46-09 2つめの
「やはり『魔法無効器』は効かないか。思ったとおり、かなりの技術力を持っているな」
先程の『魔法無効器』は単なる小手調べであった。
「少し早いが、2つめの切り札を切るか」
ギジェルモ・マルキタスは、サポート用ゴーレムに指示を下した。
「こちらが風上だな?」
〈はい、そのようです〉
「よし、各船に腐食液を用意させろ」
〈はい、マルキタス様〉
「……『魔力模倣機』は通じないようだが、こいつはどうかな?」
〈全船、散布準備完了しました〉
「よし、散布!」
ギジェルモ・マルキタス配下の飛翔船5隻が腐食液の散布を開始。
「ふふふ、『暴食バッタ』から合成した腐食液だ。海竜の素材とて例外ではない。金属など溶かしてしまうぞ」
何十年、何百年かに一度、条件が整うことで大発生する暴食バッタ。
その飽くなき食欲の秘密は、体内で分泌される溶解液にあることが今ではわかっている。
この溶解液により、暴食バッタ自身の胃(に相当する器官)も少しずつ溶かされるのだが、その溶かされた分を補うために食物を欲するという悪循環が生じているという。
この溶解液の前には金も白金も、アダマンタイトでさえも溶かされてしまう。
生物素材で耐性のあるものは『地底蜘蛛』の糸や古代竜の革などだ。
しかし、古代竜素材を除き、完全な耐性ではなく、『地底蜘蛛』の糸とはいえども少しずつ溶かされるのだ。
「ふふふ、ははは……。溶けてしまえ!!」
その言葉に呼応するように、眼下の大地が急速に腐食し、白煙を上げ始めたのが見える。
岩も木々も大地さえも、この腐食液に溶かされていくのだ。
* * *
だがギジェルモ・マルキタスは知らなかった。
かつての『仁ファミリー』には、その『暴食バッタ』の研究をしていたメンバーがいたことを。
それはグース・エッシェンバッハとサキ・エッシェンバッハの夫妻。彼等は『暴食バッタ』の脅威を目の当たりにしたことがあり、その研究もしていたのだった。
その過程でわかったこと。
『暴食バッタ』が『暴食バッタ』たる所以は、その身体に蓄えた自由魔力素である。
『暴食バッタ』は天然の自由魔力素タンクなのだ。
そして、その自由魔力素が鍵だった。
『暴食バッタ』の一番の好物は植物の実だが、動物も食べる。そして鉱物も、自由魔力素によって強化された顎と歯を使い、アダマンタイトより軟らかい金属なら齧ってしまう。
この嗜好は、『暴食』でなかったときのものを受け継いでいるようだ。
であるから、食べるものがあるなら植物、動物を優先する。それらがないときに初めて鉱物を齧るのだった。
では、齧った鉱物をどうやって消化し、エネルギーに変えているのか。
サキとグースの研究により、それは明らかになった。
体内で強力な腐食液を作っているのだ。
それは恐るべきことに、物質を素粒子にまで分解してしまう。そして含まれていた微量な自由魔力素を己のものとし、素粒子は排出するのだ。
その際、陽子と電子、中性子は適当に結合して水素もしくはヘリウムとなって呼吸によって空気中に排出されているという、とんでもない生物であった。
ただしこれは固体にのみ作用し、液体・気体に対しては不干渉である。ゆえに腐食液それ自身を分解してしまうことがないわけだ。
閑話休題。
その腐食液がどうしてそこまでの効果を持つのかというと、『分解』という工学魔法と近い効果を持っているからであった。
『分解』はオノゴロ島の『ヘレンテ』がかつて使った、化合物を分子に分解する魔法よりも強力で、素粒子にまで分解してしまうものであった。
この強力な魔法の効果を出すためにも『暴食バッタ』は大量の食物を必要とするという、マッチポンプ的な生物なのだった。
そして、溶解液の効力が魔法的なものであるなら、『物理障壁』ではなく『魔法障壁』で防げる。
サキとグースは、そこまで突き止めていたのである。
* * *
「ぬ……? なぜ奴らは平気なのだ?」
周囲のものが白煙を出して溶けていくのに、『デウス・エクス・マキナ』の飛行船は平然としている。
ギジェルモ・マルキタスはわけがわからなくなった。
「それほどまでに奴の技術は突出しているというのか……?」
初めて、ギジェルモ・マルキタスの額に汗が流れた。
彼には永遠にわからないだろう。人が力を合わせたときに、どんなことができるのか。合わさった力がどれほどのものか。
仁には『ファミリー』がいた。知識をくれた先代がいた。だが、ギジェルモ・マルキタス、いやゴルバート・マルキタスは独り。
