44-38 仁、レベルアップ
「あー、こりゃひどいな」
グランドラゴンを退治した仁たちは、壊された温室にやってきていた。
キュービックジルコニア製のパネルはことごとく割られ、その中にあったトポポ畑は踏み潰されて壊滅状態であった。
「とりあえず温室を直すか。礼子、破片を集めよう」
「はい、お父さま」
「私も手伝います」
ロードトスが名乗りを上げると、
「あ、あたしも!」
妹、ヴィータも参加してくれた。
「あ、あの、シオン様、あの方は……?」
温室の管理人が怪訝そうな顔で尋ねる。
「ああ、ジンのこと? ええと……とても凄腕の助っ人よ」
「は、はあ」
「見ていればわかるわ」
その『助っ人』は、破片を一箇所に集め、何かぶつぶつ呟いていた。
「……うーん、強度を考えると……どうするかな。……シオン」
「何?」
温室の管理人は、『助っ人』が氏族長の奥方を呼び捨てにしているのでびっくりし、その奥方がそれを何とも思っていないのにもう一度びっくりした。
「温室って、どんな形していたんだ?」
「ええと、ほとんどの温室は四角くて屋根……『切妻』っていうんだっけ? ……が乗った形ね。まれに片流れの屋根もあるけど」
「なるほど。で、ここはトポポを作っていたんだよな? 果樹じゃないよな?」
「ええ、それは間違いないわ」
「よし」
シオンから聞くことを聞いた仁は、工学魔法を発動した。
「『融合』」
「おわあ!?」
「ええっ!?」
「なっ!!?」
山と積み上げられていたキュービックジルコニアの破片が一瞬のうちに一塊になったので、居並ぶ者は皆驚いた。
「……」
そして、魔法を使った仁もまた、驚いていた。
(……今の感触……前よりも『軽く』魔法が使えたな……)
身体がすべて魔原子になったことと関係あるのだろうか、と一瞬考えた仁であったが、今は目の前の作業を片付けよう、と思い直した。
「『純化』」
紛れ込んでしまった不純物を除去したあと、
「『変形』」
温室を形作る仁であった。
「あ、な、な……!」
見ていた者は皆、ことばを失う。
それもそのはず、仁は一気に半径20メートルはあるドームを作り上げてしまったのだから。
「うーん……やっぱり扱える魔法の規模が大きくなっているな」
以前は、脳細胞を含む身体の一部が生身だったが、今の身体は100パーセント魔原子である。それが何か働いているのだろうと仁は想像した。
(まあ、悪いことじゃないからいいや)
「さすが、お父さまです!」
礼子の称賛が、傍観者たちの目を覚まさせた。
「す、すごいわ、ジン!!」
「ジ、ジン様、尊敬します!!」
シオンは感心し、ヴィータは感動していた。
「ちょっと待ってくれ。『強靱化』」
ドームを強化する仁。
「あとは基礎と土台を固めないとな。『融解』『接合』『強靱化』」
ドーム基部の土を固め、強化した。
「あとは出入り口だな。『分離』『変形』」
ついでのようにドアを造ってしまう仁。
「さて、あとは……」
仁はシオンを見返った。
「シオン、温室ってあと何が必要だろう? 換気口はどうしているかな?」
「あ、え、ええと……どうなっていますか?」
考え始めたシオンであったが、すぐ隣に専門家がいることを思い出した。
「え、あ、は、はい。この形でしたら東西南北の側面に、直径1メートルの穴を空けていただければ、あとは自分たちで整備いたします」
「わかった。……ええと礼子、北はどっちだ?」
「はいお父さま、あちらです」
「よし。『変形』」
礼子に正確な方角を教えてもらった仁は、四方に換気口を空けたのである。
「これでいいかな?」
「……これでいい?」
仁の言葉に返事がなかったので、シオンが再度尋ねると、
「あ、は、はい! あ、ありがとうございます!」
と、土下座せんばかりの礼の言葉が返ってきた。
それで仁はシオンに確認する。
「シオン、これでいいかな? 畑の方はあまり手伝えないからさ」
「あ、ええ、い、いいわ。ありがとう、ジン」
元の畑よりも総面積で言ったら広くなっているという。
「ならよかった」
仁は思いっきり工学魔法を使い、今の自分がどのくらいのことができるかの見当が付いたので満足していた。
* * *
「……だけど、驚いたわ」
シオンの屋敷に戻り、少し遅い昼食を摂ったあとのティータイムで、シオンが呆れたような声を出した。
「ジンってば、前よりも魔力規模が増えたんじゃない?」
「どうなのかな……」
魔法の発動には、術者の保有魔力はあまり関係がない。周囲にある自由魔力素をいかに自分のものにするか、それで差が付いてくるのだ。
そう言う意味で、今の仁は前よりもさらに自由魔力素を扱う能力が向上しているのは間違いなかった。
だからといって魔力が増えたとは言い切れない。
「むしろ、自由魔力素の制御がうまくなったんだと思う」
脳細胞まで魔原子になった副次効果だろうと仁は結論したのであった。
「俺もまだ、今の身体のこと把握しきっていないからな……」
おそらく毒や病気に対する完全耐性があるだろうとは思っているが、試して見る気にはなっていない。
「あ、酒に酔えなくなってるのは確かだった」
酩酊というのは一種の毒状態に近いのだろう。
アルコールによる身体への影響は皆無なようだった。
仁が酒好きだったら血の涙を流したかもしれないが、幸い彼は飲兵衛ではなかったので、少し残念、と思っただけである。
「さて、あと2、3日すれば、エレナの方も準備が整うだろうな」
仁が独り言を漏らすと、シオンが食い付いてきた。
「そのことだけど、ジンはもう直接手を下すのをやめるの?」
「ああ、そうだな。基本的には表立って行動しない、といったところか」
本来いるはずのない人間がやたらと目立ってしまうのはまずい、と思っているのだ。
「そういう意味ね。『魔法連盟』との場合は?」
「難しいところだな。おそらく幹部以上……少なくとも、ギジェルモ・マルキタスとは対決しないといけない、そんな気がしているんだ」
ギジェルモ・マルキタスに関しては、老君が『覗き見望遠鏡』で捜しても見つからないのだ。
舐めてかかると痛い目を見そうだ、と仁は思っている。
「まだあいつには、解けていない謎もあるしな」
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