42-35 閑話74 時間と矛盾
「……ふうん、あたしがジンを出迎えたの」
心なしか頬を赤くしているシオンである。
まあ、いきなり玄孫がいる、と聞かされても困るだろうが。
「ああ、あの時は助かったよ。ありがとう、シオン」
「私からも、お礼を言わせて。……シオン、ありがとう」
仁に続いてエルザも頭を下げた。
「と、言われてもね。ジンにとっては過去のことでも、あたしたちにとっては未来の話で、まだ起きていない出来事だし」
「それもそうか」
「でも、多分、こうして仁の話を聞いたあたしがちゃんと覚えていて子孫に指示を出したってことよね?」
「そうなるな」
「……責任重大ね。400年後までちゃんと覚えていられるかしら」
「そこは『森羅』のシオンだから信頼しているよ」
『森羅』氏族はなべて記憶力がいい、という種族的な特性があるのだ。
「うう、やっぱり責任重大よね……」
再度しかめっ面をしたシオンであった。
「だけどまあ、思っていたより大変だったんだなあ」
ラインハルトが感心した様に首を軽く振りながら言う。
「まさに孤軍奮闘というか孤立無援というか、そんな中でよくもまあ……」
だが、仁はそんなラインハルトの言葉に首を振った。
「孤立無援、か。ロードトスと出会えてからはそうでもなかったさ」
仁は今の時代から未来へと繋がっていた『絆』を思う。
「これまで俺がやってきたことが無駄じゃなかった……少なくとも、俺自身を救ってくれたことがわかっただけでも嬉しいよ」
「確かに、そういうものだな」
「え、ええと、私はどうしていたんでしょうか?」
おずおずとマリッカが仁に尋ねる。やはり気になるのだろう。
「ああ、マリッカとも会ったよ」
それはこの後話す、と仁は言い、シトランジュースを一口飲んだ。
「だが……何と言えばいいのかな。ジンにとっては過去、我々にとっては未来。考えるとわけがわからなくなってくるよ」
ラインハルトがぼやきとも取れるような呟きを漏らした。
「確かになあ。……ジンの元居た世界でも、時間旅行は実現されていなかったんだろう?」
今度はグースである。
「ああ、そうだよ。まあ、時間旅行を扱った物語は数多くあったな」
「ほう、それは興味あるな」
「まあ、機会があったら話してやるよ」
「そうだな。今は仁自身の話を聞きたいよ」
「うん」
仁はもう一口、シトランジュースを口にした。
「ねえジン、あたしたちの将来ってどうなるのかしら?」
ビーナが尋ねたが、仁は首を振った。
「話していいのかどうか迷うな……」
「どういうこと?」
「これも架空の物語だけど、結果を知ってしまうとやる気がなくなったり、とるべき行動をとらなくなったりして、未来が変わってしまうという説もあるんだよ」
「そうなの?」
そこで仁はたとえ話をする。
「たとえば何月何日に誰かとぶつかって転ぶ、と聞いたからその日は外に出ないでいる、とする」
「ふんふん」
「その『誰か』もぶつからずに済むわけだが、その結果としてその先で馬車に轢かれるかもしれない」
「どうしてそうなるのよ?」
「ぶつかって転ばないから数秒から十数秒分、先へ歩いて行ってしまうだろう?」
「ああ、そうね」
そういう場合、より酷い結果になる可能性もあるんだ、と仁は言った。
「人とぶつからないけど馬車とぶつかるというわけね」
その結果死亡したりでもしたら、その子孫が生まれないわけで、そうなるといろいろと未来が変わってきてしまうことも頷ける。
「まあ、その場合はまったく別の人間がその役目をすることになるのかもしれない」
結局はわからない、ということに落ちつくのだが。
「だから俺は、極力そうした情報を仕入れないようにしていたんだよ」
「うーん、ほんと、ややこしいわね」
「だからやたらと未来を知らないほうがいい、という説があるわけだ」
逆に、どうやっても運命は変えられないという説もある、と仁は補足した。
「でも俺も、未来で『結果』を知ってしまったことが幾つかある」
『カロリーフレンズ』を再現していることもその1つだ、といった。
「礼子や老君に対しても……な」
「お父さま、これまでお父さまのお話の中にわたくしたちが出てきませんでしたが、何か理由があったのでしょうか」
『御主人様、礼子さんが仰ったように、何か明確な理由が存在するはずですね? それをお聞かせ願えるのでしょうか?』
「うん、それはこれから話すつもりだ。だが、俺にもよくわからないというか、敢えて聞かないようにしたこともあるんだ」
「それは?」
「未来のシオンに言われたんだが、『結果を知るのは構わないが、過程を知ろうとするのはやめておいた方がいい』ってな」
「へ?」
シオンが間の抜けた声を出した。
「あ、あたし?」
「うん」
仁は頷いた。
「過程を知ると向上心がなくなる、と言ってたな」
「そうなの?」
「それが、今ここで俺の言葉を聞いたから、という可能性が高いが」
「……確かにね。ていうか、時間ってややこしすぎるわよ!」
「俺に言われてもな……」
かの『精神生命体』ならばある程度理解していたのだろうが、仁に教えてはくれなかった。どのみち説明されてもわからなかったろうが。
「時間のパラドックスって、難しいよね、おにーちゃん」
ハンナも少し考え込んだような顔をしている。
「正解がわからないなら、なるべく無理無茶をしないようにするしかないのかな」
「そうだな……」
「おにーちゃんを中心に考えるとわかりやすいんだよね」
「ハンナ、それはどういう意味だい?」
「えっとね、おにーちゃんの時間軸にとっては全部順に流れている、ってこと」
つまるところ、仁が仁自身に出会うなどの矛盾がないということらしい。
「私たちにとっては未来だけど、おにーちゃんにとっては、時間的に過去の出来事だもんね」
「そういう考え方もあるのか」
正解がわからないのだから、こうした考えを一概に否定することはできない。
仁はただ、
「……これからやるべきことはたくさんあるなあ」
と、呟いただけであった。
窓の外はいつしか暮れかかっていた。
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