46-22 分裂
「誰、かと聞くか。……ジン・ニドー。貴様は恐ろしい奴だな」
雰囲気ががらりと変わったマルキタスは吠えるような声で言った。
「おそらくお前は『多重人格』なんじゃないかと思ってな」
多重人格。現代では『解離性同一性障害』と呼ばれるようだが、マルキタスの場合は多重人格と呼んだ方が相応しいだろう。
何せ、本当に別の人格が潜んでいるのだから。
「『多重人格』か。まあ、私の場合は『二重人格』なのだろうがな」
妙に納得した顔のマルキタスに仁は、
「やはりそうか。やることが首尾一貫していないし、支離滅裂だったからな」
「貴様に何がわかる!」
激昂するマルキタス。
だが、仁も黙ってはいない。仁Dの口を借りて言いたかった言葉を投げ付ける。
「世界に絶望するのは勝手だが、他人を巻き込むのはやめろ!」
しかし、マルキタスはどこ吹く風。
「聞く耳持たぬ」
「……どうしても止めないなら……」
「どうするというのだ?」
「力ずくでも止めてみせるぞ?」
マルキタスは嗤う。
「それもよかろう。やってもらおうではないか」
「お前……」
* * *
仁は蓬莱島司令室で不快感に顔を顰めていた。
「やっぱり、異常だな」
『はい、御主人様。どうにも思考がわかりません』
「老君にもわからないか」
『はい。常軌を逸した思考は、シミュレート不可能です』
「そうだろうなあ」
本人は二重人格と言っていたが、仁の感じた限りでは三重人格に近い気がしていた、
「破壊願望のあるマルキタスと……」
『御主人様と幸福について語り合った、知的なマルキタスですね』
「ああ。そして、物質文明を否定しているマルキタス、とだな」
ただ、最後の人格は酷く曖昧で、比較的まとも? なマルキタスと破壊願望のあるマルキタスに呑み込まれかけている感じがしていた。
「それがわかってもどうしようもないんだがな」
仁は少々憂鬱だった。
『力ずくでも止めてみせる』と言ってはみたものの、自らが手を下すのは憚られる。いや、はっきり言ってやりたくなかった。
一言礼子に命じれば、一瞬で片がつくだろう。だが、こういう形で片をつけるというのを、仁は恐れていた。
「俺が裁いていいと思うのは傲慢だよなあ……」
人治国家ではなく法治国家を目指すなら、やはり『世界会議』に司法的な判断を委ねたかったのである。
「始祖ゴーレムだけなら、俺がやることに躊躇いはないんだが」
『御主人様……』
仁は、面と向かって人の命を奪うことに慣れたくなかったのだ。
だが、運命は仁に味方した。
* * *
「ジン・ニドー、あくまでも我が前に立ちはだかろうというのか!」
「ああ。この世界を守るためならな」
「ふん、形ある物は滅びる定めにあるというのに、愚かにも逆らうのか」
「ああ、逆らうな。それが生きている者の本能だから」
「本能、か。また原始的なことを……うっ」
マルキタス(の傀儡人形)の様子がおかしくなった。
〈マルキタス様!〉
サポート用ゴーレムの様子もおかしい。慌てているようだ。
というのも、同じ型のサポート用ゴーレムが数体現れ、仁の目には『右往左往』しているように見えたのだ。
「お父さま、もしかしてマルキタスの本体に何かあったのではないでしょうか?」
「あ、そうか」
礼子の言うことが当たっているような気がする、と仁は思った。
「ええと、サポート用ゴーレムだっけ? マルキタスの本体はどこなんだ? 治癒魔法なら多少使えるが」
近くにいた1体にそう声を掛けてみると、
〈あなたがですか? ……少々お待ちください〉
と答え、そのサポート用ゴーレムは動きを止めたのである。いや、その場にいた残り5体も動きを止めていた。
「何をしているんだ? ……もしかして……」
訝しんだ仁は、一つの仮説を思いつく。
「このサポート用ゴーレムは、意識や知識を共有しているのか?」
そしてそれは、老君からの報告によって裏付けられる。
『御主人様、そのとおりかと。捕獲したサポート用ゴーレムはまだ解析中ですが、その仮説は大いに可能性があると報告させていただきます』
「わかった、ありがとう」
仁は礼を言うと、サポート用ゴーレムたちに意識を戻した。ちょうどその時、再び彼等は動き出したのだ。
〈ジン・ニドー殿、それでは我等と一緒に来てもらおう。そして、マルキタス様の治療を頼みたい〉
「わかった」
仁Dはサポート用ゴーレムに囲まれて、隣の部屋へと向かった。礼子も付いていこうとするが、サポート用ゴーレムに止められる。
〈申し訳ないが、貴殿はここに残ってほしい〉
礼子の戦闘力を正しく評価しているようだ。
「ですが、私は……」
「礼子、俺は大丈夫だ。わかっているだろう?」
礼子が何かを言う前に、仁Dが遮った。
「……はい、お父さま」
渋々ながら頷く礼子。
礼子が本気になれば、この基地の壁も、薄紙程度の抵抗しかできないのだが、それでも仁Dのそばを離れるのは抵抗があったのだ。
とはいえ、仁本人ではないので、渋々とはいえ従ったわけである。
その隣の部屋にて。
寝台の上に横たわるマルキタスの姿があった。
頭部にはヘルメットかお面のような魔導機が被せられていたが、仁Dたちが近づくと、それが取り払われ、顔がはっきりと見えるようになった。
「彼がマルキタスか……」
傀儡人形によく似ている……いや、傀儡人形が似せたわけなのだが。
だが、かなり老けて見えた。つまり、目の前にいるマルキタスは、高齢のため寿命が尽きようとしているのだ。
サポート用ゴーレムが2体、寝台の左右に付いており、容態をモニタしているようだった。その1体が仁Dに尋ねる。
〈治せますか?〉
「……やってみよう。『治療措置』『全快』」
寿命だとしたら、気休めにしかならないが……と思いつつ、内科・外科双方の治癒魔法を掛けてみる仁D。
だが、幸いにも、マルキタスの容態は少し持ち直したようだ。
「『治療措置』『全快』」
もう一度治癒魔法を掛けてみる仁。
〈また少し、容態が安定しました〉
付ききりのサポート用ゴーレムが言った。
〈ジン・ニドー殿、感謝します〉
思わぬ展開になった、と仁は感じていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20171120 修正
サポート用ゴーレムのセリフは 〈〉 で括ることにしていたのですが、 「」 になっていましたので修正。




