47-19 遊覧
熱闘のあとは、コースを片付けた海で思い思いに走り回っている光景が見られた。
「こうしてみると、みんな上達しているなあ」
350年前……いや、750年前の『魔導大戦』で後退した魔法技術。
400年前にはまだまだ元の水準に戻っていなかったが、今は。
「少なくともこの『オノゴロ島』は戻ったと考えていいだろうなあ。足りないものがあるとすれば……」
「お父さま、それは?」
「科学的な知識かな」
400年前ではまだまだ下地が出来ていないということで、一般的には小学生、『アヴァロン』ですらせいぜい中学生レベルの知識止まりだったはず、と仁。
仁が……オリジナルの仁が没したあと、そのあたりの加減がうまくいっていないのだろうとこっちの仁は推測した。
「ねえねえごせ……ジン様、ジン様の船に乗せて!」
「え?」
物思いに耽っていた仁のところに、ルビーナがやってきておねだりをしてきた。
「まあ、いいけどな」
「やったー!」
仁は微笑みながらルビーナを見た。
ハンナとビーナを足して2で割ったような子、というのが仁の感想だ。
礼子も、なんとなく憎めないらしく、仁に突っかかってきたことや礼子を偽物呼ばわりしたことを根に持つことなく接している。
仁も、この前途有望な子孫に少し期待していた。
ドルフィン号をもやってある桟橋へ向かう仁、礼子、ルビーナ。と、そこにナタリアがやってきた。彼女はマルシアによく似た金髪碧眼だがスレンダーだ。
「あら、ジン様、とルビーナ。……もしかして、ジン様の船に乗るんですか?」
向かう先にあるのは仁の船なので一目瞭然であった。
「あの、もしよかったら、私も……よろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ。5人乗りだから」
「わあ、ありがとうございます!」
「よし、じゃあこれを着るんだ」
『ドルフィン号』に備え付けてある簡易救命胴衣。5人乗りなので一応5セットある。
「大丈夫よ、あたし泳ぎうまいんだから」
そう言うルビーナに仁は、
「駄目だ。何が起こるかわからないんだから、少しでも危険を減らすのが大事なんだよ」
「……はーい」
仁、ナタリアも救命胴衣を着て、ドルフィン号に乗り込む、着ていないのは礼子だけだ。
その礼子はもやい綱を解くと船に飛び乗る。
「ジン様、私に操縦させていただけませんか?」
ナタリアがそう言うので、仁はOKした。
「ええと、舵はこれで、スロットルがこれだからな」
「はい、わかります。私の船と同じです」
簡単な説明をしたが、扱い方は同じなので大丈夫のようだ。
「さて、それじゃあ行こうか」
「はい、行きます」
ナタリアはゆっくりとドルフィン号を発進させた。
「あ、走らせやすい」
「え? どういうこと?」
ナタリアの感想に、ルビーナが食い付いた。
ドルフィン号をゆっくりと沖に向けながらナタリアは、
「うーん、なんていうのかしら。スロットルや舵の反応が、鋭すぎず鈍すぎず、といえばいいのかな」
と答える。
「そうだろうな。この船はレース専用にセッティングしてないからな」
と、仁が口を挟む。
レース専用なら、舵もスロットルももっと過敏な反応するようにセッティングする、と説明。
「そもそも人間じゃなくゴーレムが操縦する前提のセッティングになるからな」
「ああ、この船は、エディスが操縦したときのままなんですね」
「そういうことだな」
礼子が操縦するなら、舵やスロットルの遊びは極小にする、と補足する仁。
「だけどそれじゃあ、いざ人間が操縦しようとしたら扱いにくくてしょうがないだろう?」
「確かにそうですね」
「だから普段はデチューンしてあるんだ」
するとここでルビーナが反応した。
「え? すると、模範航行のときって全力じゃなかったの?」
仁は肯定する。
「ああ、そうだ。だって操縦するのはエディスだしな」
「そ、そうなんだ……因みに、全力ってどのくらいになるの?」
「そうだなあ……今の1.5倍くらいか」
「……」
「……」
ルビーナは、ここ数日の付き合いを経て、仁がこういう時に冗談は言わないこと、またこうした見積もりには余裕があって、おそらく2倍くらいの余裕があるだろうことを理解していた。
そしてナタリアも同様。
2人とも内心、『魔法工学師』がどういう存在か、薄々感じ取ってはいた。
「安全係数、っていうものがある。使われ方や使う場所にもよるから、一概にどのくらい取ればいいとはいえないが、俺は多めに取っているのさ。臆病だからな」
その『臆病』が嵩じて、いろいろなものをとんでもない性能にしていることに気が付いているのは礼子だけだ。
ナタリアとルビーナは真剣な顔で仁の話を聞いていた。
「舵の効きに遊びを持たせると共に、船体には直進性を付与する。つまり、舵から手を放すと、舵が中央に戻って自然と真っ直ぐ走るような調整だな」
「なるほど、勉強になります」
ナタリアは嬉しそうに頷いた。
「俺が見たところ、皆に足りないのは経験だ。いろいろ作るだけじゃなく、それを使う現場のこともよく知っておく必要があるな」
そんな話をしているうちに、ドルフィン号はかなり沖に出ていた。
「じゃあ、速度出します」
ナタリアは一声掛けると、スロットルを開けた。
ぐんと加速するドルフィン号。
「……あ、安定してます」
「高速安定性も重要な性能だからな」
仁は淡々と説明する。
「これだって、幾つか船を作った経験から来ているんだ。それも、一切手を抜かず、妥協せず」
蓬莱島の三胴船といえば『ストリーム』。
その運用中に得たデータによりその都度手直しを加え、バージョンアップしてきた仁。
その集大成が『ドルフィン号』には詰まっているのだ。
「なるほど、とってもためになります」
操縦しながらナタリアが嬉しそうな声で言った。
「そうすると、初めてのものを作る時はどうするの? ジン様」
今度はルビーナからの質問だ。
「そうだな。規模にもよるが、大きいものなら『模型』から始めるんだ。10分の1とか5分の1とかのな」
「ああ、なるほどね」
「そうやってデータを蓄積して試作を作る。回り道のようだが確実だし、結局早く完成できるんだよ」
「そうなの……かなー」
「まだ若いルビーナには難しいかな?」
直情径行的、せっかち、といった形容が似合うルビーナ。
慎重さを身に着けるにはまだ若すぎた。
仁は、じっくり教えていかなきゃな、と思ったのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20171214 修正
(誤)「ねえねえ後……ジン様、ジン様の船に乗せて!」
(正)「ねえねえごせ……ジン様、ジン様の船に乗せて!」
(誤)「そうすると、初めてのものをを作る時はどうするの? ジン様」
(正)「そうすると、初めてのものを作る時はどうするの? ジン様」
20210427 修正
(旧)つまり、舵から手を放すと自然と真っ直ぐ走るような調整だな
(新)つまり、舵から手を放すと、舵が中央に戻って自然と真っ直ぐ走るような調整だな




