48-22 あぶり出し
今、仁は本気で『変調式指示器』を作っていた。
その速さに、エイラは目を見張っている。
「な、なんだい、この速さは……追いきれないよ……」
『変形』『書き込み』『融合』を駆使し、『魔導回路』を刻み込み、『魔導装置』を組み上げ、『魔導機』を形にしていく仁を見て、エイラは開いた口が塞がらなかった。
「これが……ジンの本気ってわけか……」
実際は半分くらいである。蓬莱島の研究所でなら全力が出せる仁であるが、一般の工房などではなかなか難しいことを経験的に知っているのだ。
それは、素材の純度や作業台の強度、耐性による。
純度の低い素材を超高速で変形すると、不純物の混入や格子欠陥など、不完全な原子・分子構造の有る部分が劣化しやすい。
魔法工学理論では、そうした不純物や欠陥で抵抗を受けて魔力の伝播が遅くなるため、変形速度が上回った場合に亀裂を生じさせることがある、と説明している。
もっともこれは『魔法工学師』や、それに準ずる製作速度の時のみ問題になることで、通常は気にする必要はない。
事前に『純化』や『構造変形』を使って素材の『ならし』をする手もあるのだが、それはそれで時間と手間が掛かるため、今回は使っていない。
もう1つ、作業台の強度、耐性というのは、本気を出した仁の魔力の余波……0.0001パーセントほど……を受けて変形したり脆くなったりしてしまうことがある。
蓬莱島の工房の作業台、用具は全て高い魔法耐性を持っているので仁が全力を出してもびくともしないのだ。
ということで、10分程掛けて仁は『変調式指示器』を完成させた。
時刻は午前11時30分。
「よし、あと30分の余裕があるな」
仁は念のために『変調式指示器』の動作チェックを行ってみることにした。
周囲に影響を出してはまずいので、
「礼子、『魔法障壁』を張っておいてくれ」
「はい、お父さま」
魔力波を遮る結界を張ってからのテストだ。
内側からの魔力波を外に出さないために張るという珍しい使い方である。
「準備完了です」
「よし、『起動』」
一瞬だけ、『変調式指示器』が動作する。
「う、うわあ!」
耳を押さえるエイラ。だが、『変調式指示器』の動作は一瞬なので、すぐに平静を取り戻した。
「ど、どうした?」
「あ、ああ。なんだか、耳……というか頭の奥を揺さぶられたような気がして……」
「ふうん?」
自分も礼子も何も感じなかったのだが、エイラは感受性が強いのだろうか、と考える仁。
だが、そちらを追究するのは後回しだ。
「礼子、どうだった?」
「はい、お父さま。きちんと動作したようです」
「そうか」
礼子はその感知能力をもって、『変調式指示器』の動作を『魔法障壁』を張りながら確認してくれたのである。
「これならなんとかなるかもな。あとは場所の選定か」
中心に近いところで起動するのがもっともよいだろうと仁は思っている。
「ここは中心孔に近いから、高い場所で使えばいいか」
「ああ、それなら近くに管制塔があるよ」
エイラによると、上空を通過する航空機のために、高さ200メートルほどの管制塔が『アヴァロン』の各所に建てられているというのだ。
「よし、そこにしよう」
研究棟から100メートル程離れた場所にそれはあった。
作業者や資材を運ぶためのエレベーターが付いていたので、仁と礼子はそれを使い、天辺近くまで上がった。
エイラは残る。というより、『変調式指示器』によりあぶり出される敵装置を探す要員は1人でも多い方がいいからだ。
「ああ、いい眺めだ。ここならいいだろう」
午前11時50分、仁と礼子は準備を整え、予定時刻を待つのであった。
* * *
午前11時55分。
『アヴァロン』には、100体のマキナゴーレムと『500体の』ランド隊。それに『アヴァロン』住民1500人の目が光っていた。
ちなみにランド隊は、老君により転移装置で密かに送り込まれたもの。ちょっと見にはマキナのゴーレムとの見分けは付きにくいし、全部で何体いるのかを確実に把握できるわけもないので、どさくさに紛れて総数を増やしているのだ。
さらにいうと、仁がせっかくの正月をのんびり過ごせなくなった元凶に対し、静かに憤っている老君なのであった。
午前11時56分。
「あと4分か」
壁の時計を見ながらトマックス・バートマンが呟いた。彼は己の執務室を担当している。前任のグラハム・ダービーが何か仕掛けていった可能性があるからだ。
午前11時57分。
「あと3分」
エレナが呟いた。彼女は内蔵されている時計機能により、時刻を正確に知ることができる。
彼女は迎賓館1階を担当していた。
午前11時58分。
「あと2分だな」
マキナ3世が自分に確認するように呟いた。彼とレイは空港にいる。
午前11時59分。
「あと1分」
仁が呟いた。
「……59……58……57……」
礼子がカウントダウンをしてくれている。
「……30……29……28……27……」
眼下に『アヴァロン』の一部が見えている。仁自身も、この高みより監視するのだ。
「……11……10……9……8……7……」
仁は『変調式指示器』に手を触れた。こうすることで、眼下の監視を途切れさせることなく、確実に起動させられるのだ。
「……3……2……1……」
礼子の声が響く。
「0!」
「『起動』!」
刹那、『変調式指示器』が動作し、1秒後に停止した。
だが、その1秒の間に幾つかのことが起こった。
1つ、『アヴァロン』内のゴーレム、その一部が0.2秒ほど動作を停止した。これは『変調式指示器』による『割り込み』のせいだ。
2つ、『アヴァロン』内の魔導機の一部が0.1秒ほど誤動作した。これも『変調式指示器』のせいであるが、織り込み済みのことなので誰も慌ててはいない。
そして3つめ。これこそが、仁たちが意図した反応。
つまり、『アヴァロン』の数箇所……正確には4箇所で、正体不明の魔道具もしくは魔導機の反応があったのである。
* * *
その1つは商業区に隣接する緑地の中。
見つけたのはマキナゴーレムの1体だった。
淡く光を放ったのは僅かに0.05秒くらい。だが、それだけの時間があれば、ゴーレムの反応速度には十分である。
緑地に設置された街灯に擬装されたそれを、マキナゴーレムの1体は確保した。
2つめは『空港』とは正反対に位置する飛行場……民間用のエアポート、その片隅にあった。
発見したのはエレナである。
「こんなところに……」
エレナはすぐにそれを掘り起こした。
3つめはなんと研究棟の屋根に取り付けられていた。
発見したのは仁と礼子である。
そして4つめは……。
正体不明の魔道具もしくは魔導機、その4つめの反応があったのは、最高管理官トマックス・バートマンの執務室、その執務机の引き出しの奥であった。
発見したのはマキナゴーレムの1体。
巧妙に擬装されていたため、人間にはまず見つけられなかっただろう。
引き出しの奥の板……2センチほどの厚みがあるのだが、その板に穴が開けられ、直径1センチほどの魔導機が収められていたのである。
もちろん木目も合わせた巧妙な蓋がしてあったのはいうまでもない。
だが、ゴーレムの目は誤魔化せなかった。
「こ、こんな所に隠してあったのか……!」
悪態と共に、トマックス・バートマンはその魔導具をつまみ出し、机の上に置いたのだった。
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20180215 修正
(誤)高さ200メートルほどの管制塔が『アヴァロン』の各所に立てられているというのだ。
(正)高さ200メートルほどの管制塔が『アヴァロン』の各所に建てられているというのだ。




