45-06 ラインハルト その1
5月13日、仁とエルザはユウとミオ、礼子とアンと共にカルツ村を訪れていた。
そう、ラインハルトの領地である。
「やあジン、エルザ、久しぶり! ユウとミオも元気そうだな!」
「ラインハルトも元気そうだな」
「ライ兄、お久しぶり」
旧交を温めたあとは、ラインハルトの家『蔦の館』の玄関でベルチェが出迎えてくれた。
「ジン様、エルザさん、お久しぶりですわね」
「やあ、ベルチェ」
「ベルチェさん、ユリちゃんは?」
「ユリアーナは今お昼寝中ですわ」
ということで一同そっと廊下を歩いて応接室へ。ユウとミオは少し眠そうにしていたので、礼子とアンがユリアーナの寝ている部屋へと連れて行った。
「この前ポトロックとブルーランドへ行ってきたよ」
仁は近況報告を行った。
「マルシアは工房を新しくしていて、新型船を作っていた」
「なんと!」
新型船に食い付くラインハルト。
「ビーナのところのレジナルドも大分大きくなってたな」
「まあ、そうですの」
ユリアーナは3458年生まれで、ユウとミオ、レジナルドより1歳上だから、一番年上と言うことになる。もっとも、誕生日は8月20日なので、今はレジナルドと同い歳だが。
「はは、みんな子持ちになってしまうな」
ラインハルトは笑った。
「マテウスのところももうすぐ生まれるらしい」
「え?」
「あれ? 知らなかったか? ……マテウスの奥方は仁の屋敷の向かいにあるヨルゲンス・ヘケラート・フォン・パドック子爵の次女だぞ?」
「そ、そうだっけ」
仁は隣に座るエルザの顔を見ると、
「ん、そう。名前はシアラさん」
シアラ・ガイスト、旧姓ヘケラートがマテウスの妻だと聞いて、仁はようやく思い出した。
ラインハルトが受爵する際に一度会っていたことを。それにその後、懐妊の知らせも聞いていたことを。
「ジンは本当にそういうことに疎いなあ」
少し呆れたようなラインハルトのセリフに、仁は俯いた。
「……反論できない」
「ジン様は社交界とは無縁のお方ですものね」
ベルチェが取りなすようにフォローしてくれる。
「ん、そういう雑事はジンに……だ、旦那様は気にしなくて、いい」
おや、という表情がラインハルトとベルチェの顔に浮かんだ。
(エルザもまた一歩、奥方らしくなったようだな)
(ええ、そのようですわね)
仁とエルザには聞こえないくらいの小さな声で、ラインハルトとベルチェは言葉を交わし、微笑んだのである。
* * *
「そうだ、ジンに相談があったんだ」
場が落ちついたのを見て、ラインハルトは話を切り出した。
「なんだい?」
「このカルツ村にも温泉って出るものかな?」
仁はちょっと考え込んだ。
「温泉か……出るかもしれないな」
「そ、そうかい?」
「ああ。ここはトスモ湖に近いから、地下に水脈があるのは間違いない。で、地下の深い所っていうのは温度が高いんだ。だから深く掘ればきっと出ると思う」
「なるほどなあ……」
「温泉じゃなくて冷泉なら、もっと簡単だろうと思うし」
「冷泉?」
聞き慣れない言葉に、ラインハルトが聞き返した。
「ああ、冷泉っていうのは、温度の低い温泉と思ってくれればいい」
仁も詳しい定義は知らないのである。
「なるほど、冷泉か」
「その場合は沸かさないと風呂としては使えないけどな」
「勉強になるな。……で、この村はどうだろう?」
「調べて見ないと何とも言えないな」
カイナ村の場合は火山らしき山が近くにあったので、自噴する温泉を掘り当てることができたが、ここは平野である。
おそらくポンプを使わないと温泉は出ないだろう、と仁は補足説明をした。
「それは致し方ないな。ポンプなら僕でも作れる。だが、温泉を見つけるのは……」
「うん、任せてくれ。それから、うまくいけばラインハルトも見つけることができるようになると思う」
「そ、それは素敵だ!」
『地下探索』は鉱脈を探す魔法だ。その応用で、仁はカイナ村で温泉を見つけた。
ラインハルトも、『湯脈』がどういうものかわかれば、見つけられるようになるはずなのだ。
「じゃあ、早速探してみるか」
仁が腰を浮かし、ラインハルトも続いた。
「エルザ、子供たちが目を覚ましたら頼む。俺はちょっとだけ出てくるから」
「ん、行ってらっしゃい」
エルザは頷き、快く仁を送り出した。
「いってらっしゃいませ、あなた」
そして、ベルチェも。
* * *
仁はラインハルトの案内で、少し開けた場所に来ていた。
「ここにもし温泉が出たら都合がいいんだけどな」
「なるほど」
そうした施設を建てるのに都合のいい場所らしい。
「じゃあ、探してみるか。……『地下探索』!……うーん……」
一度では見つからなかったので、仁は場所を変えて何度か『地下探索』を試してみた。
そして4度目か5度目の時。
「……あったぞ! 温泉だ! 冷泉じゃない!!」
「ほんとかい、ジン?」
「ああ。ラインハルト、『地下探索』をこっちの方向、深さ200メートルを目安に使ってみてくれ」
仁からの指示に従い、ラインハルトは土属性魔法を使ってみることにした。
「こっちだな? よし。……『地下探索』!」
一度ではうまく行かなかったのか、ラインハルトはもう一度魔法を使った。
「『地下探索』! ……おお? これ……か? これだな! ジン、わかったぞ!」
ラインハルトにも、『湯脈』がどういうものか理解できたようだ。
「やったな! これでラインハルトにも温泉が探せるぞ!」
「うむ、ありがとう、ジン!」
「さあ、それじゃあ掘っていこう」
「よし」
仁とラインハルトは協力し合って湯脈目指して穴を掘っていった。
ラインハルトが穴を『掘削』で空け、仁が穴の壁を『融解』で固めていく。
『融解』は仁オリジナルの工学魔法で、熱を使わずに物質を融かし固めていく魔法である。
こうして、その日の夕刻までに、温泉が掘り当てられたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20170924 修正
(旧)仁とエルザは双子を連れ、5月13日、カルツ村を訪れていた。今回のお伴は礼子とアン。
(新)5月13日、仁とエルザはユウとミオ、礼子とアンと共にカルツ村を訪れていた。
語句の並びと繋がりを直しました。
(誤)「そ、そうなのか」
(正)「そ、そうだっけ」
(誤)シアラ・ガイスト、旧姓ヘケラートが、マテウスの妻だと、仁は(多分)初めて知った。
(正)シアラ・ガイスト、旧姓ヘケラートがマテウスの妻だと聞いて、仁はようやく思い出した。
ラインハルトが受爵する際に一度会っていたことを。それにその後、懐妊の知らせも聞いていたことを。




