48-17 タイマー
「俺の故郷では、大晦日に『除夜の鐘』っていうのが鳴るんだ」
30日夜、蓬莱島の『家』で、掘りごたつに入って、仁はエイラ、カチェア、グローマ、シオン、マリッカ、ロードトス、リュドミラ、ヴィータらと談笑していた。
ちなみに、ノルド連邦組とそれ以外で、2つのこたつに分かれて入っている。
ところで、少し意外なことに、エイラたち3人は仁の出身地について詮索していない。
仁が『魔法工学師』であることを知ってから、あれこれ詮索することの無意味さを知った……ように見える。
「鐘は108回鳴らされてさ。同じ数だけある人間の煩悩を払ってくれる、という謂われがあったな」
「ふうん、面白いな」
赤い顔でエイラが相槌を打った。
ちびちび飲んでいる日本酒で酔ったらしい。
カチェアはコタツの上に置かれたみかん……品種改良されたシトランを食べている。
「この……『みかん』でしたっけ? 手で楽に皮を剥けるのでいいですね」
普通のシトランは皮が厚く、手で剥くには少し苦労するのだが、蓬莱島産のものは楽に剥ける。そういう意味では『みかん』に近い。
そこでさらに味も仁の記憶にある『みかん』に近づけるため、五色ゴーレムメイドのトパズらが枝変わりなどの突然変異を探していたのである。
それは文字どおり見事に結実し、200年程前から蓬莱島には『みかん』が生るようになっていたのであった。
さらに、ラモンを掛け合わせるなどの試みも行われ、その結果、『ゆず』と『夏みかん』によく似た品種もできあがっていた。
「あたしはこの『こたつ』が気にいったよ。自分の部屋も『たたみ』と『こたつ』を導入しようかなあ……。あ、『座布団』も」
「エイラさんがそれやったら、冬は絶対こたつから出て来なくなりますよね?」
カチェアに言われてエイラは頭を掻いた。
「まあもっとも、『アヴァロン』の冬は短いし、あまり寒くないけどな」
と、グローマ。正論である。だが。
「お前はそういうお堅いところがな……」
と、呆れたようなエイラの言葉が投げられた。
「う、うるさいな! 自分でもわかってるさ! ……少しは」
グローマも、自分があまりユーモアのセンスがないことをわかってはいるようだ。
「仲がいいわね」
シオンはふんわりとした笑顔で、そんなエイラとグローマを見つめていた。
「ええ、あの2人は『ケンカするほど仲がいい』っていう……」
カチェアが頷いた。
それを耳にしたマリッカも微笑ましいものを見るような目をしている。
「サキさんとグースさんもあんな感じじゃありませんでした?」
と仁に尋ねるマリッカ。
仁は振り返って頷いてみせた。
「確かにな。初めの頃は結構角突き合ってたな。……エイラとグローマはもっと酷いけどな」
大晦日の夜は更けていく。
ロードトスとリュドミラは寄り添ってこたつに入り、ヴィータはそんな兄と将来の義姉を微笑ましそうに見つめていた。
* * *
『アヴァロン』は眠らない。
全体を管理統括する魔導頭脳『アーサー』が、この直径2キロメートルのメガフロートの隅々までを監視している。
もちろん、取り付けたのは400年前の仁であるし、命名も同じ。
その『アーサー』が異常を感知したのは、現地時間で3900年1月1日0時0分0秒1のことであった。
《異常感知。巨大な魔力素反応。第2級警報発令》
3900年1月1日0時0分1秒、『アヴァロン』に第2級警報が鳴り響いた。
「何ごとだ!?」
「これは!?」
この種の警報が鳴ったのは、ここ100年以上なかったこと。
最高管理官トマックス・バートマンをはじめ、『アヴァロン』幹部は面食らった。
(……第2級警報か。内部に異物が侵入している?)
