの間ティベリオに……そう、見学させてやってくれないかな」
実際に船を開発するところを見せてやりたい、と仁は言った。
「ああ、いいとも」
マルシアは快く引き受けてくれた。
「造船工が増えるのは嬉しいしな。……そうなると、北方民族初の造船工ということになるんじゃないかな?」
ロドリゴもまた、ティベリオのことが気に入ったようだった。
「よし、そうと決まったら、話を聞かせてくれ」
仁が仕切り直す。
基本的に手は出さないが、カイナ村で出された依頼なので、領主である自分も知りたいから、と理由を口にした。
だがその場にいる全員が、それは単なる建前で、本当のところ、仁は自身も参加したくてたまらないのだろうと思って……いや、知っていたのだった。
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3月31日(土)、異世界シルクロード(Silk Lord)更新しました。
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