44-16 対立と衰退
子爵邸で昼食を挟んで行われていた『勉強会』も、日が少し西へ移った頃、終了となった。
「実に有意義な時間でしたわ。ジン様、ロードトス様、ありがとうございました」
子爵夫人が優雅な仕草で頭を下げた。
ちなみに娘さんのポーラは疲れてしまったようで、椅子の上で船を漕いでいた。
「あらあら、この子ったら」
苦笑する子爵夫人。だが、彼女の顔にも疲労の色があった。無理もない。仁とロードトスも疲れたのだから。
仁も、その熱心さに敬服すると共に、どうしてそこまで、と思わなくもない。
その答えは、すぐにわかることになる。
時刻は午後3時、ティータイム。
エリアス王国から取り寄せたというクゥヘを楽しみながら雑談をしている時。
「旦那様がお帰りになりました」
と執事が告げる。
子爵夫人は、
「少々失礼致します」
と言って席を立ち、夫である子爵を迎えに行った。
「お城勤めなのかな」
独り言のように呟いた仁の言葉を、残っていたポーラは耳聡く聞きつけたようで、
「はい、父は魔法省の部長さんなんです」
と、説明してくれた。
夫人が魔法と科学に拘りを見せるのも、そんな子爵の影響か、と仁は想像した。
「ようこそ、お客人」
そこへ、当の子爵が夫人と共に現れた。仁とロードトスは立って一礼する。
「ああ、堅苦しい挨拶はやめてくれ。私はデバイル・ノラス・シャルネド。子爵位を賜っている。役職は魔法省第2部部長だ」
子爵は40歳前後で、やや小柄。身体は引き締まっている。
髪には少し白いものが混じり始めていた。
「ご丁寧にありがとうございます。私はジン・ニドー、『魔法工作士』です」
「私はロードトス、『魔導学士』です」
「うむ、妻から聞いた。妻と娘にいろいろご教示いただいたようで、感謝する」
「恐縮です」
「あなた、立ち話していないで席についてくださいましな」
「うむ、そうしよう」
まず子爵が一番の上座に、夫人は次席に。ポーラは三席に。そしてその後仁とロードトスも席に着いた。
新しいクゥヘが運ばれてきて、子爵はそれを一口飲んだ。
「さて、何の話をしていたのかは、昨夜妻から聞いた。貴殿たちは魔法と科学、双方に造詣が深いのだな」
「いえ、それほどでも」
「はは、謙遜はしなくていい。……妻がそういった質問をした裏にはだな、この国のあり方が関係しているのだ」
「あり方……ですか」
「うむ。これは別に機密事項でも何でもないので、話しても構わないことなのだが、魔導士の間で、『アヴァロン』と『魔法連盟』のどちらに与するかという議論が起きていてな」
「そうなのですか」
ここで仁は、この機会にもっと突っ込んだ情報を得られないかと考えた。何せ、目の前にいるのはクライン王国の魔導士たち、その中枢部に所属する人物なのだから。
まず口を開いたのはロードトスだった。
「そこがよくわからないのですが、『アヴァロン』では別に『魔法連盟』と諍いをしているというつもりはありません。魔法連盟が一方的に対抗意識を燃やしているといいますか……」
「うむ、それはわかっているつもりだ。かく言う私も、1年という短期間ではあったが、『アヴァロン』で学んできたのだから」
留学制度、というものがある。各国、優秀な魔導士には、短期間『アヴァロン』で学ばせることも多々あるのだった。
「ただ、『魔法連盟』という組織は侮れない影響力を持っていたのでな」
子爵は過去形を使った。
「今現在、『魔法連盟』は、その勢力を減らしているのだよ」
「そうなんですか?」
耳寄りな情報である。ロードトスもかなり詳しいが、ノルド連邦に『魔法連盟』勢力は皆無なので、どうしても旬の情報を逃してしまう。
「うむ。……こんな話に興味があるのかね?」
「はい、とても」
仁は正直に答えた。
「そうか。それでは妻と娘が世話になった礼に、少し話すとするか」
子爵はもう一口クゥヘを飲んで続けた。