『アヴァロン』でその力を生かし、仲間を作り、大きなことを成し遂げる選択肢もあったはずなのだが、彼はその道を自ら閉ざしたのだ。
〈マルキタス様、地表における溶解液の効果がなくなりつつあります〉
「何だと?」
溶解液が魔法的な効力を持っているなら、その効力をなくしてしまえばいい。
サキとグースは、この危険な溶解液の後始末までを開発していたのである。
* * *
『サキ様、グース様に感謝ですね』
老君は、かつての『仁ファミリー』メンバーに思いを馳せ、感謝の意を抱いた。仁もまた、それを聞いて2人のことを思い出す。
「あの2人、一緒になったのか。幸せだったらいいなあ」
その2人の成果、溶解液の後始末。
『消去』がその答えである。
発想の転換というか、コロンブスの卵というか。
魔法効果のある液体を作るために『書き込み』が応用されている。その逆に『消去』を行えば無害な液体になってしまうというわけである。
ただし、工学魔法の例に漏れず、接触している、もしくは極近距離でしか効果を発揮しないので、『消去』効果のある結界を発生させて包み込む方法を採っている。
* * *
「ううぬ、恐るべし、デウス・エクス・マキナ! 恐るべし、ジン・ニドー!!」
ギジェルモ・マルキタスは、今度こそ全力を出す気になった。
「最後の切り札を使う。……思えば、最初から使っておけばよかったな……だが、これを使った結果がどうなるか、今一つ予想がつかなくなってしまうからな……」
ギジェルモ・マルキタスは冷たい笑顔を浮かべた。
「『魔素暴走』の準備だ」
〈了解しました〉
最後の切り札とは魔素暴走であった。正確には、それを起こすであろう魔導具。
ギジェルモ・マルキタスは、ゴルバート・マルキタスと名乗っていた際に、父であるラルドゥスから受け継いだのだ。
(父は……謎の存在からこの魔導具をもらったと言っていたな)
これを使うと、アルス上の自由魔力素が激減し、サポート用ゴーレムをはじめとする配下のゴーレムたちが動かなくなることや、ギジェルモ・マルキタス自身の生存も危ぶまれることから、本当に最後の手段としておいたのである。
「だが、もう構わない」
このままでは、おそらく自分は『デウス・エクス・マキナ』の軍門に下ることになるだろう、と判断したためである。
悔しいが、『デウス・エクス・マキナ』、そしてジン・ニドーは、自分よりも進んだ技術をもっていることを改めて認識していたのである。
謎の存在というのが『負の人形』であり、既に仁たちとの戦いに敗れていることをギジェルモ・マルキタスは知らない。
〈魔素暴走、規模はどうしますか?〉
「最大だ」
〈了解。最大出力で魔素暴走を発生させます。魔導具の設定完了。起動します。カウントダウン開始〉
規模の大きな魔法兵器であるから、発動までに少々時間が掛かるのだ。
その時間およそ10秒。
〈10……9……8……7……6……〉
「これで、この世界もお終いだ」
魔導士がいなくなれば、魔法に依存したこの世界の文明は崩壊するだろうとギジェルモ・マルキタスは考えていた。
〈5……4……3……〉
「ようやく、悲願が叶うか」
〈2……1……〉
「これで……」
〈0!!〉
その瞬間、ギジェルモ・マルキタスの視界は光に満ちあふれた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20171104 修正
(旧)『デウス・エクス・マキナ』を操りながら老君は、かつての『仁ファミリー』メンバーに思いを馳せ、感謝の意を抱いた。
(新)老君は、かつての『仁ファミリー』メンバーに思いを馳せ、感謝の意を抱いた。
20171105 修正
(旧)
老君は、かつての『仁ファミリー』メンバーに思いを馳せ、感謝の意を抱いた。
溶解液の後始末。
(新)
老君は、かつての『仁ファミリー』メンバーに思いを馳せ、感謝の意を抱いた。仁もまた、それを聞いて2人のことを思い出す。
「あの2人、一緒になったのか。幸せだったらいいなあ」
その2人の成果、溶解液の後始末。
20171105 修正
(旧)・・・とんでもない生物であった。
(新)・・・とんでもない生物であった。
ただしこれは固体にのみ作用し、液体・気体に対しては不干渉である。ゆえに腐食液それ自身を分解してしまうことがないわけだ。
20220831 修正
(旧)その溶かされた分を補うために食物を欲するという、ある意味負の連鎖が生じているという。
(新)その溶かされた分を補うために食物を欲するという悪循環が生じているという。




