45-29 サキ その3
6月20日、ショウロ皇国では第12回技術博覧会が催されていた。
これは、夏至の日(通常6月20日)から4日間と決まっているのだ。
3459年までは1年おきに開催されていたが、今年から毎年開催となったのである。今回の開催地は首都からほど近いトロムの町。
そこは首都ロイザートの北西にあって、トスモ湖に面した風光明媚な町である。
錬金術師であるサキは、張り切って出品していた。
売りは『マギ・ポリエチレン』(MPE)と『発泡マギ・ポリエチレン』(EMPE)である。
「さあ、見ていってください! クッション材に最適な素材です!」
サキも2回目の参加なので、大分慣れた感じがする。
「ほほう、面白い素材だな」
錬金術師よりも魔法技術者の方が興味を示している。
「馬車や船、熱気球など乗り物のシートに使うと、軽くていいですよ」
サキは、仁に作ってもらったサンプルを指し示す。
椅子の座面として革の下に入れたものを、『ウォーターカッター』で半分にぶった切ったサンプルである。
「なるほど、確かにな。……しかし、このサンプルは面白い。構造がわかりやすくて斬新だ」
「ええ、『魔法工学師』の協力を仰ぎましたから」
「ほほう! ならば納得だ。……とすると、『魔法工学師』もこの素材に注目しているということだな」
『魔法工学師』のネームバリューは大きく、口コミで広がった評判が評判を呼び、サキのブースは超満員である。
サキとアアルが頑張って説明を行っているが、四方から投げ掛けられる質問に答えるだけで精一杯であった。
* * *
「……うあー……疲れた……」
1日目前半がやっと終わったところなのに、サキはぐったりとしていた。
「おいおいサキ、いったいどうしたんだ? ペルシカジュース飲むか?」
控え室を覗き込んだ仁が、サキに声を掛け、差し入れのジュースを差し出した。
「ああ……ジンかい……今年は参加しないんじゃなかったのかい?」
受け取ったペルシカジュースを飲みながら、サキが尋ねた。
今現在、仁はエリアス王国の『大型船開発プロジェクト』に参加しているため、おおっぴらにこうした催しに出るわけにはいかないことを知っているのである。
「いや、直接参加はしないが、やっぱりいろいろ気になってな」
かといって、仁としても『分身人形』を使うわけにもいかない。仁が2人いることになってしまうからだ。
「……で、なんか初日から疲れてるな?」
「うん……実は……」
サキは、予想以上に盛況だと説明した。
「なるほど、嬉しい悲鳴という奴だな」
「そうなんだけど……あと2日半も身が保たないよ」
「だろうな。よし、ちょっと待ってろ。……礼子、老君に連絡を入れて、『職人』ゴーレムを2体、こっちに寄越すように言ってくれ」
「はい、お父さま」
そして30秒後、控え室に職人151と152が現れた。
「サキ、博覧会の間、この2人を貸すよ。これから必要知識を『知識転写』すれば、役に立つだろう」
「くふ、それは助かるなんてもんじゃないよ、ジン! ありがとう!」
ペルシカジュースも飲んだし、助っ人も来たしで、サキも少し元気が出たようである。
* * *
「加工は簡単なのか?」
「耐久性はどうなのだ?」
「価格が高くては、いくら性能のよい素材でも使うわけにはいかんがその点は?」
午後も多くの人が訪れて質問攻めになっているが、2体の『職人』ゴーレムがいるので、サキの負担は午前中の3分の1以下になっていた。
なにしろ、『職人』ゴーレムたちは、5人以上からの質問も聞き分け、後に順序よく答えられるのである。仁が見ていたらどこの聖徳太子だ、と言いそうなくらいに有能であった。
「ふう、助かったよ、職人151、職人152」
「いえ、お役に立てて幸いです」
そんなこんなで1日目をなんとか終えられたサキであった。
* * *
2日目以降も大勢の客が訪れたが、職人のおかげでサキの負担は小さい。
その分、本質的な質問にゆっくりと答えることができていた。
「発泡させるにはどうすれば?」
「うーん、今のところまだ公開できませんね」
「原材料はいったい?」
「特殊な液体です。それもまだ公開はできません」
「マギポリエチレンの製法も……?」
「いえ、それは特製のプラントがあります。ただ大きいのでここに持ってくることが出来ませんでした」
などのやり取りがあったが、概ね盛況。
「サキ殿、なかなかの内容だな」
「あ、デガウズ様」
魔法技術相デガウズも訪れ、サキの発表内容を褒めていったのであった。
だが。
「今年は、トア殿は参加しないのかね?」
といわれ、サキは残念そうに頷いた。
「はい。……父は今、どうしてもやりたいことがあると言ってあちこち飛び回っています」
「そうか、トア殿らしいな」
デガウズは微笑みながらその場を立ち去ったのであった。
* * *
そして3日目も大過なく終えることが出来、サキは控え室でほっと溜め息をついた。
4日目、つまり最終日は総評と表彰なので、サキのやるべきことはこれで終わったと言える。表彰されるかどうかは彼女にとってあまり重要ではなかった。
「あああー終わったー!」
「お疲れさん、サキ」
そこへやって来たのはグース。
「差し入れだ。蓬莱島特製のペルシカジュースだぞ」
「あー……ありがとう、グース」
ぐったりしたサキも冷たいジュースを飲むと、少ししゃんとした。
「グースは今日来たのかい?」
「いや、昨日の昼には来ていた。サキのブースを見たら人でごった返していたから遠慮した」
研究内容ならわかっているから、と言ってグースは笑った。
「で、昨日の閉会後にここへ来ようと思ったら関係者以外は立ち入り出来ませんと言われてな」
「そうだったのかい。薄情な奴と思うところだったよ」
冗談めかしてサキは笑った。
「はは、そりゃ済まん。今日はもう終わりなので、片付けの手伝いをすると言ったら通してもらえたんだ」
「そういうわけかい。そりゃ仕方ないね」
「で、片付けものは?」
「ジンが貸してくれた職人151、職人152がもう済ましちゃったよ」
「じゃあ、なにか美味いもの食べに行くか?」
「くふ、いいね。グースの奢りだろう?」
そう言ってサキは、グースの腕を取り立ち上がった。
「サキの方が金持ちだろうに……まあ、いいや。ちょっと早い打ち上げだ」
「ごちそうになるよ」
そして2人は、宵闇迫るトロムの町へと歩いていったのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20171017 修正
(旧)そして3日目も大過なく終えることが出来、サキは控え室でほっと溜め息をついた。
(新)そして3日目も大過なく終えることが出来、サキは控え室でほっと溜め息をついた。
4日目、つまり最終日は総評と表彰なので、サキのやるべきことはこれで終わったと言える。表彰されるかどうかは彼女にとってあまり重要ではなかった。
20180307 修正
(誤)デガウス
(正)デガウズ
3ヵ所修正しました。