だが、マキナ3世だけは、警報の意味を正しく理解していた。
《侵入者あり。侵入者あり。地下第2倉庫から地表へと移動中》
「近いな」
地下第2倉庫といえば、執務室から50メートル程度しか離れていない。
トマックス・バートマンは、警備ゴーレムを2体起動し、執務室にいた幹部たちと共に外へ出た。
「……マキナ殿?」
そこには既にマキナ3世がいた。
「レイ、気をつけろ。何かが来る」
マキナは従騎士レイに指示を出す。というより、周囲の者たちに聞こえるように、という意味合いが強い。
「はい、マキナ様」
レイは剣の柄に手を掛け、前方を見据える。その方向から近付いてくる『何か』を感じたのである。
今のレイの装備は、全身甲冑とショートソードだ。
フルフェイスの冑の裾からこぼれるように、艶のある青銀色の髪がのぞいている。
そして全身を覆う、白銀色の軽鎧。巨大百足の甲殻と64軽銀を貼り合わせた複合構造である。
総重量は20キロほどと、驚くほど軽い。
そしてショートソードはマギ・アダマンタイト製。超高速振動剣機能付きである。
レイはもちろん自動人形で、ランド以上、礼子以下、の強さを誇る。
「こ、これは!?」
誰かが叫んだ。
地下第2倉庫から現れたのは岩屑や金属塊が集まってできたようなゴーレムだった。
身長3メートル。ごつい外見に似合わず素早い。
(ギガース……?)
老君が蓄えた知識を参照することもできるマキナは、そのゴーレムが『魔導大戦』時に開発され、かつての『統一党』も使役した戦闘用ゴーレムに酷似していることに気がついた。
(ギガースと同系統だとすれば、魔力素を吸収してしまうはず。迂闊な攻撃はできないぞ)
そう、『ギガース』は、周囲の魔力素を吸収して我がものとする特性を持つ。
その中心となるのは『魔力核』で、これを破壊されない限り再生し続けるという厄介な『人工魔物』なのだ。
(ちまちました物理攻撃は無効、魔法攻撃も同じ。『アヴァロン』内で高威力の攻撃は難しい。……さて、どう対処すべきか)
マキナ3世……を操縦している『導師』は考え込んだ。
「奴を止めろ!」
トマックス・バートマンが警備ゴーレムに指示を出した。
「いかん! やめるんだ!!」
と、マキナ3世が制止したのだが、それは一瞬遅かった。
2体の警備ゴーレムは、『ギガースモドキ』に飛びかかり……。
「な、なんと!?」
魔力素を奪われて地に伏した。
とはいえ、魔素変換器仕様なので、数秒後に再起動したが。
「トマックス殿、あいつは過去の兵器『ギガース』に酷似している。触れられると魔力素を奪われるぞ」
「何ですと!?」
マキナ3世の助言に、トマックス・バートマンは青ざめた。
「で、では、どうすれば倒せるのでしょう?」
「幾つか手はあるのだが、どれもこの場では難があるのです」
マキナ3世は、最善の手は思いついていない、と言った。
オーバーキルと思われるほど高威力な攻撃。それが『ギガース』を倒す基本である。
だが『アヴァロン』重要施設のそばで、そのような攻撃は、できればしたくないのであった。
(老君に相談するとしましょう)
『導師』はそう判断し、上司に当たる老君へと連絡を取ったのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180306 修正
(旧)
普通のシトランは皮が厚く、手で剥くには少し苦労するのだ。
そこで五色ゴーレムメイドのトパズらが、皮の薄い、仁の記憶にある『みかん』を再現するべく、枝変わりなどの突然変異を探していたのである。
(新)
普通のシトランは皮が厚く、手で剥くには少し苦労するのだが、蓬莱島産のものは楽に剥ける。そういう意味では『みかん』に近い。
そこでさらに味も仁の記憶にある『みかん』に近づけるため、五色ゴーレムメイドのトパズらが枝変わりなどの突然変異を探していたのである。
その昔、02-07でビーナの弟妹にシトランを手で剥いてあげてました……orz
20190503 修正
(誤)と、マキナ3世が静止したのだが、それは一瞬遅かった。
(正)と、マキナ3世が制止したのだが、それは一瞬遅かった。




