49-08 初会談
疲れた晩餐会の翌日、つまり5月2日。
昼過ぎに仁は、エルザと礼子、そして新作自動人形を連れて宮城へ向かった。
まずはいつもの執務室へ。
歩く廊下も、掛けられているタペストリーや絵画の何割かが新しいものに変わっていた。これも新体制の象徴なのだろう。
とはいえ、すれ違う侍女や女官の大半は顔見知りである。
「一気に入れ替えは、無理が出る」
エルザの言葉に、仁も頷いた。
「そうだよな」
宮城の侍女は、その大半が、騎士爵、準男爵、男爵といった下級貴族の子女である。
行儀・家事見習いの意味もある上、宮城勤めであったということは一種のステータスになるのだ。
有力な貴族と知り合いになる機会もあるし、運がよければ見初められて夫人に……と言うケースも。
対して女官は、中級貴族の子女が多い。
「……でも、女官長はフローラさんじゃ、なくなるみたい」
彼女は、元近衛女性騎士であったが、真面目な性格を買われて、女皇帝付きの女官となり、女官長にまで昇った。
フローラ・ヘケラート・フォン・メランテの実家は子爵家で、ロイザートの屋敷のお向かいさんになる。それで、エルザもいろいろと噂話が聞けるらしい。
「近衛騎士の方と一緒になるそう。つまり寿退職」
「へえ。それはおめでたいな」
エルザは、ロイザートの屋敷で過ごしているときは、ご近所づきあいとして近所の奥方たちのお茶会に招かれており、そういった場で聞いたという。
「なるほどなあ」
貴族同士でも奥方は噂好きだなあ、と感心した仁であった。
そして執務室に到着。
重厚な扉の前に立つ近衛騎士に一声掛けると、
「伺っております。ジン様、エルザ様、レーコ様、そして……?」
「ああ、この子は太上皇帝陛下に献上するために連れて来ました」
「は? ……す、すると自動人形ですか! いやあ、すばらしい。……どうぞ、お通りください」
騎士は扉を開けてくれた。
「ジン・ニドー、入ります」
「いらっしゃい」
仁の声に答えたのは、聞き慣れた女皇帝……否、太上皇帝の声だった。
「失礼致します」
「待っていたわ、ジン君、エルザ、レーコちゃん」
そこにいたのは太上皇帝と新皇帝、そして宰相、それに初めて見る女官が一人。
驚いたことに太上皇帝は執務机の中央に収まっていた。だが、
「……陛下、ごめんなさいね。これで最後。最後に一度だけ、ジン君たちを自分で迎えたかったのよ」
と言って立ち上がり、席を譲る。
「いえ叔母上、気にしないでください」
新皇帝はにこりと微笑んで、本来の自分の席に腰を下ろした。
「早速来てくれて嬉しいわ。まあ、座ってちょうだい」
「はい、失礼します」
女官が用意してくれた椅子に腰を下ろす仁とエルザ。
「……ええと、何から始めましょうか」
そんな太上皇帝は、仁の後ろに控える礼子、そのさらの後ろにいる自動人形にちらりと目をやった。
それを知った仁は、
「ではまず、この子を紹介しましょう」
と言って、自動人形を手招きした。
「最新の子です。太上皇帝陛下に献上するために作りました」
「まあ!!」
太上皇帝は、その子をまじまじと見つめる。
「かわいいわ……! この子の名前は?」
「まだ付けていません。付けてあげてください」
太上皇帝はしばし考えたあとで、
「あなたは『アルル』よ」
と名前を呼んだのであった。
「はい、私はアルルです」
そして自動人形はそれを受け入れる。
ここに、主従関係は決定した。
「陛下、末永く可愛がってやってください」
「ええ、もちろんよ、ジン君、エルザ、ありがとう」
満面の笑みの太上皇帝に、仁とエルザは贈ってよかった、と思ったのである。
そして。
「これからの皇国のことを説明しておきますね。……そのまえにこの子の紹介をしておかないと」
太上皇帝は女官を手招きした。
「この子はリゼット・アウエンミュラー。私が育てていた子の1人よ」
明るい茶色の目と髪をした小柄な子だった。小柄だが、スタイルはいい。
「リゼット・アウエンミュラーと申します、ジン様、エルザ様、レーコ様。以後よろしくお願い申し上げます」
リゼットは生真面目な性格らしく、礼子にもきっちりと頭を下げて挨拶をした。
「こちらこそよろしく。……陛下、育てていた、とは?」
その言葉に引っかかりを覚えた仁が質問する。
「そうね、それも話しておこうかしら。というより、それが今日の主題なんだけどね」
「叔母上、私から話させてもらえませんか?」
それまで1人蚊帳の外に置かれていた感のある新皇帝が発言した。
「ああ、そうね。……陛下、お願いいたします」
「……では」
こほん、とわざとらしく咳をして、新皇帝ヴァイスベルグ・エルンスト・フォン・ショウロは語り始めた。
「先程叔母上が仰ったが、我が国では数年来の教育の成果が出始めている。その教師はもちろんジン殿……ニドー卿が寄贈してくれた『指導者』である」
後ろでは宰相が無言のまま頷いている。
「『指導者』によって教育を受けた者たちが、そろそろ教師役になって生徒を教え始めているのだ。また、教師だけではなく、国の要職に就く者もいる」
その1人がリゼット・アウエンミュラーだ、と新皇帝は言った。
「そういうことでしたか」
「うむ。教育の重要さは、今や我が国の貴族ほとんど、そして一般庶民にも浸透しつつある。そこでだ」
新皇帝は一拍置いてから仁を真っ直ぐ見据えて、
「新しい教育機関を作ろうと思っている。その相談役になってもらいたい」
と言ったのだった。
「そういうことですか」
仁は納得した。新皇帝となり、体制が新しくなったこの機会に、教育機関の充実を図ろうということだろう、と。そしてそれを新皇帝の業績としたいのだろう、と。
「どうだろうか。もちろん、長時間の拘束はしない。ニドー卿がそういうことを好まないのは知っているからな」
「どうかしら、ジン君」
仁は少し黙考した後に答えを口にした。
「わかりました、協力させていただきます」
これには太上皇帝、新皇帝、宰相、女官皆が顔を綻ばせた。
「おお、さっそく承知してくれてかたじけない」
ここで宰相が口を開き、仁に礼を述べた。
これについては後日、仁の都合に合わせて第1回目の会合を持つことになる。
「そして、あと1つは、私の隠居場のことね」
元女皇帝……太上皇帝が微笑みを浮かべながら切り出したのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180312 修正
(誤)
「へえ。それはおめでたいな」
「なるほどなあ」
エルザは、ロイザートの屋敷で過ごしているときは、ご近所づきあいとして近所の奥方たちのお茶会に招かれており、そういった場で聞いたという。
(正)
「へえ。それはおめでたいな」
エルザは、ロイザートの屋敷で過ごしているときは、ご近所づきあいとして近所の奥方たちのお茶会に招かれており、そういった場で聞いたという。
「なるほどなあ」
orz
(旧)こほん、とわざとらしく咳をして、新皇帝エルンストは語り始めた。
(新)こほん、とわざとらしく咳をして、新皇帝ヴァイスベルグ・エルンスト・フォン・ショウロは語り始めた。




