45-19 ジン その1
ドミニク・ド・ザウス・フィレンツィアーノ侯爵は、エリアス王国南部ザウス州を任されている女領主である。
普段はアップにまとめた暗めの金髪と、僅かに吊り上がった青い目を持つ、理知的な女性だ。
以前仁から『トポポ(=ジャガイモ)』の有用性を教わり、トポポチップス、フライドトポポ、ジャーマントポポ(仁直伝)、肉トポポ等々、トポポ料理を一般にまで広めた。
元々トポポは救荒作物としても優れていたため、エリアス王国をはじめとする各国の食糧事情を改善するのに大いに役立った。
そのため、民衆は彼女のことを讃えて『トポポ侯爵』または単に『芋侯爵』と呼ぶ。
そのフィレンツィアーノ侯爵は、屋敷に仁を迎えていた。
「ニドー卿、応じていただきましたこと、お礼申し上げます。併せて、昨日の凶魔海蛇退治と遭難者救出に関しても感謝致します」
「いえ、ちょうど現場にいたものですから」
「それでもです。本当にありがとうございます」
侯爵は深々と頭を下げた。
「それでですね、本日お呼びした理由なのですが」
少し世間話をした後に、侯爵はいよいよ本題に入る。
「大型船の建造に力を貸していただきたいのです」
「大型船、ですか?」
「ええ。かつてショウロ皇国で『ベルンシュタイン』という大型船を建造するプロジェクトに参加されたと伺っています」
「はい、確かに」
「あの時のように、ずっと参加してほしい、とは申しません。企画、設計段階のみでけっこうですのでお願いできませんか?」
仁は少し考えてから返事を口にした。
「期間限定で、場合によっては一時抜けてもいいということでしたら」
フィレンツィアーノ侯爵は顔を綻ばせた。
「ええ、それで構いません。お引き受け下さってありがとうございます」
* * *
実は、もうエリアス王国における『大型船開発プロジェクト』はスタートしていた。
参加を承諾した仁は、その日のうちにポトロックへと逆戻りすることになった。
「素晴らしいですわね、この飛行船は……!」
仁は『コンロン3』に侯爵を同乗させ、プロジェクトの現場へと向かったのである。
「皆さん、朗報です。本日より、非常勤扱いではありますが、強力な助っ人が来てくれました」
少し茶目っ気を交え、フィレンツィアーノ侯爵は仁の参加を発表した。
「ジン・ニドーです。この度、不定期になることもあるかと思いますが、開発プロジェクトに参加させていただくことになりました。よろしくお願いいたします」
仁は通常どおりに挨拶したのだが、
「ジン・ニドーって! 『魔法工学師』のジン様ですよね!?」
「うわあ! 感激です!」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!!」
など、歓迎ムード一色となった。
仁が見たところ、若手が多い。というか全員30歳以下に見える。
かつてショウロ皇国での開発に参加していたロドリゴが呼ばれていないのは、高速艇の開発依頼の他、これも理由なのかもしれないと推測する仁であった。
そして仁が驚いたことに、バッカルスとジェイミーの顔があったのだ。
マルシア工房の従業員であった2人。マルシアは『独立した』と言っていたが、実際はこのプロジェクトに参加していたのである。
「ジン様、お久しぶりです」
「心強いです!」
2人も仁のことを覚えていて、再会の挨拶を交わしたのであった。
「それでは皆さん、よろしくお願いします」
フィレンツィアーノ侯爵が帰った後、いよいよプロジェクトが始まる。
「本プロジェクトリーダーの『セルジョ』です。簡単に説明いたします」
ひととおり挨拶を済ませ、場が落ちついたのを見たリーダーのセルジョは、仁に対して、また自分たちの再確認の意味を込めて現状の説明を始めた。
「全長50メートル、全幅10メートル。定員50人、積載重量200トン、最高速度時速30キロを目標としています」
蓬莱島を除けば、この時代の最高水準といえるスペックである。
「それで、どこまで進んでいるんです?」
「はい。おおよその形状までは決まりました。これが模型です」
「ほう」
かつてショウロ皇国での開発時に仁が実演して見せたように粘土による模型が作られていた。
それによれば、仁が見た限りでは形状に問題はない。
船底は丸底で竜骨が通っているところを見ると、木造を想定しているようだ。
地球においては大型船を造るに連れ、巨木は切り倒されてその数を激減させてしまったが、工学魔法のあるこの世界においては『接合』が使えるのであまり心配はいらない。
供給量と植林をきちんと管理していれば資源枯渇というリスクは回避できる。
「自分の意見としては問題ないと思います」
仁の発言を聞き、おお、というような声が漏れた。
『魔法工学師』の意見はそれだけ重く見られているのだ。
「竜骨もしっかりしているようですので船底の強度も確保できるでしょうし」
ただしこの模型では内部構造まではわからないと言うと、
「それはこれからの課題なんです」
との言葉が返ってきた。
「ジン殿が参加してもらえるなら百人力、いや千人力ですね!」
ということで、そのまま内部構造の検討会へと切り替わった。
「以前作った大型船では、内部を細かく仕切って、強度を増すと共に浸水を区画単位で食い止められるようにしました」
まずは仁が前回のノウハウを一つ披露する。
「なるほど、そうしますと荷物船の場合は先に積荷の大きさを決める必要がありますね」
「そうなりますね」
そうすると、
「大きな荷物を想定しないなら、細かく区切れるのですが」
「それにしても、コンテナのように規格を作っておけばかなりやりやすくなるかと」
「荷物の搬入も考えておかないとな」
「重い荷物は船底に置くようにする必要があるぞ」
「長期間の航海をするなら水や食料の保存も重要だ。優先してスペースを確保すべきだ」
「まずは推進器の配置を決め、それから他の配置を決めるべきじゃないか?」
など、いろいろな意見が出た。
それらの意見は取り纏められ、優先順位が付けられていく。
今回の最優先事項は推進器の配置であった。
「メインは2基。船底近くの左右に配置したいですね」
「方向転換用は舷側だな」
「後退用はどうしますか?」
初日から白熱した議論が飛び交う。
こうした雰囲気も大好きな仁は、時折意見を言いながら、やがて来るであろう大型船時代を想像していた。
だが、その一方で。
(……蓬莱島を包囲していた船団も50メートル級だったな)
普及すれば、平和用途のみならず、『魔法連盟』のように兵器として利用する連中も現れてくるだろう、と想像して、仁は少しだけ寂しい思いを噛みしめたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20171007 修正
(旧)トポポチップス、フライドトポポ、ジャーマントポポ、肉トポポ等々、トポポ料理を一般にまで広めた。
(新)トポポチップス、フライドトポポ、ジャーマントポポ(仁直伝)、肉トポポ等々、トポポ料理を一般にまで広めた。
(誤)元々トポポは救荒作物とし手も優れていたため、
(正)元々トポポは救荒作物としても優れていたため、




