44-25 現状把握
残酷描写があります
それからは、一方的な蹂躙だった。
片腕を掴まれていては、さすがのエレナもどうすることもできなかったのだ。
「よくもやってくれたな、人形風情が。やれ、叩き付けろ」
その命令に、戦闘用ゴーレムはエレナを地面に叩き付けた。
「ぐっ!」
一撃目で、エレナの手から剣が飛んでいった。
二撃目で、エレナの右肩骨格に亀裂が入った。
三撃目で、エレナの顔面がひしゃげた。
「どうだ、たかが人形が逆らうからこうなるのだ」
「……なぜ」
「うん?」
「なぜ、あなたは……こんなことをするの、ですか」
「こんなこと?」
「喜々として……犯罪行為をする。あなたは……どこか、おかしい」
だが、ギジェルモ・マルキタスは平然と受け流した。
「ふん、小賢しい理屈を。犯罪とは何だ? 貴様等が勝手に作り上げた法に逆らえば犯罪か? 笑わせる」
エレナはこの時悟った。ギジェルモ・マルキタスは、まともな精神をしていない、と。
「そもそも正義と悪は相対的なものだ。貴様等が作った法は、貴様等の都合がよいようにできている」
相手がおかしいとは思っても、エレナは反論せずにはいられなかった。
「そんなことは……そもそも法は、年月を掛けて制定されてきたもので、不備があれば是正されてもいます」
「是正してあれだからな。いっそ全部壊して作り直した方がいい」
「あなたは……世界を壊すつもりですか?」
「ふむ、それも面白いかもしれないな」
この時点でエレナは、時間稼ぎが間に合ったことを悟った。
非常用の転移門を使い、すべての党員が避難できた頃だ。最重要の機密資料も持ち出せただろう。
「世界を壊してどうするのです? 人は独りでは生きられませんよ」
だが、ギジェルモ・マルキタスは傲然と笑った。
「ははは、世界に絶望した私に言うセリフではないな」
「……絶望、した?」
「おっと、喋りすぎたようだな。……エレナとか言ったな、貴様も私の奴隷にしてやろうかと思ったが、そんなに壊れてしまっては直すのも面倒だ。……やれ」
「え……きゃあ!」
エレナはもう一度床に叩き付けられた上、戦闘用ゴーレムに蹴り飛ばされた。
壁に半ばめり込むほどに激突したエレナのボディは滅茶滅茶になり、そのまま彼女は機能停止したのであった。
* * *
「……ですが、その後、運良く再起動することができ、なんとか緊急用の超小型転移門がある所まで這いずっていくことができ……今に至ります」
エレナの話は終わった。
「苦労したんだな」
「なんという奴でしょう!」
仁はエレナに同情した。そして礼子も仁以上に憤っていた。
「ギジェルモ・マルキタスか……やはり異常者か」
仁は顔を顰めた。話が通じない相手というのは厄介である。
しかも、自殺願望がある可能性もあるのだ。
「全世界を巻き込んで自殺するなんて、笑えないぞ」
犯罪行為に関しても、勝手な理屈を付けている。こういう相手が一番厄介だ。
「……一時勢いをなくしていた『魔法連盟』が息を吹き返したのには、ギジェルモ・マルキタスが現れたからなんですね」
ロードトスがぽつりと言った。
「うーん……それにしても、ゴルバート・マルキタスと同じく、そのギジェルモ・マルキタスも出自がわからないんだろう?」
「はい」
「いきなり成人……ギジェルモ・マルキタスに至っては老人の姿で現れた、か……」
そこで仁は少し考える。
「エレナ、さっき、その2人が同一人物の可能性の話をしたな?」
「はい」
「2人が同一人物という可能性はどのくらいある?」
「むしろ、外見だけなら断定してもいいくらいです」
「ジンさん、ですが、人間はそんなに長く生きられないですよ?」
ロードトスが反論するが、仁は首を横に振った。
「それはそのとおりだが、方法がない訳じゃない」
「えっ?」
「特殊な条件下でなら、肉体年齢そのままに長期間眠ることができる……はずだ」
先程は冗談半分だったが、どうやらゴルバートとギジェルモ、この2人の『マルキタス』は同一人物と見た方がよさそうである、と判断したのだ。
仁はかつて『ロクレ』……600012号が、『傀儡』のアルシェルのホムンクルスを作ろうとしていたことを思い出す。
先程は光速に近い速度で移動、など少々強引なことを考えてたが、ホムンクルスのことに思い至り、ああいった『保存』溶液の中で『人工冬眠』すれば、長い年月を越えられるのではないか、と思いついたのだ。
また、仁がいた地球でも、人工冬眠の研究はなされていたし、SF小説にはその手の話が幾つもあった。
「『人が想像できることは実現できる』、だっけか? ……とにかく、可能性は皆無じゃない」
仁自身、科学だけでは夢のまた夢と思われてきたことを、魔法工学の力を借りることで幾つも実現してきたのだから。
「そう……ですね。不可能、と切り捨ててしまったらそれまでですからね」
「そういうことさ。……で、だ。ギジェルモ・マルキタスとゴルバート・マルキタスが同一人物だとしたら、なぜ途中で冬眠……したんだろうか?」
正常でない人間の考えることを推測するのは非常に難しい。仁とロードトスは、5分ほど悩んだ末に、考えることを放棄した。
「それよりも、これからの対処だ」
「そうですね」
ここでエレナが話に加わる。
「そういうことでしたら、私どもも参加させてください」
* * *
「ええと、そうしますと、ジン様は伝説の『蓬莱島』のご主人で、あの『魔法工学師』、ジン・ニドーご本人なんですか!?」
仁は考えた末、リーリアとアリエッタにも打ち明けたのである。
「本人……といっていいんだろうな。まあ、転送事故で過去から飛ばされてきてしまった、と思ってくれ」
「だから、ギジェルモもゴルバート・マルキタスと同一人物じゃないか、と思ったんですね!?」
「まあ、それもあるかな」
おおまかには間違っていないし、細かい話はあとでいいだろうと、仁は本題に入ることにした。
「まず、現在の懐古党はどうなっているんだ?」
これにはエレナも同感らしい。
「そうですね、リーリア、アリエッタ、どうなのです?」
大破して以来、エレナは組織の状態を把握できていなかった。
「はい。では、私からご説明します」
リーリアが口を開いた。
「エレナ様がお倒れになってから、組織は壊滅状態です」
「やはりね……」
求心力がなくなった以上、瓦解するのは巨大組織の宿命とも言えた。
「現在、私とアリエッタが率いるメンバーは、元の50分の1もいないでしょう。大半は、あの時脱出できた、比較的若手の者たちです」
「それが現『懐古党』ですね」
「そう言っていいかと思います」
寂しそうにリーリアとアリエッタは頷いた。
「それで、『魔法連盟』に吸収されたメンバーは、おそらく10分の1くらいでしょう。残りはちりぢりで、それぞれ勤め先を見つけたり、自営を始めたり、また隠居したりしているようです」
今度はアリエッタが説明を始めた。
「『アヴァロン』に再就職した者もかなりいるようですし」
「なるほど」
今の『懐古党』は秘密結社ではなく、民間のボランティア団体のような位置付けである。
出身者が優遇されるのはわかる気がする仁であった。
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