「連盟の奴らはどこにでも首を突っ込みたがるのだが、最近何かあったらしくてな、人数が減ったのだ」
「いつ頃です?」
「9月の中旬を過ぎた頃だったと思う」
「そうですか……」
ちょうど、蓬莱島を包囲している船団を仁が撃破した時と一致する。
「まあ、うるさい奴らが減って清々しているがな」
子爵は笑った。
「その前には、2年くらい前と、5年くらい前かな? 連盟の内部分裂めいた騒動があったそうで、その時にも勢力は衰えたな」
「そうしますと、今はあまり勢力を持っていないのですか?」
だが、仁のこの質問に、子爵は首を横に振った。
「いや、そうでもないのだ。元々勢力が強かったのでな。多少衰えてもまだまだ影響力は強い。それに、構成員には狂信的な者が多いので馬鹿にできん」
「そうなんですか。……因みに、どんなことで干渉してくるんですか?」
「ふむ。……一番顕著なのは技術部門かな。魔導具に関することになると、それこそうるさいほど文句を付けてくる」
「付けてくる……って、ええと……職場にいるんですか? 構成員が」
子爵は仁の疑問を聞いて、手を打ち合わせた。
「ああ、それを知らなかったのか。今現在、『魔法連盟』から派遣された魔導士が10名、王城に常駐しているのだよ」
そしていろいろな出来事、トラブルに対応している、という。
「一番の役目は『相談役』だというのだが、あまり相談したくはないな」
この『相談役』というのは、政治・経済、福祉・医療、魔法・魔導具など多岐に渡って助言をするのだという。
「確かに魔法に関する造詣は深いようだ。だが、なんというか……そう、『時代遅れ』でな」
「時代遅れ……ですか」
「そうだ。話の内容に進歩がみられないのだよ。あまりに懐古趣味でな」
懐古趣味、という単語で、仁は思い出したことがあった。
「あの、『懐古党』については何かご存知ですか?」
「うむ、『懐古党』な。……少しは知っている。あちらは『魔法連盟』ほど視野狭窄に陥ってはいないと、私は思う。だが、今や少数派だ。というのも、『魔法連盟』が『懐古党』の人員、設備、その他諸々を掠め取ったのだからな」
「ああ、やっぱりそれは事実なんですか?」
子爵は苦々しげに頷いた。
「うむ。どういう魔法を使ったのかわからんが、『懐古党』の警護ゴーレムなども一夜にして『魔法連盟』のものになったという噂がある」
「はあ……」
おそらく『魔力模倣機』を使ったのだろうと仁は想像した。
(しかし……『統一党』時代は『隷属書き換え魔法』と『洗脳魔法』。『懐古党』になってからは『魔力模倣機』。歴史は繰り返すと言えばいいのか、因果応報というものなのか……)
そんなことを考えていた仁に、子爵が告げる。
「さて、もう日も傾いてきた。お二方はどうするかね? 私どもとしては夕食を共にしてくれると嬉しいのだが」
いつしか時刻は午後4時半を回っていた。
「い、いえ、私どもは宿に戻ります」
そこまで図々しくはなれないと仁は遠慮した。
「そうか。では、名残惜しいが、そろそろお開きとさせてもらおうか」
子爵の言葉で、仁とロードトスは席を立った。
「私としては、君たちが連れているゴーレムと自動人形に非常に興味を惹かれるのだがね」
遠回しにホープと礼子を褒めてくれているらしい。
「それではジン様、ロードトス様、いろいろとお教えいただいてありがとうございました」
「ありがとうございました!」
子爵夫人とポーラからの礼も受け、仁とロードトスは子爵邸を後にしたのであった。
因みに、『赤煉瓦亭』までは馬車で送ってくれた。
仁とロードトスは、それなりの収穫に気をよくして宿に戻ったのである。
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お知らせ;
お盆の法事で帰省しております。
8月15日早朝から8月16日夕方までレスできなくなりますので御了承ください。




